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雪の日の寄り道 silent(3)

世田谷代田、言わずもがなのsilent聖地として
有名になった場所の一つ。

先日、珍しく東京にも雪が降った日。
すぐ近くに用事があり出かけたついで、
初めて世田谷代田まで行ってみることにした。
行こうと思えばいつでも行ける距離、
だけど行こうとは思わなかった場所。

何度も見た景色が眼下に広がる。
この改札を紬や想は通ってる、silentの世界線。

大雪になるかもしれず、不要不急の外出は控えるようにと前日からニュースで騒がれていた。
悪天候にわざわざ出かける人はそういない。
駅を使う人はまばらで、皆足を止めずに
行き来していく。

もしくは、移り変わりの早い世間では「silent」
への興味がすでに薄れてしまったのかもしれない。
いやいや、確実に雪のせいだ。

世田谷代田近くまで行く予定はだいぶ前から
決まっていた。
雪はもちろん偶然。
密かに寄り道を決めていた自分にとって
まさか雪が降るなんて、どこまでsilentなんだ。
 「雪だね」

ちょっと、いやかなり、運命を感じてしまった。
こんな日に雪が降るなんて、ってね。

電車を降りた時、自分がまず思ったsilentの場面。
かすみ草を持った想と紬、ではなくて
想を見かけた最初の紬だった。

駅のホーム。
湊斗と一緒に住む部屋を見に行く紬が電車を待つ。
 「ドキドキする」
電話越しの会話が急に途切れる。
 「紬?聞いてる?」
湊斗が呼びかけても返事はないまま。
代わりに聞こえてきたのは、8年前に関係が切れた
親友の名前。
紬が大好きだった人の名前。
 「佐倉くん!」
呼び方はあの頃のまま、変わらない。

想を見かけた駅のホーム。
地上階に出るためのエスカレーターは案外長い。
思わず追いかけた紬の気持ちを思う。

何年も会えなかった好きだった人が目の前に現れる
どんな気持ちだったんだろう。
呼びかけた、でも気がついてもらえなかった。
人違いかな、そう思おうとするけど
想を見間違えるはずない、何年経ったとしても。

紬を思い、そして湊斗を思う。
湊斗はあの時、まず何を思ったんだろう。
「佐倉くん」って呼ぶ紬の声、携帯から思わず
耳を離してしまう湊斗の表情が物語っていること。

付き合って三年、ずっと「偶然」を考えていた。
「今、紬が想と再会したら」ずっと考えてきた。

湊斗にとって想は親友。
親友、だった。
あの時、湊斗との関係を切ったのは想だから。
青羽いらないって言ったのは想のほうだから。

なんで今?
なんで今さら?
紬との未来に向かって、大きな一歩を進めるのを
まるで阻むかのようなタイミングで。

紬は真子に促されるまま世田谷代田駅で想を待つ。
偶然ではない再会を願って待つ。
約束してなくてもまた会える、そんな偶然を待つ。

世田谷代田駅はすごく開放感がある。
地下から上がれば改札前は一気に視界が広がる。

想が座っていたベンチを見ると、
なぜか少し寂しい気持ちになる。
紬がこの駅を使うと知っていたら、想はこのベンチに
座らなかっただろう。

雪の中、そんなあれこれを勝手に考える。

8年言えなかった想いを紬にぶつけた想が
立ち止まった場所。

想の告白とも言える手話を読んでもなお、
泣いてる想に寄り添えた奈々は強い。

好きだから別れた。
好きな人だから
一緒にいて辛い思いをさせたくなかった。
泣かせたくなかった。

湊斗の言葉がささる
「想らしいよね。隠すとか、別れるとか、
     そういうふうに決めちゃう感じ」
病気を隠して紬と別れたことも、
湊斗との関係を絶ったことも、
湊斗に言わせれば、すべてが想らしさゆえ。
だからといって、
らしいことがいつでも正しいわけではない。

再会してからも湊斗に対する想らしさは少しも
変わっていなかった。
あの頃のままの想。
湊斗にとっては、耳が聞こえないだけの今の想。
親友だった2人が親友に戻るのは難しくなかった。

紬に対してだけはうまくいかない。
紬をまた好きになるほど、想の「らしさ」も自信も
減っていく。
失っていくではなく、減っていく、がしっくりくる。

これからは全部話したいと覚悟を決めたのに、
思わず声をかけそうになって思いとどまって
次いつ会えるのか聞いたのは想だったのに、
(シナリオブック)
紬に会うたび変わってしまった自分が辛くなる
まっすぐな紬をまっすぐに見られなくなる。

今思い返しても10話のラストは苦しい。
「また好きになんてならなければよかった」
紬をまっすぐ見れない、だから手話での会話が
成り立たなくなる。

想が話しやすい場所、
何となく紬と一緒に行きたかった教室。
それでも紬から目を逸らしてしまう。
何がそこまでそうさせるのか、想にしかわからない。

言葉はなんのためにあるのか
一緒にいたいと思える人と一緒にいるために。

たぶん全部は分かり合えない。
でも話さなければ何も伝わらない。
受け取れるように頑張るから
伝えるのあきらめないでほしい。
わかり合えるように、たくさん話そうよ。

ようやく想が想らしさを取り戻していく。
減らした分のらしさが戻るにはきっと時間が要る。
2人が離れないで良かったと心の底から思った。

もしも本当にsilentの世界があるなら、
なぜ湊斗は紬と別れたのかを今でも考える。
買ったコンポタを先に出さなかった理由と
同じように考える。

紬と別れたのは自分の自己満足だと湊斗は言う。
(シナリオブック)
自己満足で別れるってどういうことなんだろう。

全てが「たられば」でしかないから
考えても仕方のないことだし、
考えたって答えはわからない。

今だからそう思えるけど、それでも考えずには
いられない時がいまだにふとやってくる。
雪の世田谷代田に立てば考えないわけがないか。


紬がイヤホンを落としたから想に気がついた。
想があのベンチで奈々を待っていたからイヤホン
を拾った。
紬が想を追いかけたから、全てが動き出した。

8年ぶりの再会は偶然だったとしても、
想、紬、湊斗、それぞれが自分で選択した事で
あの物語が紡がれていった。



どうか、想と紬が今でも一緒に笑い合っていてほしい。

クリスマスよりも距離がぐんと近づいて。
正月は一緒に帰省したかな。
想の家に紬はもう行ったよね。
パンダグッズが想の部屋に増えて、
遊びに来た萌がツッコミを入れてるかも。

何気にケンカが絶えない2人かもしれない。
想と紬が手話でバシバシと言い合ってるから、
近くでそれを見てる光が焦ってたりして。
光は2人の手話が何となくわかるようにもなって。

想が自然に話しちゃう回数も増えてるね。
「つむぎ」「想くん」呼びはきっともう定着してる。
つむぎって呼ぶ時は声のほうが多くなってたり。

そんな事を願いながら寄り道を終える。

残念なことに、サッカーボールを転がしても
雪だるまができるほどの雪は、積もりそうにない。


帰りの電車を待つ間、かすみ草の場面を思い出す。
subtitleを聴きながら。
また、想と紬の幸せを願う。
silentの世界の皆が幸せにしてることを願う。

今後も世田谷代田の近くまで行く機会が
増えることが決まった。
次はもう少し春が近づく頃。
また寄り道しようって思うだろうか。
次にこの駅に降りたら何を思うかな。

それはその時の楽しみとして、とっておこう。

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