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響け雷鳴、轟け地鳴り、唸れ少女の咆哮【1600字の小説】

 ベースを背負った少女が、道玄坂で人を避けつつ走り抜ける。
「遅刻遅刻〜」

 今時、走る少女とぶつかっても、始まるのはラブコメでは無く、SNSへの晒しや警察沙汰だろう。

 少女は目を見開いて、ケースの中で揺れるベースのチューニングペグを心配しながらも、走り抜ける。

 汗が酷い。シャワーを浴びたいが、そんな時間はあるまい。

 響け雷鳴、轟け地鳴り、唸れ少女の咆哮。まずは会場へ急がなければならない。

 少女は走り切り、足がもげるんじゃないかと錯覚するギリギリで何とか目的地のライブハウスへたどり着く。

「あ、さーせん、うっす、うっす」
 店員が一言二言声を掛けてくれるが、内容が入ってこない。少女はコミュ障だった。

 少女は、今日ここでライブする人気バンドのベースボーカル。サブカルシーンを、残念ながら大ヒットする事なく、それでも天才少女として駆け抜ける、ストリーミング再生が主な活動場所のサブカルネットバンド少女。

「ごめん、遅刻した」
 奥で待っていたメンバーに謝った。

「リハ順後ろに回してもらったからダイジョーブ。ちょうどこれからウチらよ」
「センキュー姐さん」
 ベース少女が、まともに喋れる数少ない人類である、バンドのドラムスが調整してくれたらしい。一個上の頼りになる姉御だ。

 ベース少女は荷物を置いて楽器を取り出し、準備する。

 同じ空間に居た対バン相手が睨みつけてきた気がしたが、全く気のせいだろう。えへへと愛想笑いを返しておいて、チューニングを済ませ、リハーサルの準備をした。ここのローカルルールなんて未だに分かってない。

 準備中、技巧主義を拗らせた、全身謎のキモキャラグッズで身を包んだ、パートナーのギター少女がスポドリを渡してくる。

「走ったみたいだから。声出ないと困るし、おごり」
「ありがと〜」

 渡されたスポドリを飲むと全身に水分が行き渡り、頭が一気に冴えていく。

「だー、走った後のスポドリってうめ〜」

 三人のリハーサルの番がやってくる。対バンする相手は初めての相手だ。ベース少女はこの時の値踏みされているような視線が大嫌いだった。なに見とんじゃボケ、見世物ちゃうぞ! いや見世物なんだが。

 ステージの上でアンプを確認し、音を鳴らす。そして軽くセッション。これがいつもウチらの決まりだった。

 ドラムスがハイハットを細かく叩いてビートを刻むと、ギタリストが色々なエフェクターの調子を試しながら繰り返し練習しているらしい巧みな指使いを見せつける。

 響け雷鳴、轟け地鳴り、唸れ少女の咆哮。拗らせ少女達は今日も暴走中。

 値踏みされているような視線。「この場所ではこうすることが常識なんだよ」みたいな纏わりつく謎の圧力も鬱陶しい。

 それら全てを弾けさせたい。ペラペラな自意識のガラスを、ハンマーでフルスイング。飛び散った破片はクソ綺麗で、反射した光がベース少女に陰鬱なレーザーを当ててくる。

 少女は力強くスラップを開始した。技巧主義を拗らせたギタリストが乗ってくる。ドラムスもテンションが上がってきた。そんな風に適当にセッションしている間に、短いリハーサル時間は終わり、三人は撤収した。

「良い演奏だったね〜。もう帰っていいんじゃないかな」
「いや本番こっからだから、帰んなし」
「だよね〜」

 まあしょうがない。ライブ会場に足を運んできてくれた人達にも、自分達のパフォーマンスを見せてやるか。

 皆まとめて惚れさせてしまったらどうしよう。このライブハウスを、短い時間でも私達のフィールドにしてしまうのだから、可能性はある。

 いつか、もっと沢山の人を熱狂させてやろうとは思っている。でもそれには、もっといい方法があるんじゃないかとか、近道はとか、そんな事をつい考えそうになってしまうけれど、今はまだ、容量オーバーの情熱をもって熱狂している事が、私の夢という言葉に対する回答でもあるのだ。

 響け雷鳴、轟け地鳴り、唸れ少女の咆哮。拗らせ少女達は今日も世界征服に向けて走り出す。

生きるためになるべく頑張ります