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この恋はすべてがはじめてだから

9月7日(土)
元恋人が働いてる店に遊びに行く前に、家に荷物を置いてからいこうと思ったら玄関前に自転車が止まっていて、ちょっと変だなって思った。でも歩いて出勤したのかなと思って店に向かったらシャッターが降りていて、もしかして逃げた?って最悪の事態を想像した。もしかして店早く閉めてみんなで飲みに行って、誰かの家に泊まって帰ってこないとか?って。そんなにわたしに会いたくないんだって、勝手に想像して気が動転してしまって公開アカウントで脳直ツイートをしまくってしまった。あー終わったなって思いながら信号が変わるのを待っていたら「電車乗り間違えたんで帰るの遅れてます。」って元恋人から他人行儀なLINEが届いた。気をつけて帰ってきてねって返信したけれど、これって本当にわたしに向けたLINE?ってまた不安になった。電車って、どこ行ってたの?今日はバイトじゃなかったの?なんせ気が動転しているから脳が追いつかなくて、もしかして別に女の子がいてその子に送る予定だったのを間違ってわたしに送っちゃったとか?って、本当に帰ってくるのか半信半疑だった。
LINEがきてから1時間ちょっとくらい経って「ただいま。」ってぶっきらぼうに言って元恋人が帰ってきた。わたしはどうやって迎えたらいいのかわかんなくて、でもこうやってちゃんと帰ってきてくれたのが嬉しくて、ドアの隙間から控えめに「おかえり。」って返した。
記憶に残っているよりなんとなく声が低くて、2週間ぶりに会ったからかなんだか知らない人みたいに思えてこわかった。会ったら泣いちゃうかもって思っていたけど、涙は出なかった。よかった、って思った。泣いて面倒な女だって思われるのは、御免だから。
いつもみたいに換気扇の下で並んでタバコを吸って、あぁ、もうくっついたり、キスしたりできないんだってちょっと悲しくなった。タバコの火もずっとつけてくれていたけれど、なんだかもう甘えられないなって思って自分でつけた。電車を乗り間違えたとしか聞いていないのに、「奈良まで行っちゃったの?」ってツイッターで得た情報を出してしまって、ネトストしてるのバレちゃったって思ったけど、もういいやって開き直った。元恋人はなんで知ってるの?とか聞かずに、どうして奈良まで行ってしまったかを話しはじめてほっとした。まぁ別に、いいんだけどさ。キモい女だと思われたってもう構わないし。インドネシア人とバンドの話とかアニメの話とかしてたら盛り上がっちゃって間違って特急に乗ったのに気づかず、そのまま引き返さずに遠回りして帰ってきたらしかった。知らない人と仲良くなれるの、素直にすごいし、そういうところが好きだったなって思った。
忘れないうちに借りてたお金と、一緒に行く予定だったライブのチケット代を返して、ついでに、ずっと渡せていなかった誕生日プレゼントも渡した。かっこいいピアスをつけてほしくて、ちょっと背伸びしてDIESELでピアスを買った。しょうがなく貰ってくれるくらいかなって予想していたけど、すごくすごく喜んでくれて「このタイプのピアスやったら失くさんから嬉しい!」ってすぐにつけていたピアスを外してプレゼントしたピアスをつけてくれた。失くさず大切にしてくれるつもりなんだって、わたしも嬉しかった。喜んでいる姿を見て「なんでこの人、わたしの恋人じゃないんだろう。」ってすごく悲しくもなった。印刷されたギフトメッセージを読んで、「ゆうちゃんいっつも手書きのお手紙くれてたから、なんかあれやな…」ってちょっと寂しそうにしているのを見て、どれだけ長くなってもちゃんと手書きでお手紙書こうって思った。
今しかないなって思って、せっかく出会ったのにマッチングアプリで知り合ったから、共通の友だちもコミュニティもなくてこのままお別れになるのは寂しいし、飲み友だちにでもなってよって言ったら、飲み友たちとかって肩書きもしんどいわって言われたから無理か…って思ったら、ふつーに友だちでええやん、って言われて拍子抜けしてしまった。「ふつーに、大阪に住んでる友だちで、用事があったら会えばいいし、それが飲みかもしれんし、近くでライブあるから荷物置かしてでもいいんやし。」って言ってくれて、こんな簡単に友だちになれると思っていなかったから、やっぱりわたしたち合わないことないじゃんって悔しくもなった。
今日ほとんどなんも食べてないからマクド行きたいって言うから、2人で深夜のマクドに向かった。友だちになってはじめて並んで夜の街を歩いて、なんだか付き合う前に戻ったみたいだなって思った。手を繋がないだけで左側が彼の定位置なのは変わらなくて、左肩がちょっとくすぐったかった。繋がずにぶら下がった左手も不思議と寂しくなくて、この恋はわたしのなかでもちゃんと終わってるんだって安心した。
行き帰りにたわいもない話をたくさんして、わたし、恋人同士よりやっぱり友だちのほうがいいし、自分が自分でいられるなって思った。恋人同士って、どこからが自分でどこからが相手なのか、近すぎてわからなくなってしまうから。
食べ終わってタバコを吸うときに、えらく曲選ぶのに時間かかってるなって思ったら藤井風のさよならべいべをかけ始めた。わたしが藤井風、苦手なの知ってるよね?これは確か故郷との別れの曲だったけど、どんなつもりでこの曲を選んだの?「わしかてずっと一緒におりたかったわ」って、思ってるの?聞きたいことは山ほどあったけど、全部、タバコの煙と一緒に飲み込んだ。
お風呂に入る前に、元恋人の友だちの軽音部時代の映像を見ていて、「ギターの足元の踏んでるやつってそんなに音変わるの?」って聞いたら、お風呂から上がってパックをしている間にギターとPCを使って音の違いを教えてくれた。カイトくんはこんな感じで音作ってるんじゃないかなーって言いながら京都線のリフを弾いてくれて、嬉しかった。その後に京都線のイントロだけかけて、ほんとだねーって確認したときに「PK久しぶりに聴いた。」って言ったら、ほんとは聴かせたくなかったって言うから、なんで?って聞いたら、泣くやんって言うから笑ってしまった。別に、気分が乗らないから聴いてないだけで、泣いちゃうから聴いてないんじゃないよって。でも、私が好きな方の京都線をかけてくれたのには、ちょっと泣きそうになった。
寝ようかってなって、お互いがお互いに、くっつかないようにわずかな隙間を空けて上を向いて寝転んでいるのがおかしくて、思わず2人して笑ってしまった。わたしは他の男友だちとも平気で同じベッドで寝るからちっとも気まずくなかったけれど、向こうは気まずいみたいでずっとごにょごにょ言っていて、こっちを向いて寝ようとしているのをいじわるしたくなって向かい合ったら「ひー!おる…」とか言うからムカついてポカポカ殴ってやった。睡眠薬を飲んだのになかなか眠気が来なくて、ずっとおしゃべりしていたら頭が痛くなってきて「頭痛い。」って独り言のつもりで言ったら「最後やからね。」って言いながら抱きしめて頭を優しく撫でてくれて、涙が出そうなのをぐっとこらえた。他の子にはこんなこと、しないでよって思ってしまった。これが最後だなんて言わずに、ずっとわたしと一緒にいてよって口から溢れてしまいそうだった。ますます眠れなくなってしまって「ぶっちゃけ、最後だからちゅーしてよ!とか最後だからぎゅーしてよ!とか、言われると思ってた?」って聞いたら即答で言うと思ってたって言われて、だよねーわたしも言うんじゃないかって思ってたって、他人事みたいに答えて笑った。「でも言わなくてえらかったね。」って褒められて、本当に言わなくてよかったって思った。「でもさ、言ってたらしてくれてたの?」って聞いたら、タイミングによるなぁっていつもの返事が帰ってきた。この人の言うタイミングは、何かと言い訳をつけて、やってくることはない。「こういうことになるから、みんな別れたら泊まりに行くなって言うんやな。勉強になったわ。」とか言うから、こんなことするのはわたしで最後にして、もし別の子とお別れすることがあってもあっさり関係を絶って、別れてもこうやって仲良しのままいるのはわたしだけにしてって、わたしだけを君の特別にしてって心の中で願った。

9月8日(日)
睡眠薬が全く効かなくて、浅く眠っては目を覚ましてを繰り返していたらお昼になったから、着替えてメイクして、お昼ごはんを食べに行った。周りから見たら、わたしたち仲良しのカップルに見えるのかなとか考えちゃって、毎分毎秒「なんでこの人、わたしの恋人じゃないんだろう。」って思ってしまった。もう恋人同士じゃないのに一口ちょうだいをしてきて、呆れて笑ってしまったら「ちょっとしか取らへんから怒らんといて。」とか言うから、いつわたしが取りすぎって怒った?って食い気味に返してしまった。わたし、君が何したって大概のことは許してきたよ。
帰りに業スーに寄って、ここ来るのも最後かーって言ったら「ぶりっこ。」って言われて、意味がわからないから脛を蹴ってやった。わたしにとっては、どんなことも大切な思い出なのだ。コーヒー飲みたいなって業スー出てから言っちゃったら、もっとはよ言ってよとかぶつくさ言いながらも買いに戻ってくれた。昨日は「別にコーヒー飲まんし、もう(わたしが家に)来んからインスタントのコーヒー要らん。」って言ってたくせに。
夜ははま寿司に行くって昨日から決めていて、「17時過ぎに家出ればいいから、それまでゲームしてギター練習する。」って言うから、やすとものどこいこでも見てようかなって思ってたら、Switchのどう森見してって言ってきたからしぶしぶ渡してやすとものどこいこを見ていたら、操作わかんないとか横でうるさいから一緒にすることにした。わたしのデータなのに「全部の部屋に曲流す家具置きたい!」とか言って勝手にいじり始めて、自分の好きな曲が入ってないとか文句まで言ってきた。そんなの知ったこっちゃない。ていうか今調べたら、日本語版と英語版で曲名が違うだけで絶対入ってるし。そんなことしてたらやすとものどこいこも終わってしまって、昨日こなかった睡魔がやっときたからちょっと寝ることにした。優しいギターの音で目が覚めて、そういえば持って帰る荷物詰めてなかったなって思って、置いていた着替えとか、詰められるだけ詰め込んだらリュックがパンパンになってしまった。こんなことになるなら、そのうち着るだろうって置いてた長袖の服とか、もっと早く持って帰ってればよかった。
相撲だけ見てから行きたいって言うから付き合ってから家を出た。ピクニック用の鞄にもパンパンに荷物を詰めたから重たかったのに、何も言わずに持ってくれて、そんなに優しくしなくてもいいのになって思ってしまった。
家を出たときは快晴だったのに、駅からはま寿司までの短い距離で雨に降られて、そういえば前回の帰りも雨に降られて走ったなって思い出しながら走った。本降りになる前に中に入れて、後から入店してくるびしょ濡れの人を見ながら、電車一本遅かったらあぶなかったねーって話した。
帰りにタバコを吸いながら、そういえば外でくっついたりするの嫌がるくせに、酔ってここでキスしてきたことあったなーとか思い出して、ちょっと寂しくなった。帰りの電車で、またマッチングアプリで彼女探すの?って聞こうと思ったけど、なんとなく切り出せないまま降りる駅に着いてしまった。聞いてなんになるわけでもないけど、なんとなく1年くらいは、マッチングアプリしないでいてほしい。
また再来週ね、気をつけて帰ってねってお互い言いながらバイバイして、いつもなら振り返ってもう一度手を振るのに、なんとなく前だけ見ていたくて振り返らずに真っ直ぐ歩いたらじわじわと涙が溢れてきて、振り返らなくてよかったって思った。友だちになれたんだからさよならも悲しくないはずなのに、どうしてもやっぱり、恋人同士ではなくなったことが悲しかった。
元恋人は4ヶ月が長かったって話したけど、わたしにとっては出会った3月の終わりから今日までがあっという間だった。あっという間だったけど、ぎゅっと詰まった濃い時間だった。きっと9月もあっという間に終わってしまって、友だちといえどお互い用事もないから連絡も取らないで、気づいたらそのまま1年とか経っちゃうのかな。多分、わたしが会いたくなって連絡してしまうけど、なんかそれ負けたみたいで悔しいな。酔って電話とか、してきてよ。寝てたって、起きてあげるからさ。ライブハウスで知らない女の子と仲良くなんてならないで。わたしのこと思い出して寂しくなって、そんでわたしのとこに帰っておいでよ。左側はちゃんと、空けておくからさ。

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