14話 続く日常

 僕はラム、辺境伯領に来てからもう2週間が経った。
王都からの連絡はまだ来ないし、国境に攻め込んでくるかもしれないと警戒していた帝国軍はまだ現れない。

そんな中、僕は師匠と剣を交えていた。
幾度と斬り結び、師に迫らんとしても最後は剣を弾かれて僕の負け。
もう何度目かも分からない敗北に膝をついて項垂れる。

「参りました……」

そんな僕に師匠は微笑んで手を貸してくれる。

「驚きましたよ、今回は少しヒヤリとさせられました。
もうすこし……半年もあれば私を超える日が来るかもしれませんね」

むむむ、全然信じられない。
師匠はいつもそんな感じのことを言うけど、本当に僕って成長してるのかなあ。
何が足りないんだろ……。

「うーん、僕に足りないものってなんだろう?師匠に勝てる気がしないよ。」

「そうですね、私から見てラムの剣は真っ直ぐなんですよ。
純粋な心を持っているからこそ、剣術にも現れているのでしょう。
私的には好ましいですが、それはつまり剣筋が読まれやすいと言う事でもあります。」

むむむむむ、なんか褒められているけど、じゃあ、どうしたらいいの師匠!

「どうしたらいいの?剣をうねうねさせればいい?」

僕が剣と剣を握る腕をうねうねと動かせば師匠は少し笑った。

「ふふ、そんな風に動いても意味はないですよ?
こればっかりは経験が物を言うのです。
何度でも人と剣を交え、自分の剣術と相手の剣術を知って、初めて剣筋を読まれにくくする、といった駆け引きができるようになります。」

「つまり?」

「修行が足りません!」

「うわああ〜〜!」

僕は大袈裟に両手を挙げて地面をゴロゴロと転がった。
分かってはいたけど、まだまだ師匠の背中は遠そうである。
早く強くなりたいな〜……。

『ならば天に祈りなさい、力を求めるのです、絶対的な力を。』

「……祈らないよ、僕はそんな強さが欲しいわけじゃないんだ。」

僕がボソボソと独り言を言ったせいで師匠が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

「ラム?どうかしましたか?」

「ううん、なんでもないよ!ちょっと変な声が聞こえただけ!」

全く困った幻聴である。
僕はもう一度、剣を握り直して立ち上がった。

「よし!師匠、もう一回お願いします!」

それから太陽がてっぺんを少しすぎたくらいまで僕は修行に励んだけど、師匠にはやっぱり勝てなかったよ………ぐぬぬ。

「剣の修行は今日はここまでです。
私は町の仕立て屋に少し用事があるので、みんなで先に食事をして構いませんからね?」

「はーい」

 辺境伯家の敷地から出て行く師匠を見ながら僕は地面から立ち上がった。
手にある自分の剣を見た、何かが変わっているわけじゃない。
でも師匠は成長してるって言ってくれたんだ、僕はそれを信じる。


昼食を食べた後、僕はウィルに修行の相手になって、と頼んだ。

「構わないぜ!最近はラムの相手はしてなかったからな〜。
成長した所を見せてくれるんだよな?」

「もちろん!剣術修行の成果を見せてあげるよ!
村にいた頃の僕だと思って油断してると負けちゃうかもね!」

ウィルとお互いに顔を合わせて笑った。
ふふん、でも僕には朝の修行で閃いた打倒ウィル作戦があるのだ!本当に足元掬っちゃうぞ!

心の中でそんなことを考えながら中庭でウィルと対峙した。

僕は油断なく剣を構えてジリジリと間合いを詰める。
ウィルは槍を構えることなく自然体で槍を片手に握って僕を見ている。

「余裕そうだね!いいのかな?一本取られたからってイジけないでよ?」

「ははは!強気だな、そういうのは一本取れてから言えよな!」

「じゃあ……遠慮なく行くよッ!」

 僕は低姿勢で駆け出し、両手で剣を握って斬りかかる。
それをウィルは難なく槍で受け止めた。
そうだよね、ウィルは攻撃してこないよね、走ってきた僕に向かって穂先を突き出せばいいのにそれをしない、わざわざ剣先がウィルに触れる距離まで近づくのを許しちゃう。

 僕は剣を滑らせ、右にステップを踏んでウィルの真横に動いた。
ウィルの足を狙って斬りかかる。
槍の穂先で剣を受け止められる、剣を滑らせて僕はまた右にステップを踏んで足を狙って剣を振るう。

「おいおい!何度繰り返しても同じだぞ!」

ふふん、どうかな?

 僕は受け止められた剣をまた滑らして右にステップを踏んだ。
ウィルがもう分かってるぞと言わんばかりに僕に向かって槍で突きを放つ。

 片手で腰に差していた鞘を握り、そして振り抜いた。
突き出されたウィルの槍の穂先を下から上に掬うように弾き上げる。

 レイディアン家の剣の術理は双剣の術理だ。
両手に握る剣で敵の攻撃をいなしながら流れる様な素早い連撃を繰り出す。
それが本来のレイディアン家の剣術なのだ。
師匠は片手剣で戦うし、僕も基本は片手剣が一本だけだ。
だからウィルは知らない。
師匠の凄まじい連撃を、そこに込められた剣の術理を。

 僕も片手剣を一つだけしか持っていないけど、とっても硬い鞘がある。

  僕は両手に剣と鞘を握って、一歩ウィルに向かって踏み込んだ。
片手で握った剣で斬りかかる。
ウィルは咄嗟に穂先とは反対の石突でそれを弾き、僕は続け様に鞘で殴りつける。
ウィルが一歩下がって避け、僕はまた一歩踏み込んで剣と鞘を振るう。
ウィルの槍がそのリーチを活かせない様に、僕は間合いを詰め続ける。

 一撃一撃に全力の力は込めなくても良いんだ、素早く、無数の連続する乱撃をぶつけるんだ!懐に入り続ける!

 ウィルの顔から余裕そうな表情が消えた。
僕には分かるよ、このまま連撃を捌き続けてもじわじわ追い詰められてる感じがするよね。

 だからウィルは自分の持つ超人的な身体能力で強引に突破しようとする。
足で地面を踏み抜く?それとも無理やり槍を振り回すのかな?

 ウィルは僕の剣と鞘による乱撃を交互に捌きながら、わざとらしく僕の足元をチラリと見た。

地面を踏み抜くぞ、ってこと?
そうだね、じゃあ槍の薙ぎ払いかな?

 ウィルはステップを踏んで剣を避け、その場で上体を反らして続く鞘による殴打も避けた。
そして……両手で槍を強く握り、力強く前方を薙ぎ払った。

 でも残念!僕は既にそこにいない!
連撃を避けられた時点で僕は鞘を地面に突き立てていて、それを踏み抜いて跳躍する。
ウィルの頭上を越えて背後に立ち、その背中に向かって最速の突きを放つ。
これで決まりだ!


 そこからは目の前の光景が、世界がゆっくりに見えた。
いや、世界がゆっくりになったんじゃなくて突然ウィルが速くなったんだ。
ゆっくりと進む時の中でウィルだけが高速で振り向き、背後から突き出された剣を蹴った。
僕の剣は宙をぐるぐると飛んで、少し離れた中庭の木に突き刺さる。

気づけば僕は胸ぐらを掴まれてそのまま地面に投げ倒された。

「あれ?」

 僕は暫くの間、呆けながら青空を見ていた。
僕はウィルのことはよく知ってる、どう動くかも分かってる。
打倒ウィル作戦とはつまり、油断して懐に入る事を許すウィルに、ウィルの知らない剣と鞘での連撃を繰り出し、大振りの技を誘発させて、そこに生まれる隙を突いて一本取るという作戦だ。
ウィルの事を分かっている僕なら大振りの技も予測できるからだ。
あれ?この流れなら絶対に勝てると思ってたのになんで負けたんだろう?
え、というか僕って負けたの?

寝転がる僕の隣にウィルが腰を下ろした。

「へへん、まだまだだな?」

「……ぐぬぬ。」

「でもぶっちゃけ驚いたぜ?めちゃくちゃ成長してるな!
俺としては薙ぎ払えば終わりだと思ってたからなあ、背後に立たれたのにはヒヤッとした。
ちゃんと修行の成果を見せつけられたぜ。」

「そうかな?うわ、勝てると思ったのに悔しいよ!ウィルはやっぱり凄いね。」

「そうだろ?ラムの幼馴染は最強だぜ?安心して俺を目指してくれよな!わはは!」

「うん、目指すだけじゃないよ?いつか倒しちゃうからね!」

僕とウィルは笑い合った。

 少しは手応えがあったのかな?
良く知っているウィルを相手にして駆け引きって言うのも掴めた様な気がする。
でもまだまだだったなあ、ウィルは凄い!
追いつく為にもっと頑張らないとね!

「あ、セレーネがこっち見てる、おーい!どうしたのー!」

ふと屋敷の方を見れば窓から僕たちを見ているセレーネを見つけた。

「ありゃ多分、俺たち親友同士の間に入り込めなくて屋敷から出て声をかけようか、窓越しに見るだけにしておこうか悩んで足踏みしてるって所だな。」

「?どうして?セレーネも友達だから遠慮する事ないのに。」

「あー………なんつうんだ、ほら、男同士の友情っていうのも世の中にはあるだろ?
セレーネは女の子だからな、ちょっと遠慮しちゃうのかもしれない、うん、きっとそうだ。」

「ふーん、そうなのかな?あ、手を振ってる。
こっちくるみたい!」

「お、そうなのか?
……あー!トイレしてえ!ちょっとトイレしてくるわ!俺が帰ってこなくても気にすんなよ!じゃあな!」

「え?どういうこと?ただのトイレじゃないの!?なんで帰ってこないの!?ウィルー!?」

ウィルが風のように走り去っていってしまった………。
うーん、そんなにトイレを我慢してたのかなあ?

セレーネが屋敷から出てきた。
少しお茶でもどう?って?勿論するする!
すごい!クッキー焼いたの!?僕、その焼き菓子大好きなんだ!やったー!
あー、でもウィルがトイレ行ってるんだけど……
え、そのうち帰ってくる?そうかなあ、そうかも!





 ある日の夜、僕は部屋の窓からぼーっとお月様を見ていた。
今日のお月様は特に三日月でも満月でもないけれど、なんだか不思議な感じがして僕は目を離せなかった。

ねえ、お月様?
僕は辺境伯領に来てから今日で一ヶ月になるんだ。
そろそろ父さんと母さんの顔が見たくなって……少しだけ寂しいなあ。
ウィルは寂しくなったり親父さんの顔を見たいって思ったりしないのかな?

あ、そうそう、今日はね、お昼前からウィルとセレーネと師匠とで街に出掛けたんだよ。

北国から旅してきた人が開いたお店があって、そこでランチを食べたんだ。
身体が芯から熱くなるような辛いスープと、そのままだとすっごく固くて歯が欠けちゃいそうなパンが出てきたんだよ。

でもね、その北国の固いパンはスープに浸すと甘くてふわふわになるんだ!
美味しかったなあ、またみんなと行きたいな。


 それと、今日はみんなからプレゼントを貰ったんだった。
籠手と首飾りと金の刺繍の入った蒼い外套。
ウィルから籠手を、セレーネから花の首飾りを、師匠から蒼い外套を。

嬉しかったなあ、全部身につけたら例え1人で居てもみんなが側にいる気がするから安心する。
でも僕ばっかりプレゼントを貰っちゃった。
だから今度は僕からプレゼントをお返ししなきゃ。
何が良いかなあ、それも考えておかないと……。

あ、お月様が雲に隠れちゃった、もう寝なさいって事かな?
うん、もう夜も遅いし寝ようかな。
これからもずっと……楽しい日が続きますように。
おやすみなさい。





──────────。





 早朝、辺境伯の屋敷に一人の兵士が到着した。
オルカはついに来たかと思いながら兵士を迎え入れた。

「私は王都の伝令兵であります!
お会いできて光栄です、オルカ・レイディアン殿!」

「ついに王都からの連絡が来たのですね。今、王都はどのような状況なのですか?」

伝令兵はオルカに敬礼をしてから、懐から文書を取り出した。

「国王陛下より文書を預かっております、こちらをご覧ください。」

オルカは文書を受け取り、静かに読んだ。

「……………なるほど、拝見させて頂きました。
伝令兵、私はすぐに王都に出立いたします。
貴方は1日ほどこちらで休まれてから職務に戻ってください。」

そう言ってオルカは文書をその場で燃やして灰にした。
伝令兵は目を見開いてそれを見たが、すぐに慌てた様子で否定する。

「い、いえ!この様な事態に休むわけには!」

「私のことなら心配されなくて結構です。
それに問題ないですよ、ご存知なのでしょう?私はあの紅蓮の勇者で間違いありません。」

「……や、やはり……貴方様が」

感動と畏敬を感じさせる目を向ける伝令兵に対して、オルカは静かにため息を吐いた。

「長い道のりだったでしょう、ゆっくり休んでください。」

オルカはそう言って伝令兵の肩を叩いた。
そして、簡潔に王都に向かう旨を書いた書き置きを机に置いてから屋敷を出た。



 まだ朝は早く、外は街の人々の活気が無いからか、妙な静けさがあった。

「一人で王都に行くのか?俺とラムを連れて行くのはダメなのかよ」

 王都に向かって歩き出したオルカに、壁に背を預けたウィルが背後から声をかけてきた。
オルカは振り返ってウィルに向き合った。

「そういう訳にはいきません。
私は勇者としての務めを果たさなくてはならないのです。
ウィル……私が居ない間、万が一の時は貴方がこの辺境伯領を、ラムとセレーネを守ってくださいね」

「そんなの言われなくても守るさ。
………来るのか?帝国は」

「恐らくは。
私が王都に向かうように仕向けられている以上、何かしらの行動は取ってくるでしょう。
なるべく早く片付けて戻ってきますから、後は頼みましたよウィル」

「………あぁ、任せろ」

 ウィルの返事を聞いてからオルカは再び辺境伯領に背を向けて歩き出した。
私が居なくてもきっと大丈夫だ、何故ならウィルは桁違いに強い。
どんな帝国兵でも軍隊でも、ウィルを倒すことはできないだろう。
それでも……どうしてもオルカの胸によぎる不安感は消えなかった。



王である私から其方に向けて慌てて書いた文書だ、拙い文になってしまったことは謝りたい。そして読み終わった後は燃やしてほしい。

王都は既に3分の1がアンデット群によって包囲、支配され、混乱の窮地に立たされている。
連絡が遅れているであろう事は大変申し訳なく思う。
だがどうか伝令兵を責めないでやってくれ、彼は公国でも1.2を争うほどの精鋭、優秀な伝令兵だ。
火の中、嵐の中、アンデット群の中を潜り抜けて其方の下まで向かったのだ。

私はあの日交わした其方との約束を忘れてはいない。
紅蓮の勇者としての地位も名誉も望まない其方を今更祀り上げるつもりもない。
しかし、しかしだ、今この時も公国の民がアンデットに襲われているのだ。
王都の兵だけではこのアンデット群を滅ぼし切るには長い長い時間が必要になる。
その間にどれだけの民が犠牲になるだろうか?
考えるだけでも私にはとても耐えられぬのだ。

頼む。どうか、其方の持つ勇者の力を今一度貸していただけないだろうか。


紅蓮の勇者、オルカ・レイディアン殿
どうかこの国を、もう一度救ってほしい。

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