タクンタ・エスコバル

マフィア大学の犯罪コミュニケーション学科の拳闘サークルに通うタクンタはサークル活動の一環で暴力団組織を立ち上げた。組員の数は少ない駆け出しの暴力団だった。タクンタは喧嘩が弱かった。細身で同じ極道を生きる者たちにしばしば下にみられていた。しかし、彼の忍耐力と行動力だけは裏社会の誰にも負けないほどのものであった。
「それで、シノギはどうしていくつもりなの?」
 「ガンジャを密売しようと考えています」
 「どうやって販売するの?流通ルートは?製造方法と場所は?」
元十藤会拳下組の組長、拳下親方は一流の犯罪者を育てるべくタクンタを強い言葉で詰めていた。彼はかつて暴力団にいた過去があるため、ひと一倍指導の方法が厳しかった。タクンタはサークル内で理不尽な扱いを受けており、いつも否定されていた。
 「CBDを売ると見せかけて、そこに大麻を混ぜます。製造は俺のアパートでやります。ちょうどビルに囲まれていて日光があたりにくいので」
 「最近だと、CBD売り場にガサ入れが入ったりしてるよね?それに、ヤクが混じっていることが内部告発される可能性だって考えられるよね?その部分はどうするの?」
教室の中にタクンタの唸り声が小さく響き、しばしの沈黙が訪れた。
 「考えないで30秒以内で答えてくれるかな?」
 「それは警察を買収してどうにかします」
 「じゃあ、買収するためのお金はどのシノギで得るの?」
 「・・・」
またしても、沈黙が訪れた。タクンタはおどおどして、頭がうまく回らなかった
 「あのね、タクンタ。マフィアとソフィアは一文字違い。反社として生きていくならもう少し頭を使わないといけないよ。行動力だけで何も考えずにいると、痛い目を見るよ。」
 「はい。考えます」
タクンタは悔しい思いをした。ゼミナールが終了して教室の外へ出ると、雨脚が強くて前が見えなかった。目の前すら見えないような土砂降りの最中でヒロキに電話をし、サークルで自らの構想が否定されたことを伝えると、彼に新しい密売ルートを探らせた。新宿は同じ十藤会の柴山組のシマになっているため、今さら手を出せるような場所でもなかった。渋谷や足立区などは既に海幸組のシマとなっており、タクンタが手を出せるような場所は人口が少ない小規模な都市だけだった。しかし、彼はそれでも諦めなかった。
 「兄弟、どうするつもりなんですか?」
 「ヤクの密売はやめた。その代わりに新しいことをやる」
 「恐喝か美人局ですか?」
 「そんな半グレみたいなことはしねぇ。柴山組の流通を受け持って、利益の四割を俺たちがもらう」
 「でも、あいつらの流通は園森がやっているから、今さら俺たちが介入したところで相手にされないと思いますよ。それに園森の仕事を奪ったらカエシをされる可能性だってあります」
 「大丈夫だ」
 「それはわかりませんよ。いくら柴山組が同じ十藤会だからといって、シノギを奪うのはご法度です」
 「ヒロキ、俺に考えがある。オマエは黙っておれについてこい。明日の朝イチで柴山のとこに交渉しに行く」
 「分かりました。兄弟がそこまで言うなら俺もついていきますよ。ノリヒロはどうしますか?」
ノリヒロはヒロキと同じく、タクンタとの高校時代からの友人だった。タクンタ組ではマネーロンダリングをやっていた。
 「あいつも連れて行こう」
タクンタは電話を切り、四谷駅の改札を通って新宿駅を目指した。紺色のスーツは雨に濡れて黒色に変わっていた。雨は煙雨となり、月が顔を出した。電車の中は湿気と汗によって、ひどく臭く蒸し暑くなっていた。

 翌朝、三人は新宿駅の西口にある金のライオン像の前で集まった。朝日に焼かれた橙色の空が夕方のようだった。早朝の新宿は車通りも人通りも少なく、静かな夕暮れ時のようであった。タクンタたちはネクタイと靴ひもを整えると歌舞伎町にある柴山組の事務所へと歩いた。
 事務所の前で見張りをしていた男に名前を告げると、あごひげを生やし、筋骨隆々とした組員に案内されて、階段を上った。事務所の中に入ると、柴山組長がソファの上でくつろいでた。
 「お前が拳下のところのタクンタか。何の用だ」
 「ヤクの流通を俺にもやらせてください。俺なら二トン運べます」
 「帰れ」
 「絶対にバレなくて、手早く運べるルートがあります」
 「オマエにはまだ早い」
柴山は目を合わせることすらしなかった。前に立っている若者の話を全く聞く気がないとでも言うかのようにあくびをすると、緑茶を啜った。タクンタはまたかと思った。この業界の人間は往々にして、若者の意見に聞く耳を持たない。たとえ、タクンタがどんなに優秀であろうと、ただ若いというだけで見下され、相手にされないことがほとんどであった。
 「そんなことはありません。俺なら48時間以内に2トンのコカインを他県にも運べます」
 「それじゃ遅すぎる」
柴山は横柄にソファの上で横になると、手を上下させてタクンタたちを帰そうとした。周りにいた組員がそれに従って三人の近くに駆け寄ってきたところでタクンタは大きく口を開いた。
 「24時間」
 「バカを言うな」
 「24時間で運びます」
ノリヒロやヒロキもタクンタの無謀な物言いに焦った。ヒロキの喉元からはちょっと待ってくださいという言葉が出かかっていた。どうせ断られると思って、タクンタの肩に手を遣ると、彼はそれを振り払った。
 「じゃあ、俺が時間以内に運べなかったら殺してください。そうしたら、拳下の若い奴が別の組のシマに手を出した馬鹿なやつだとなるだけで、親方の顔にも泥を塗らずに済みます。それに柴山組長も面子を保てます」
 「そうだな。任せるだけで任せて失敗したら、その分のヤクを俺たちがもらえばいいし、お前を殺せば俺たちに敵対する奴らへの見せしめにもなる。成功したら、俺は優秀な部下を持つことになる。どう転んでも俺に利益しかない。それならいい。やってみろ」
 「ありがとうございます」
タクンタはそう言って、柴山に一礼をすると事務所を後にした。駅に向かうまでの道中でヒロキは大声で怒った。なんてことをしてくれたんだと言ったがタクンタは落ち着いて反論した。
 「ヒロキ、俺たちがかつて大宮と横浜にバーを持っていたのを覚えているか?」
 「はい」
 「それと、今回作った横浜と大宮への地下通路を使えば絶対にサツにはばれない。急ピッチで地下通路にトロッコを設置して、それで柴山のヤクを運ぶ。そこに俺たちが栽培しているコカインを混ぜて、柴山の売り上げにも貢献する」
 「なるほど、地下なら目が行き届くことはありませんし、バーなら我々の息がかかっているので安心ですね」
 「ああ、早速。トロッコ建設をはじめてくれないか?」
 「わかりました。傘下の肉山組を使います」

 一か月後、トロッコが完成した。タクンタはサークルに行き進捗状況を親方に伝えた。今回こそはと思ったが、またしても理詰めをされた。地下空間の工事を行政に把握されないわけがないとか二トンのヤクをお前ごときが運べるわけがないなど、一見正しいように見えても、彼は明らかにタクンタのことを理解しようとする姿勢がみられなかった。しかし、タクンタも怯まなかった。必死になって自分のシノギについて説明したが否定の言葉が病むことはなかった。彼は昔から覚悟と忍耐力、行動力においては裏社会の誰をも越えていた。言葉を紡ぎ、なんとか拳下の理解を得ようとしたがいつまでたってもダメだった。
 タクンタは自宅に戻り、流通ルートを地図で再確認した。コーヒーと煙草を交互に口づけながら作業を進めていた。すると、べランダの窓がドンっという大きな音を立てた。彼の部屋はマンションの三階で人が押し入ることができるはずなんてないと思っていた。不意を突かれたため、頭を低い位置に置いた。音を立てないようにベッドの下からワルサーを取り出した。携帯でヒロキやノリヒロに襲撃されたことを伝えるとゆっくりとベランダに近づいた。唾を呑み込み、銃口を向けたままカーテンを開けた。ベランダには誰もいなかった。窓を開けて、裸足のまま外に出た。そっと下をみるとフードを被った二人の男がどこかに走っていく姿が目に入った。
 なんだよ、と思い、ひとまずは命があることにほっとした。そして、再び自室に戻ろうとしたとき何かを踏んだのを感じた。駐車場から差し込む街灯のランプを頼りに踏みつけたものをみると、彼は思わず声を上げた。そこには、四肢をもぎ取られ首に竹やりが刺さったウサギの死体が透明な箱に入っていた。箱の下には白い紙がつけられ、そこにはあるが書かれていた。
 新しいことをはじめるなら夜道に気をつけろよ
この手紙の主が誰だか一瞬で分かった。というよりも、園森以外に考えられなかった。彼は十年以上、柴山組の流通を支えていたため、タクンタという若者に新規の密売ルートを開拓されては面子が丸つぶれである。
 密売から今すぐ手を引けというメッセージを受け取ったが、タクンタは怯まなかった。むしろ、ここで一芝居打って園森の地位そのものすら、自分のものにしてしまおうと決心した。彼は兎を部屋に入れた。台所で喉に刺さっている竹やりを抜くと、包丁で丁寧に解体して、兎料理を嗜んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?