最後の言葉になるけれどあえてサヨナラとは言わない理由
知っているかな。君と出逢って、2年の月日が経ったよ。
今でもね、覚えているんだ。初めて逢ったときのことを。ちょうど日本に帰国中でさ。まさに秋真っただ中。清々しい涼風がとても気持ち良かった。世界で一番好きだったばあちゃんが亡くなって数か月。ようやく前を向き、自分もばあちゃんみたく最期の最期まで一生懸命生き抜こうと決意して間もなかったあの日、透き通る青空を背に歩いた先で、君に出逢ったんだ。
君は「セール」とか「値引き」とか「最大 70% OFF!」なんて文句とともに並んでそこに居たよね。流行りの音楽が大音量で流れる異空間。似たような子たちに囲まれながらも、決して気取ることなく静謐にたたずむ真っ赤な君は、本当にかっこ良かった。
安かったからとか、大好きなカープ色だったからとか、好きなブランドだったからとか、決してそういうことじゃないんだ。もちろん予算内でなければ購入しなかっただろうし、この赤色は魅力的だったよ。違うロゴが付いていたら他を探していたかもしれない。でもね、それだけが理由だなんて勘違いしないでほしいんだ。
それくらい、君との出逢いは運命的だった。
◆◆
どうしても一緒に居たくてさ、家に帰ってタグを外すと早速、近所の神社まで出掛けたね。一歩一歩踏みしめるたびに伝わる心地の良いフィット感。それらがもたらす安心感は、包み込むような君の優しさのせいだって知っていたよ。そう、君は最初から、出逢ったその日から、優しかった。
それから色んなところに出掛けたね。
街中だけじゃなく山や渓谷といった自然の多い場所にも行ってさ、すごく楽しかったよ。突然の雨で、お互いびしょ濡れになったこともあったっけ。今となってはいい想い出だよ。
そうそう、コロナ渦で国境を越えるなんて奇異な経験も一緒にしたね。
渡航前の PCR 検査は緊張したなあ。症状なんて一切ないし住んでいる町の感染者数は数か月間ゼロの状態だったけど、待合室で結果を待っている間はずっとそわそわしていたよ。仁川空港に到着したあとも、問題なく入国手続きが終わるだろうかってドキドキしてさ。でも結局そんな心配とは裏腹に、人の少なさと段取りに慣れきったスタッフの案内で、普段の半分以下の速さで外に出られたわけだけど。安堵とともになんだか滑稽で笑っちゃったよ。
そんな初めての経験もそうじゃない経験も、とにもかくにも、君はいつも一緒に居たわけだ。
◆◆
でもね、今更なにをと思うかもしれないけれど、無理をさせているなとは感じていたんだよ。
他の子でもいいのは分かっていたさ。それでもなぜか君を選んでしまうんだ。しばらくしてかかとの生地が薄くなったときも、靴ずれ防止クッションを買って付けたよね。他を選ぶとかじゃなく、どうしたらこれからも君とともに居られるのかって、それしか頭にはなかったよ。
そんな悪あがきの末、今から1か月ほど前、遂に、その瞬間がやって来てしまった。
ジョギング中に親指がひょっこりと頭を出しているのに気が付いたんだ。正直、最初は見て見ぬふりをしていたよ。だってちょっとだったんだもの。靴下が赤いときなんて気づかないほどの、ほんのちょっとのほころび。通り過ぎる人たちだって気づいていないさ。
それでも「ああ、もう別れを受け入れなきゃいけないんだ」と諦めに近い覚悟ができたのは、先週のことだった。果たして、靴ずれができてしまったんだ。
痛かった、足が――。こころが。
しがみつくのは良くないって分かっていたよ。でも2年だよ。たった2年だなんて、短すぎるよ。他のみんなは4,5年は持っているのに、なんで、君に限って、2年なんだよ・・・。
それくらい、君のことが好きだった。
だから、サヨナラは言わないよ。
君をゴミ袋に入れたその日――。それは別れなんかじゃなく、君とともに過ごした想い出たちが、永遠になったんだ。
果てし無い友情記念日。
だからね、決して、サヨナラとは言わないよ。
消えるものなんて、無くなるものなんて、何もないのだから。
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