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一年の計は元旦にあり


離婚元年の年末、冬休みの予定が何もないことに気がついた。
年越しは宮古島でのんびりしよう。年明けの離婚騒動、激ヤバ彼氏(別述)ですんごい疲れたし。
ありがたいことに口座に控えている利益剰余金を爆発させて、チルしちゃおーっとーーー
と行くはずが、物語はそううまくは運ばない。


■旅人 ゆう君

年末年始は何の予定もなかった。しかし実家には帰るまい。
誰も彼もが帰省を決め込み、私に構ってくれる友人もいなかった。当然彼氏もいない。

んじゃ、旅行行くか。リゾートがいいな。沖縄か。
行ったことない離島がいいな。宮古島か。
どうせなら年も越そう。三泊四日くらいするか。
レンタカーがないと観光しづらいのか。借りるか、どうせならオープンカー。
オーシャンビューのおしゃれなホテルの一つや二つまだ空いているっしょ。
というわけで、年末年始まで一ヶ月を切ったところで思いつきで旅行を手配した。
全て年末年始価格で大変色がついていたが、その時の私は無敵だった。
今年一年の阿鼻叫喚を思えば、南の島での多少の豪遊くらい許される気がしていた。
全てリフレッシュして今年という年を「過去」にするのだ。
旅行出発日当日。真冬の東京とは思えない薄手のライダースジャケットを羽織って、ロンシャンの大きなカバン一つで三泊四日のバカンスを夢見て羽田空港へ向かった。

宮古島に到着したのは12/30で、びっくりするほどお店は閉まっており何もすることがなかった。その上天気もパッとしなかった。常に曇りか小雨か。しかし元来私は雨女なので、上出来ではある。「何もしないをしにきたのだ」と自分に言い聞かせ、ホテルの周りを歩いたり、猫に話しかけたり、レンタルした小さなオープンカーで島民の安全を脅かしたりして過ごした。
ちなみに私はペーパードライバー歴10年超えの本物のゴールド免許保持者だが、無事故無違反で帰着出来たことは宮古島の皆様に心から感謝申し上げたい。
31日の夜までダラダラと過ごして、ようやく一つ目のアクティビティに参加する時間になった。
「星空観測&ジャングル探検」と銘打ったそのツアーは東京から予約していった。南の島のマングローブの中を歩き、最後に満点の星空を眺めるという寸法だ。
わざわざ大晦日の夜にすることではないかもしれないが、せっかくの宮古島で紅白を見ても面白くない。そもそも映るのか知らない。
夜8時に集合場所へとレンタカーを走らせた。レンタカーは大変ミニマルで、私の体躯にとっても合っていたが、夜間のライトの出力も大変ミニマルだった。
街頭の少ない暗い農道を、蛍ほどの光でペーパードライバーが緩急をつけた走りを披露。これはこれで心臓バクバクのアクティビティではある。
集合場所はこれまた街灯一つない公園で、一番乗りに着いてしまった。公園の真ん中に車の頭から突っ込み、他の参加者の到着を待った。

「はーい、ツアー参加者の皆さん、ちょっと駐車にご協力くださーい。」
程なくしてツアーガイドと思しき、兄ちゃんの声が聞こえてきた。
他に4組ほどの参加者があり、狭い公園への停め方を指導をしていた。
コンコンと私の車もノックされた。車こっち動かせますかー?と金髪の兄ちゃんが覗いてきた。この兄ちゃんが後に波乱を巻き起こす、ゆう君である。
すみません、無理です、と小回りもバック駐車も出来ない私は堂々と答えた。
兄ちゃんは慣れた口ぶりで、僕車動かしちゃっていいすか?と尋ねてきたので、私は喜んで車を降りた。
車内では爆音で玉置浩二の田園を流しており、止めるのを忘れてしまったが、旅の恥はかき捨て。
兄ちゃんはそそくさと私の愛すべきレンタカー激小コペンに乗り込み、個性的なハンドル捌きで駐車し直した。

「皆さん、今日はツアー参加ありがとうございます。えーこれからジャングル探検、星空観測のツアーを始まるんすけど、皆さんお気付きの通り今日は天気が今ひとつです。星空、観測できるかは正直難しいと思っています。もしここでキャンセルしたい場合は、キャンセル料なしで返金出来ます。ですけど行ってみて、見れないから返金してほしい、は受け付けられません。その点だけご了承してもらって、今、ツアー参加するか決めてもらえますかー?」
兄ちゃんはマニュアルに則った注意事項の説明を始めた。参加者は大晦日の夜にツアーに参加しようという強者どもの集まりであるので、一組の脱落もなく、ツアーが始まった。
「僕は今日のツアー引率します、ゆうへいって言いまーす。ではライト一人一個持ってもらって、こっち着いて来てくださーい!」
テキパキと説明して、ゆう君は強力な懐中電灯の光をゆらゆらさせながら森の中の遊歩道へと歩き出した。
暗くて彼の姿をはっかりとは認識出来ないが、金髪、顎髭、ピアスにネックレス、リングがいくつかはまった指に、足元はビーサンのゆう君は、いかにもリゾートバイトをするやんちゃな若者であった。
いかつめの風貌ではあったが、ゆう君はやや関西のイントネーション混じりでハキハキと喋り、話し終わると八重歯が見えるようにニッと口角が上がった。そのおかげか怖い印象はなく、親しみやすさすら感じられた。

ツアー自体は満足だった。
小学生を連れた家族連れが2組と、母娘が1組、私と同じくお姉様のおひとり様が1組、そして私というメンバーで平和に敢行された。ほとんどが東京からの参加者だった。
天候は生憎で星など一つも見えなかったが、適宜ゆう君から南国でしか見られない植物やカニなどの生き物の説明をもらって、みんなで「へえー」「はえー」と言いながら森の草木を踏み分けた。
小学生らが走り回るのをみんなでなんとなく見守る、という大人の連帯感も生まれた。
お姉様おひとり様とは隊列上隣になることが多く、話し相手になってもらった。私のおひとり様参加についても「なんかやばいのいると思った」と笑われたが、お互い様である。

「ではツアーはこれで終わりになります。皆さん気をつけて帰ってくださいねー!」
ツアーが終わり、ツアー中の写真配布のため全員が強制的にゆう君とラインを交換させられると、参加グループそれぞれ車に乗り込んで行った。私とお姉さんの車は出しにくい場所にあったため、他の参加者が車を出す間、ゆう君を含め3人で話をした。
「今日飯の場所とか決まってますー?お店教えますよ。あと今日大晦日なんでいろんなとこで花火上がります。場所はこのあたりっすねー。」
ゆう君は参加者の満足度を高めるため、最後までホスピタリティを発揮していた。参加者はツアー会社からのアンケート回答が必須になっているのだ。ゆう君は休日でも多分やってるご飯やさんと花火の打ち上げ場所をスマホの画面に表示させた。お姉さんと私はそれをさらにスマホで撮影した。
「ちなみに明日とか予定決まってます?うち明日も色々ツアーやってるんで、よかったら。次からリピーター割引できるんで。鍾乳洞行くやつとか、結構ガチっぽくて楽しいっすよ。」
ゆう君は最後に営業トークに入った。
「あ、私それ一昨日参加したやつ!めっちゃアドベンチャーでした。絶対参加した方がいいです!」とお姉さん。
「そうっす、そうっす!ガチアドベンチャーっす。」
「へぇー、明日何にもやることないから参加しようかなー。」
私は本当に翌日何もやることがなかったので、ノリで鍾乳洞ツアーに参加を決めた。
どうやら私は一月一日からアドベンチャーするらしい。
翌朝8時集合。水着着用のこと。なんかあればラインして。ということでさっくり話は進んだ。
お姉さんは翌日の飛行機で帰るとのことで、お互いの旅行の無事を祈りそこでさようなら。
ゆう君とも、ではまた明日よろしくお願いしますー、ということでその日はお別れした。

日を跨ぎ、新年一発目。あけおめ私。
朝から可愛いレンタカーをぶいぶい言わせて集合場所へと向かった。そこはツアー会社所有の駐車場で、他の参加者とツアーガイドが大勢集まっていた。
風貌はやんちゃなツアーガイドばかりで、その中の一人、ゆう君を見つけた。
「ゆうへいさん、おはようございますー。」
「あ、mさん。ほんまに来てくださってありがとうございますー!花火見れました?今日もよろしくお願いしますー。」
昨日の夜出会ったばかりだったが、なんだか前からの知り合いに会ったような感覚だった。
明るいところで見たゆう君は、いかちいファッションは昨夜と大差なかったが、目が丸く輝いていて、昨夜よりも若い印象を受けた。またゆるっと履いたスウェットの上部からチラ見えするボクパンがレインボーの絞り染め柄だった。年下には違いないが、にしても結構若いぞ、これ。

他の参加者もゆう君の周りに集まってきた。ツアーの説明の後ウェットスーツを渡され、水着の上から着用して、ツアーがスタートした。
ツアーの内容はこうだ。まずカヤックで鍾乳洞の近くまで漕いで行き、そこから泳いで鍾乳洞内に入る。ツアーのメインビジュアルの大きな岩には横にロープがかかっており、それを使って滝を登るようにして岩の上によじ登る。さらにその先の足場の悪い空間も探検して、帰りはよじ登った大きな岩の上から飛び降りて海に戻る。また泳いでカヤックまでいき、漕いで陸に戻る。
なるほど、これは確かにガチアドベンチャーであった。
途中ではゆう君が適宜フォローしてくれた。岩をよじ登れないでいると、上から力強く引き上げてくれたし、ウェットスーツの足元に水が溜まっているのを手際よく抜いてくれた。ゆう君は時給発生時間中は真面目に働くのが信念なのか、カヤックでは流された人たちをいそいそ回収し、みんなに向けて愛想良くよく喋り、岩の上からは頭から飛び込んで見せて、参加者の満足度向上に務めていた。毎日こんな仕事してるのか、体はってんなーと思った。

このツアーも大満足で終了した。
ただ駐車場には更衣室もトイレもなく、着替えは各自の車で、というルールだけが困った。
我愛車は私でさえ狭すぎて、とてもではないが中で着替えられない。
旅の恥はかき捨てということで、やんちゃツアーガイド陣がウロウロしている中ではあるが、車の陰で生着替え大会を開催した。羞恥心とはつまり自分の課題であり自分で解決しさえすれば、誰かが私のだらしない生尻を見て何かを思うことについては私の課題ではない。

ホテルに戻ると、ゆう君からラインが来ていた。ツアー中の写真の共有である。写真は全く盛れていなかった。誰かに見せることはないだろうな、と思った。
ありがとうございます、と杓子行儀に返信した。するとゆう君からその日のお誘いが来た。
「飯決まってますか?よかったら今日、僕の仕事終わりになっちゃうんですが、一緒に飯でも行きませんか?」
やはり来たか。まあ、ツアーは楽しかったし、どうせご飯食べるあてもないしな。
「夕ご飯決まってないんで助かります!のんびりしてるんで終わったら連絡ください💫」送信っと。
完全に南の島に浮かされて、普段やらないことをしていた。
「やった!終わったらホテル迎え行きます!仕事めちゃ早く終わらせるね😊」とゆう君。
若いって勢いがいいなーとさんぴん茶をラッパ飲みしながら思った。

20時くらいにゆう君は迎えに来た。車に近寄って声を掛けた。
「お仕事お疲れ様でした!夕ご飯までフォローありがとね。」
「いえいえ!mさん、今日宮古島最後の夜なんすよね?一人で飯行かせるわけにはいかないじゃないすかー!つってもあんまりお客さんと飯とかないんで、ほんま嬉しいです。仕事仲間の間で、今日ゆうへいのチームに綺麗な人おったなって話題になってましたよー。今日その人とこれから飯なんですー!ええー!?ゆうて、うるさいの無視してバリ早で上がって来ました。」
車に乗り込むと、ゆう君はウキウキと話し出した。車はツアー会社のハイエースで、後部座席には仕事道具も散らかっていた。マリファナの形をした芳香剤がミラーにつるさがっていた。このアイテムは地元のドンキ以来ぶりに見た。ニットキャップを被り伊達メガネをかけたゆう君は、相変わらず金色や銀色の装飾品が多く、東京にいたらおそらく交わることのない種類の人だ。
めちゃくちゃにやんちゃな風貌であったが、丸い目がキラキラとしていて、笑うと見える八重歯にあどけなさが残る彼はやはり憎めない印象だった。
また仕事仲間に私の存在を認知されていたということは、私の駐車場での生着替え大会に観覧者がいた可能性に思い当たった。オーマイグッドネス。
何食いたいですー?と尋ねた彼は、特に明確な答えを求めてはいなかったようで、多分あそこの店なら今日もやってるんで、そこちょっと行ってみますねーと車を走らせた。

お店は沖縄、九州料理を提供するチェーン店だった。客層は若く、価格帯もお手頃。特に何が食べたいなどという意思はなかったので、開いてるお店に辿り着けただけでも万々歳だった。おそらく自分一人だとコンビニで済ませていた。
ゆう君はそのお店の常連のようで、お店の人とニコニコ話して、今日は女の人と一緒か?やめてくださいよーなどと冗談を言い合っていた。愛されている人だな、と思った。
海ぶどうやゴーヤチャンプルなどの沖縄っぽい料理と生ビールを注文して、二人で乾杯した。躊躇なくアルコールを頼んだ彼に車はいいのか尋ねると、代行に頼むのが普通だから、と当然のように言っていた。
それから私のツアーの感想や、ゆう君がなぜツアーガイドをしているかについて話した。彼は大学卒業後職を転々としており、住み込みでできるバイトがあると、半年前に宮古島に来たと言っていた。若いうちは体力で人生を解決するつもりらしく、あと数ヶ月でこのツアーガイドも辞めて次は地元でしばらくバーテンをするらしい。その後も知り合いに一緒に仕事しようと声を掛けられているので、タイに渡ってサラリーマンをするのだそうだ。今は彼女もいないけど、27で結婚して落ち着く予定だからそれまでやりたいことを体力の限りやるのだ、と。彼は自らのことを「旅人」と称していた。
彼の人生の話は中々興味深かった。本当に純粋に彼のような人物は周りにいないのだ。
破天荒な彼の人生を切り開いてきたのは、間違いなく彼の人間力で、その人間力を支えているのはこの笑顔なんだろうな、と感じた。軽い口ぶりでめちゃくちゃなことを言っていたが、この笑顔と行動力で自在に人生を旅しているようだった。誰か私にももっと若い時に、笑顔があれば道を切り拓けるよと教えておいて欲しかった。
さて、27で結婚を目指すということは今この旅人は何歳なのか?
「ごめん、今更なんだけど、ゆう君て何歳?」
「25。」
「ぅわっか!!」
「mさんは、年上っすよね?28とか、、?」
「31。」
「えっ!待って待って待って、ぜんっぜん見えない!さんじゅういち!?べっぴん過ぎる!」
若くみられて正直満更でもない。が、25の小僧に接待させて申し訳なくなってきた。今日は元々奢るつもりだったが、尚更その決意を固めた。ゆう君は続けた。
「いや綺麗なお姉さんやなーとは思ってたんです。俺ファッション好きやから、アクセサリーとか見ちゃうんすけど、mさん服もアクセもおしゃれで高級感あるし。正直俺の年代の女友達とかとレベルが違いすぎて。え、ほんま俺今東京の綺麗なお姉さんと飲んでる!楽しー!!」
特に君の周りの女の子とはもし同年代だったところでセグメントが違うだろうね、と思った。
30過ぎて若い男の子にチヤホヤされて、本気で真に受けるわけではないが、突っぱねたところで面白くない。ここは南の島。全て受け入れて全力で気分良くなってやる。
「いいぞ!よく言ったゆう君!今日は奢るからじゃんじゃん飲みなー!」
じゃあ生もう一杯いきますねー!と断ることなくニコニコ追加したゆう君。
その後も彼は遠慮なく鳥の唐揚げやなんらかの揚げ物を追加して、25歳のもたれ知らずの胃袋を遺憾なく発揮した。

「俺東京行った時、ちゃんと奢るんで、絶対誘いますね!」
お会計を済ませると、彼はカラッと笑いながら言った。次なんて無いことは二人とも十分わかっていたが、こんな笑顔で彼にそう言われたら悪い気がする人はいないだろう。
ちなみに彼はそんなにお酒は強くなかったらしく、割と酔っ払っていた。怪しい足取りでハイエースへと向かい、代行を頼むと言ってどこかへ電話をかけていた。
代行が来るまで、しばしハイエースの中で待機した。店出る前に電話しとけや、と思ったが彼は25歳の旅人、段取りの悪さを指摘しても始まらない。
始まったのは彼の手癖の悪さであった。

「代行くるまでちょっと待っててください。でもなー、mさん、ほんま可愛い。もっと一緒におりたい。」
何もなく帰れる訳はないだろうとは思っていたが、彼は暗いハイエースの中で急にエンジンがかかったようだった。手を掴まれ、ゆう君の顔が寄ってきた。
「この酔っ払い君。落ち着きたまえよ。」
私は手を振り解き、デコピンした。いてっと彼は笑った。
「このお姉さんやり手ですー!手の上で転がされてる感がもうやばい。どうにかしたい。」
「まじ早く代行来てほしいわー。」
「ほら、そうやって!あしらわれてる!逃がさん。こっち来て!」
ゆう君はどんどんヒートアップして行き、顔や手が、体が迫ってきた。
一方の私は酔いが覚め始めていたので、こいつがとにかく面倒くさく、鬱陶しい以外の何者でもなかった。当初はまあ何かあっても大人だし、、などと思わないでもなかったが、この酔っ払いを見ていたら、すっかり興醒めしていた。小僧、この私を簡単に抱けると思うなよ。
そこから彼と私の一進一退の攻防が続いた。私から私への伝令は「この状況から何もなく帰還せよ」まあ状況的にはほとんどミッションインポッシブルである。深夜、見知らぬ土地、相手の車の中、二人きり。が、ここで白旗をあげる私ではない。
さりとて私のターンでは「かわす」しか繰り出せる技は無かった。「はーい、良い子の手はお膝ですよー」と言って伸びてくる両腕を彼の膝の上に突き返したり、「どうどうどうどうどう」と言っては彼の胸を叩き、暴れ馬を嗜めたりしてやり過ごした。
そのうちに彼は勝手に盛り上がり、暑い暑いと言っては被服を一つづつ脱いでいった。
驚くべきことに、気がついた時には彼は一人ハイエースの中でマッパだった。
(ちなみに私はアウターのライダースジャケットを含め、全て正しく着用したままだ。)
まこと突然の全裸男の出現に、私は純粋に驚いたし、人に気づかれずに目の前で全裸になることができるんだ、まるでアハ体験、と感心すらしていた。
ちなみに彼の名誉のために記すと、ゆう君のゆう君はとってもご立派だった。
「いや、すごいな?というか代行来ないなら歩いて帰るんだけど。」
「ねぇー、mさんほんまにやらへんのー?俺こんなしてるのにー?」
「しないねえ。そしてそのパンツすごい柄だねえ。」
今朝方みたレインボー柄のボクパンは履き替えられており、知らないアメコミのキャラクターがガチャついたボクパンに変わっていた。俺こういうの好きで、、と言いながらパンツを手に取ったゆう君は、柄ついてのこだわりをなんとなく話した後、そのままおずおずとパンツを着用し始めた。思いがけず自らパンツを履かせることに成功。よくやった私。
ゆう君はそのままごちゃごちゃと何か言いながら一つづつ着衣を続けた。

結局代行は来なかった。代行を頼んだ、と言いながらゆう君は友人に電話しただけだったらしい。
「んじゃ、歩いて帰るから。今日はご飯ありがとね。バイバイ!」
「mさん道わかんないでしょ?」
「私の地理感覚と健脚舐めんな?」
「もーそうやって、あzsxdcfvgbhんjmk」
彼は何か言っていたが、埒が開かないので車を降り、助手席のドアを閉めた。
ミッションクリア!無事、生還!Googleマップを開いてホテルの位置情報を確認するが、3キロほどしか離れておらず、私の健脚を持ってすれば余裕で徒歩で帰れそうだ。なんなら走ったっていい。
「mさん、またねー!」
車の窓を開けて、ゆう君がニコニコ手を振っていた。なんだかんだで潔いのは嫌いではない。
でも初めから徒歩で帰ればよかったなー、と静かに深まっていく夜の中、思った。

ホテルに帰着して、部屋でこの元日の出来事を振り返った。前日夜に知ったツアーに飛び入り参加して、ツアー自体も中々のアドベンチャー、知り合った旅人と親睦を深め、旅人のご子息と対面し、何も起こさずホテルに凱旋した。流石に疲れた。限界突破サバイバーである。
元々右手の人差し指と小指に私はリングをはめていたが、左手にも何かがはまっていることに気が付いた。ゆう君と車の中ですったもんだしていた時に、ゆう君は私の手にすりすりしながら自分のアクセサリーを私の指にはめていたのだ。
それはごついデザインの、金メッキされた軽いリングであった。外側は凝った模様だったが、よく見れば内側はツルツルだ。安そうなリングだなあと思った。
彼はこんな安いアクセサリーを大量に身につけて、いつも虚勢をはっているのだろうか。
やっていることはめちゃくちゃな彼だったが、話をよくよく聞いてみれば一本芯の通った男ではあった。またニコニコペラペラよく喋るが、私のことをよく見た上で話題を振っていくことができる気遣いの人だと感じていた。
「口数とアクセサリーが多い男は繊細である」と自作の格言を述べてみた。

ーーー明日はもっといい日になるよね、ハム太郎。
翌日も派手に愛車を乗り回し、無事空港周辺のレンタカー屋さんに返却できた。
三泊四日の宮古島は総括すればとても楽しかった。

一年の計は元旦にあり、とはよく言ったものである。
めちゃくちゃな一月一日を過ごした私は、その年もこれまで一度もお会いしたことのない種類のメンズと出会い、まあまあ波乱な一年を過ごすことになった。
来年の一月一日は大人しくしよう、と心に決めたのだった。

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