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エースと呼ばれた男

いつもは、あまり感情的にならずに文章を書くことを心がけていますが、今回はそれが叶わないかもしれません。予めご了承下さい。

というのも、彼は紛れもなく私の「推し選手」だった。

昨日2019年12月18日、岸田和人選手のいわてグルージャ盛岡への期限付き移籍が発表された。

まあ、成績を見ればある程度予想できたことだ。むしろ、完全移籍ではなく、期限付き移籍という選択をしてくれたクラブに感謝したい。

それでも、私たちは来シーズン、大切な選手を失ってしまったことには変わりない。

個人的な話をすると、もう来年は9番・岸田和人のユニフォームを着てスタジアムに行けない。こんなに辛いことはない。

私は2015年からレノファを見始めた。当時爆発的な攻撃力を誇っていたチームにおいて、いつも得点者の欄には彼の名前があった。連続試合得点のJリーグ記録も作った。優勝を決める試合で同点ゴールも決めた。誰もがエースと呼んでいた。

J2に上がっても、早々に2回ゴールネットを揺らした。そんなときだ。第5節の松本戦でキーパーと交錯しながらもゴールを決めた代償としてヒザを痛めてしまった。J3では大きな怪我をしなかった彼が足を引きずりながらベンチへ下がってゆく姿を、私はこの時初めて見た。

約3ヶ月ぶりにホームの観客の前に姿を現した彼の左膝には、グルグル巻きのテーピングが施されていた。実に痛々しかった。しかし彼が我々に見せてくれたのは、以前と変わらぬエースの姿だった。2ゴール1アシスト。特に3点目のアシストとなった、プレッシングからボールを奪って足をつりながら上げたクロスは今も脳裏に焼き付いている。この頃からか、気づけば彼は本格的に私の推し選手になった。

しかしその後は得点を重ねることはできず、もう一度負傷によって戦線を離脱することもあった。チーム内には中山仁斗という強力なライバルがいた。中山に比べると、足元の技術は劣るが、岸田は裏抜けとプレッシングという強力な武器を持って、自らの立場を確立していた。

16年オフ、庄司悦大・福満隆貴・島屋八徳・中山仁斗などの主力が相次いで移籍。ここには名前を上げきれないほど、大量に流出していった。

そんな中、岸田和人は残留を選択。17年も新戦力との競争を勝ち抜き、開幕スタメンを勝ち取る。開幕戦で2ゴールも挙げた。

しかし、その後が続かず、スタメンを外れる時期が続いたりもした。チームも一時は最下位に落ちる。

しかし、マジョール監督が就任すると、再びスタメンに名を連ねる。レオナルドラモスと共にツートップを組み、走り続けた。特に守備の貢献度は抜群だった。そしてチームを見事にJ2残留へと導いた。

18年、霜田監督が就任するとチームが若返った。開幕スタメンには20代前半の選手が名を連ね、岸田和人はこの年、レノファがJ2参入して以降初めて、開幕スタメンから外れることになった。正直、厳しい立場に見えた。

それでも彼は蘇った。スーパーサブという地位を確立し、彼がピッチに投入されると明らかにスタジアムの雰囲気が変わる。そんな選手になった。ホームの東京V戦なんかは、まさにそれを象徴する試合だろう。終盤にはスタメンを張ることもあった。プレーエリアもシャドーやサイドへと広がっていった。彼はまだ進化の途中だ。

そして今年、出場はわずかに9試合、ゴールネットを揺らしたのはわずかに1回。それでも、それ以上のものをもたらしてくれた。なかなかチームの状態が上がらない中で迎えたホームの大宮戦、初スタメンを飾った岸田はチームの方向性を示し、勢いをもたらしてくれた。続く東京V戦ではゴールも奪って見せた。スタジアムを大きく沸かせてみせた。あの頃と変わらないくらいに。

それでもプロの世界は厳しい。彼は昨日をもって、来期レノファでプレーする可能性がなくなった。素人の私でも成績を見れば、それが仕方がないことくらいは分かる。

ただ彼はどんなときも「エース」だった。

中山仁斗、レオナルドラモス、オナイウ阿道、山下敬大。彼よりも点を取る選手はたくさんいた。正直、彼らと比べると、そこまで上手い選手ではなかった。トラップが大きくなったり、シュートが枠に行かないこともたくさんあった。

それでもエースと呼ばれる回数は岸田和人が断トツだったと思う。完全に贔屓目になるが、私の中ではいつもエースは岸田和人だ。でも、そんな風に思っている人は他にも多いと思う。彼はそんな選手だ。

判定に納得がいかなくて、審判に喰って掛かるのを味方になだめられたり、復帰戦でいきなり激しいプレッシングをかけて前半早々にイエローカード貰ったり、交代の際に監督と握手しなかったり、愛妻家が故に指輪を付けたまま試合に出て警告を受けたり...。一方でしっかりと子どもに目線を合わせたりと、ファンサービスでは一人一人に丁寧に対応する。ピッチ上での強気な印象とは打って変わって、優しい人柄が溢れ出ていた。

そして何より、彼が試合出るとスタジアムが沸く。「岸田なら何かやってくれるんじゃないか。」サポーターにそんな風に思わせてくれる。ピッチを駆け抜けるその姿は、見ている人の心すら動かしてしまう。彼の大きな武器だ。

きっと期限付き移籍だけど、盛岡のために全力を尽くしてくれると思う。もしかしたら、盛岡への気持ちが強くなって、山口には帰ってこないという選択をするかもしれない。町田から山口へやって来た時がそうだったように。

でもそのときはそれでいい。そういう選手だからこそ、彼はサポーターに愛されるのだ。

ただ、レノファに帰って来てくれるとなれば私は大歓迎だ。きっと大多数のサポーターも同じ気持ちで迎えてくれるはずだ。それまで、盛岡で輝きを放ち続けてほしい。

行ってらっしゃい。



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