小説『結ばない靴紐』

 まみちゃんは同じ保育園のお友だちだった。彼女は靴ひもが結べなかった。どうしても絡まってしまうのだ。うまく結べないまみちゃんに、私は毎日手を貸していた。お外遊びの時は、まず私が先に靴を履き、次にまみちゃんに靴を履かせた。

 わたしの靴はみずいろのプラスチック製でマジックテープ式だった。マジックテープの部分がピンク色で、端っこにお星様が付いていた。お星様の周りがシルバーのラメで囲まれていて、そのきらきらしているところがお気に入りだった。お母さんが買ってくれた自慢の靴で、泥で汚れてしまわないように、細心の注意を払っていた。雨上がりで土がぐちゃぐちゃの日はお外遊びをしなかったし、園で飼っているヤギさんの周りには糞がたくさん落ちているから決して近づかなかった。お気に入りの靴を汚してしまうなんて、許せなかった。同じ園の子に靴を踏まれた時は、泣いて怒った。同じく汚されることも許せなかったのだ。

 まみちゃんはわたしのようなきらきらの靴ではなく、さくら色のフェルト地にクリーム色のロゴマークがついたひも靴を履いていた。わたしのお母さんが履いている靴と同じブランドの靴で、きらきらではないけれど、さくら色が素敵だなあと思っていた。
 まみちゃんは紐が結べないくせにその靴を履くので、わたしは少しうんざりしていた。だって、同じタイミングで靴を履けばすぐにお外遊びができるのに、時間がかかってしまうから。わたしは一人っ子で妹が欲しかったから、妹のお世話みたいな感じで嫌ではなかったんだけど、それでも遊ぶ時間が短くなってしまうのは少し気がかりだった。

 「くーちゃん、靴結んでほしい」
まみちゃんは毎回決まってそう頼んだ。
 「まみちゃん、そろそろ自分で結べるようになろうよ。そしたらすぐにお外遊び行けるよ」
 「練習してもできないの。まみちゃんはくーちゃんみたいにできない」
少し悲しそうな顔をしてまみちゃんは言った。困っている子がいたら助けなきゃいけない。確かそんな絵本読んだことがある。
 「でもわたしが保育園休んだらどうするの?結んでくれる人いなくなっちゃうんだよ。自分で結べるようにならなきゃでしょう。最初はわたしと一緒にやろう」
まみちゃんの顔に明るさが戻ってくる。
 「くーちゃんと一緒なら練習したい」
 「ほんとう?嬉しい!1人で結べるようになったら、お祝いにわたしのお家で金平糖ケーキ食べよう」
 「金平糖ケーキ」はわたしとまみちゃんで作った特別なケーキだった。チョコレートがコーティングされたミニケーキに5粒ほどの金平糖をちりばめたもので、ふわふわのケーキとザクザクの金平糖が面白くて、食べるたびにお互いふふふと笑った。何より自分たちだけのオリジナルのもので、その特別をまみちゃんと共有しているということがすごく楽しかった。まみちゃんとわたしだけの特別。思い出すたびにふふっと笑ってしまう。
 「わたし頑張ってみるね」
 と、まみちゃんは少し照れくさそうに言った。

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