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なかなか興味深い韓国の「姓氏」と「本貫」と「行列字」③~ドラマをより楽しむために~

 前回の続きです。

 父系社会の韓国では、例外はあるものの、父親の姓氏(성씨)を受け継ぐのが原則です。さらに姓氏の発祥地である本貫(본관)が同じ者は同姓同本として、広い意味で血縁関係に当たるとみなします。

 ここまでは苗字に関するお話でしたが、今回は名前に関わる行列字(항렬자)についてお話します。


5.行列字(항렬자)

 行列字はトルリムチャ(돌림자)とも呼ばれ、主に男児の命名に使われます。

 まず韓国では、漢字二文字を組み合わせて名前を作るのが一般的です。

 たとえば俳優のパク・ボゴムさんは漢字で書くと「朴宝剣(朴寶劍)」になります。今にも勇者が冒険に出掛けちゃいそうなかっこいい名前ですが、見てわかる通り「宝」と「剣」の二文字が組み合わさってできています。

 これを基本とすると、行列字は父系同族において一番最初の先祖を始祖とし、そこから何代目の子孫かによって名前に使用する漢字一文字を決定する名付け法です。つまり10代目には10代目の、20代目には20代目を表す漢字があるのです。

 この法則に従うと、代を同じとする兄弟や従兄弟は行列字を共有することになります。実際韓国では兄弟で似た名前を持つ場合が多いのですが、それはこのためです。

 代によって漢字が決まるということは、そこには一定のルールがあることを意味します。ルールは同姓同本(※)または同姓同本をさらに細かく分けた派によって異なりますが、主に以下のようなものがあります。

※本貫を共有する姓氏全体で使われる行列字を「大同行列字(대동항렬자)」と言う。

(1)「火・土・金・水・木」の五行相生法(陰陽五行説)
 
ある代で「火」が入る漢字を使うと、次の世代では「土」を使った漢字を使い、その後は「金」、「水」、「木」の順でループします。
 たとえば「炳(병)→圭(규)→錫(석)→洙(수)→柱(주)…」の順で名前の一文字にこれらの漢字を用います。

(2)「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の十干
 十干の入った漢字を順番に使用します。
 「東(동)→九(구)→南(남)→衍(연)…」などです。

(3)「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の十二支
 十二支の入った漢字を順番に使用します。
 「学(학)→庸(용)→演(연)→卿(학)…」などです。

(4)数字
 数字(一、二、三、四…)が入った漢字を順番に使用します。
 「丙(병)→重(중)→泰(태)→寧(영)…」などです。

 上記に加え、行列字の位置に関わるルールもあります。たとえば、ある代で名前の最初の字に行列字を用いた場合、次の代では二番目に置くといった具合です。

 行列字は名前に縛りを設けるため、命名の自由度が限られます。韓国では男性よりも女性の方が名前に多様性がありますが、それはこの慣習に拠るところが大きいと考えられています。

 また行列字によってどのような効果があるかというと、同族意識が高まるのは無論のこと、同じ家門同士であれば名前を聞くだけで何代目かが分かるそうです。だから何なんだとも思いますが、そこは儒教の教えが根強く残る韓国社会です。簡単に言ってしまえば、「上の代は下の代よりも偉い、敬うべき存在」になります。

 とはいっても、現代ではこれらのことを気にしない人たちも増えており、名前に行列字を使用しない人もいます


6.韓国ドラマの理解にも役立つ

 姓氏、本貫、行列字は韓国ドラマでも扱われます。今年大ヒットした『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌(이상한 변호사 우영우)』では、これらを妙に気にする裁判官が登場しました。

 裁判官の名前はリュ・ミョンハ(류명하)、豊山柳氏(풍산류씨)です。第12話ではウ・ヨンウ弁護士が対する原告側の弁護人としてリュ・ジェスク(류재숙)という女性が登場します。

==(調停でのワンシーン)==

 裁判官が早速、リュ弁護士に本貫を尋ねます

 彼女が「豊山柳氏です」と答えると、それまでのしかめっ面が嘘のような満面の笑みで裁判官は「私もですよ」と言い、彼女の父親の行列字を尋ねました。

 リュ弁護士は少し考えた後、「裁判官、なぜ私ではなく父の行列字を? 娘は出嫁外人(출가외인、嫁いだ娘は他人である)で家門を継ぐことができないからですか?」と訊き返します。

 その言葉に少々驚いた裁判官は、深い意味はないとでもいうように、普通女性が行列字を使うことは少ないためだと弁明しますが、人権派弁護士として知られるリュ弁護士は「本件は性差別に当たると考えています」と事件に関する主張を始めます。さらには「女性だから行列字は使わないだろうという偏見をお持ちの裁判官に、本件の本質を公明正大に見ていただけるのか、甚だ、懸念です」と言い放ちます。

 裁判官は鳩が豆鉄砲を食らったように、もとからまん丸な目をさらにクリクリさせながら「何ですと?」と一言。

 すると、リュ弁護士はすぐさま次のように返しました。

(弁)「私のジェ(在・재)は豊山柳氏26代目の行列字です。裁判官のお名前にはハ(夏・하)がありますので27代目と推測しますが。当たっていますか?」

(裁)「・・・(ばつが悪そうに)ええ、その通りです」

(弁)「ということは、裁判官にとって私は叔母にあたるわけですね」

(原告の一人)「ぷっ(思わず吹き出す)」

(弁)「――あ、もちろん、だからといって私のことを『叔母さん』と呼ぶ必要はないですよ。ハハハ」

===

 どうです、してやったりのスカッとする見事な会話。

 このように姓氏と本貫、行列字に関わる文化を理解すると、韓国ドラマをより一層楽しむことができます。

 物語の背景となる時代において、これらの要素が社会や人々の生活にどのような影響を与えているのか、またそこに関わる人間模様も深く知ることができるため、ぜひ注目してみてください。

(おわり)


【参考ページ】


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