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ブルシットジョブの対義語として「ドリームジョブ」という概念を考えてみる

 ブルシットジョブという用語は最近すっかり定着したようだ。金融・保険と言った業界を筆頭とする、何の約に立っているのか分からないペーパーワークのことを指す。ブルシットジョブは現代社会の歪みを表しているとも言われる。清掃員や介護士のような実際に人の役に立っている実感を持てるリアルジョブの給料は安く、ブルシットジョブは勝ち組という扱いがなされる。

 ところが、ブルシットジョブの本ではあまり触れられていないのだが、第三のカテゴリの仕事が存在する。社会にとって「なくてもいい仕事」なのだが、大勢の人が憧れており、しばしば社会的な尊敬の対象となる仕事である。具体的には学者・作家・芸術家・ゲームクリエイター・芸能人・スポーツ選手などである。こうした仕事を「ドリームジョブ」と呼びたい。

 ドリームジョブは需要に対して供給が非常に多い。低賃金でも「やりたい」という人が沢山出てくるからだ。したがってドリームジョブは基本的に「食えない」だろう。ドリームジョブで生計を立てられる人はほんの一部で、それには大変な技量が求められる。プロ野球選手になる難易度は東京大学理科三類に匹敵するだろう。医者や弁護士といった職業ですらここまでの難易度はない。将棋とか絵画といった分野も似たようなものだ。超一流の人間のみがプロとして生き残り、他の人間は夢破れるか趣味として嗜むに留まるだろう。

 ドリームジョブにしばしば「お金持ち」というイメージを持つ人がいる。数億の年俸を稼ぎ出すプロ野球選手などを見て思いつくのだろう。この見方は恐らく間違っている。ドリームジョブは基本的に儲からないし、非常に不安定だ。ドリームジョブの成功者が大金を稼ぐのは単に彼らが個人事業主だからであり、業界の収益性が高いからではない。金持ちになるなら芸能人やスポーツ選手になるよりも、起業して成功した方が遥かに儲かるし、難易度も低いだろう。トップのスポーツ選手は数十億を稼ぎ出すが、同じ努力を金融や不動産で行ったらその数百倍の資産が築けるはずだ。トップのドリームジョブの従事者がその仕事に就くのは第一にその分野に興味があるからであり、金目的なら別の業界に進んでいるに違いない。

 子供が「将来の夢」として憧れる仕事は大きく3つだ。1つはスポーツ選手やYouTuberなどのドリームジョブ、もう1つは医者や教師などの高学歴リアルジョブ、最後は警察官やパティシエなどの現業だ。

 ところが子供の将来の夢は大体20歳にもなると忘れ去られてくる。早慶とかMARCHといった有名大学に進学した人からすると、現業の仕事には就く気になれないし、ドリームジョブは要求される能力もリスクも大きすぎる。

 高学歴リアルジョブという選択肢は残っているが、数が限られているため、興味が無かったり、学部が違ったりするとチャンスはなくなる。また、この手の仕事は大体キツい。医者やテレビ局のディレクターがキツいのは言うまでもなく、最近は学校の先生も過労が問題視されている。

 こうして大半の大卒労働者はブルシットジョブに従事する。外銀や市役所の職員になりたいと考えるチビっ子は少ないだろうし、社会的にもそこまで褒められないだろう。残念ながら、子供の頃の夢が適ってサラリーマンになっている人を見たことはない。夢は所詮夢ということか。この手の職業は「大人の現実」を象徴する存在であり、仕事に関して燻りつつも、現実に適応していくことが殆どだ。

 なお、ブルシットジョブでありながら、例外的に子供の夢になりうる仕事もある。それは官僚と弁護士だ。理由はこの手の仕事の現実が知られていないからだろう。官僚は夢を持って入る人が非常に多いのだが、やはり役所は役所であり、途中で失望する人が多い。弁護士で花形とされるのは企業法務中心の渉外弁護士で、系統としては金融専門職とか会計士といった職に近い。ドラマに出てくる刑事弁護士は就職戦線で微妙な扱いを受ける。一般民事弁護士も似たようなものだろう。街弁の仕事も非常に面白いのだろうが、この感性が育つのは大人になってからだ。

 子供の進路は単純化できる。まず一握りの天才はドリームジョブを手に入れる。高学歴でかつ興味のある人は高学歴リアルジョブに就く。そして残りの高学歴は、現実と折り合いを付けながらブルシットジョブに就く。学歴が高くない人の場合は警察官や保育士のような現業に就くこともあるだろう。

 ところが、この下に地獄のようなゾーンが存在する。それは「シットジョブ」だ。低賃金で、社会的な威信が高くなく、しかも面白くなさそうな仕事である。エグいので具体的な仕事名を出すのは憚られるが、この手の仕事は「負け組」の象徴のように捉えられる。ただし、世の中の仕事の大半はこうしたシットジョブだ。これらの仕事は学歴が高くないか、会社勤めから転落したか、ドリームジョブで食えなくなったかして不本意に就いている人が多い。少なくとも自分の仕事をライフワークに出来ている人は少ないだろう。ただし、こうした仕事は社会を回すのに必要不可欠なので、表立って否定する人はいない。賢い人はシットジョブに就きたくないと思いつつも、ある意味で彼らには深く感謝しているだろう。


 

 

 

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