液体化石言語・球

ところで私が足元の石ころを拾って強く握りこむと、雫のように言葉が染み出し、手指の隙間から滴り落ちた。
朝露の如く清廉なそれは、風に乗って空へ浮かび上がろうと身体を薄く広げるが、重力に脚を掴まれ、結局地面と衝突し、またその衝撃で、いつの間にか随分と大きくなっていた体躯をダンゴムシのように丸めた。
最初、小石ほどの大きさだったそれはボウリングボールほどのサイズに成長していた。

私は初め、風の音だと思った。次いでどこかで子犬が鳴いているのだと思った。しかし違った。
聞こえていたのは、目の前のつるつるとした球体が発する声だった。それは何か悲壮な唸り声だった。
音の輪郭は曖昧で、その構造は複雑だった。当然と言うべきか、私の知る言語とは違う。しかし、それが単なる呻めき声や鳴き声のようなものではない、何らかの意味や意思の子宮から這い出して来た音であることがわかった。そしてまた、これは太古の昔からこの小石の中に封じ込まれていた音階なのだということを、初めて見るスイーツの味を知る時のように思い出し、初めて自転車に乗った時のことを思い出すように知った。

気づけば私は射精していて、もはや足腰の感覚はなく、腹這いのまま芋虫のようにのたうち回り、全身の毛穴から胃液を吹き出していた。涙と鼻水と汗でぐしゃぐしゃになった顔を大地に擦り付けながら、生草の、鼻腔の粘膜に絡みつくような匂いを感じていた。汗で湿った若い女の肢体のように酷く不快で、とても優しい匂いだった。
私の顔と地面の間を

風が一筋吹き抜けると、そこは何の変哲もない空き地に戻っていた。さっきまで私の頭上にあったはずの太陽は西の山際を濡らし、街とそこで語らう生活たちを赤く染めている。私のいる空き地にはもうあの唸る球体も、右手に握りしめていた小石も無くなっていた。私が全身から撒き散らしていたあらゆる体液の痕跡すら微かにも認めることが出来なかった。
私は、不意に湧き起こった焦燥に駆られ、慌てて何かを言おうとしたが、嗚咽の一つすら形にすることが出来なかった。男は更に狼狽し、必死で唇を歪め、舌を動かし、喉を震わせたり歯と歯をぶつけ合わせたりしたが、大気はそこに一切の振動も許さなかった。子どものように両腕を大きく振り回しても地団駄を踏んでも、風を切る音も地を叩く音も、衣擦れの音すらも響くことはなかった。
男は途方に暮れ、遠くの電車がガタンゴトンと人々をどこかへ連れて行く音を聴きながら、小さな空き地に情けなく立ち尽くしていた。

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