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赤ひげ(ドクター)つれづれ草⑤~  どう生きて、どう死ぬのか 意思決定支援のあり方 (3)~                  


「死んではいけない」高齢者たち

 様々な疾患で弱られ、年齢的にも積極的な延命は難しい高齢者の方々やご家族とは時間をとって話し合いをして、今後病状が悪化し、救命困難な状況になったらどこまでの延命治療を望むのか、食べられなくなった時に胃ろうや高カロリー点滴のような人工的な栄養管理まで選択されるのかを話し合います。国もこうした話し合いを「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」「人生会議」と呼んで積極的に推奨しています。医療現場に最近性急にこうした話し合いを義務化して強制しようとする国の動きには、「弱った高齢者は長生きせずに医療費や年金を使わず早めに死んで欲しい」という思惑が透けて見え、うさん臭さがつきまといますが、必要な意思決定支援のプロセスですので、私たちの医療チームもすべての在宅患者さんに話し合いを行っています。
 多くの患者さんやご家族は、特に高齢寝たきりの状態では無理な延命や強制的な栄養までは望まないと言われますが、中にはご本人の意思が確認できないケースで「徹底的に最期まで救命してほしい」と望まれるご家族がいて、戸惑うことが増えてきました。

深刻さを増す80-50問題

 80-50問題とは「80歳代の親が、50歳代の子供を支えるために、経済的にも精神的にも強い負担を請け負うという社会的問題」です。最近は高齢化に伴って90歳代の親と60歳代の子供による90-60問題ともいわれます。子供が自立した生活を送れないために、親の年金を頼りに生活しているケースが多く、生活困窮者が多いとされています。
 内閣府は2023年3月31日、2022年度「こども・若者の意識と生活に関する調査」の結果を公表しました。引きこもり状態にある人は、15~39歳で2.05%。40~64歳で2.02%おり、全国で約146万人と推計され、中高年の引きこもりの方が実数では若い世代の引きこもりを上回っています。
 私の経験したケースでは、脳梗塞後遺症、糖尿病、寝たきりで、鼻から胃に栄養チューブが入れられ、数年にわたって誤嚥性肺炎などで何度も入退院を繰り返す80歳代後半の男性の訪問診療を担当しました。すでに意識はなく、本人の意思は確認できず、自宅で同居の無職の50歳代長男と訪問診療開始時面談しました。通常このようなケースでは、「年齢的にも平均寿命を超えて生きてこられ、残念ながら強制的な栄養で生きているだけの状況になっている。病状急変時には無理な延命をせず、苦痛緩和を主体に穏やかに看取ってあげるのがご本人のためにも良いのでは」と考え、ご家族にもそのようにお伝えし、ほとんどの家族が同意されますが、この方の長男は「それでは困る。父親にはできるだけ生きてほしい。何かあれば救急搬送してできるだけの救命処置をしてほしい」の一点張りです。
 最期まで親の蘇生延命措置を希望される子供さんも中にはおられますが、家族の歴史の中で特別の愛情があり、死別を受け入れがたいという気持ちが伝わってきて、納得できる部分もあるのですが、この長男の場合、父親への接し方も冷淡で、父親への深い愛情からの希望ではないと感じました。担当する医療ソーシャルワーカーやケアマネジャーを通じて背景を探ると、長男は30歳ころ職場の人間関係からメンタル不調となり、仕事に就くことなく引きこもり状態で両親と同居し、経済的には両親に頼り切りでした。10年ほど前に母親は病死しており、父親は大手の企業で役職を務めた方でそれなりの年金収入があり、長男は生活費を父親の年金に依存していました。
  結局脳梗塞再発と思われるけいれん発作で救急搬送し、搬送先の病院で亡くなったのですが、そのあとも「もっと早く兆候を見つけられなかったのか」「救急搬送のタイミングが遅かったのではないか」というクレームの電話が入り、面倒なことになりそうだと身構えたのですが、その後連絡なく、大きなトラブルにはなりませんでした。

 在宅医銃殺事件の衝撃

 2022.1.27埼玉県ふじみ野市で、寝たきり状態の92歳の母親が亡くなり、担当していた44歳の在宅医とケアチームを母親と長年二人暮らしで同居していた無職の66歳の息子が翌日自宅に呼び出し、自宅に安置され死後30時間経過した母親に対して蘇生措置をするように要求しました。当然在宅医は「意味がないと」と説明して断ったところ、いきなり息子は散弾銃で医師の胸を撃ち死亡させ、同行していた理学療法士にも重傷を負わせました。動機について息子は「母が死に、この先いいことがないと思った。先生やケアスタッフを道連れにして自殺しようと思った」語ったと報道されています。
 家庭環境や経済的状況について不明なことが多いですが、医療関係者の中では60-90問題の深刻な事案としてとらえられています。
 格差社会のゆがんだ世相が、在宅医療現場にも暗い影を落としています。

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