川中なほ子『J・H・ニューマン研究』(教友社、2015年)を読んで。

 ジョン・ヘンリー・ニューマンという神学者がいる。ニューマンは第二バチカン公会議を準備したとも言われ、教皇ベネディクト十六世により列福され、そして現教皇フランシスコによってマザー・テレサとともに列聖された神学者である。福者、聖人となる前はニューマン枢機卿と呼ばれて親しまれてきたのだが、特異な生涯によって異彩を放つ神学者である。ちょうど十九世紀にすっぽり包まれる期間に生きた彼の生涯は1845年というちょうど生涯を半分に分ける節目の年に教義発展論を書き上げ、聖公会からカトリックに改宗した。(ニューマンの生涯については柳沼千賀子『聖ニューマンの生涯』を参照。)
 彼の生涯は聖性を求め続ける生涯であったといえる。その探求の道は誰も前を歩く人はおらず、自らで切り開いていった。そのことを彼は『わが弁明の書』という一書に著した。この書は現代の『告白』と称されて英語圏ではアウグスティヌスのそれと並ぶ古典的な書物として受け入れられている。(蛇足ではあるがアーレントの『全体主義の起源』でアポロギアという言葉が出てくるのだが、それは本書を念頭に置いており、ニューマンが古典として浸透していることを改めて感じた。)
 彼の生涯の前半は教父研究に費やされ、その使徒継承性をめぐる考察の中でアングリカンの信仰の内に本来のカトリックの姿を見つけた。そしてアングロカトリシズムとも呼ばれるその立場はオックスフォード運動という刷新運動へと発展する。ジェラルド・マンレー・ホプキンスはその中で改宗した人の一人である。オックスフォード運動の渦中にあったニューマンは教父研究を続けながらも自らが見出したカトリック性の現代の姿をローマカトリック教会の内に見出し、教義発展論の完成とともにローマカトリックへの改宗を決心した。それは彼にとって文字通りすべてを失う決断であった。その後カトリック教会に受け入れられたのちも無理解にさらされながら、自らの立場を明らかにしていく中で「教義について信徒に聞く」『大学の理念』『わが弁明の書』『承認の原理』といった古典的著作となる主著を残していくのである。
 本書はニューマンの主著の一つひとつを紐解きながら、彼の思想の全体を明らかにする重厚な研究である。もともとは紀要に掲載された本書の論文はその一つ一つが決定的な研究とも言える内容を含んでおり、ニューマンに興味を持つすべての読者にとって必ず参照すべき内容となっている。『四世紀のアレイオス』『教義発展論』は初代教会の伝承をめぐる教父研究であり初代教会にニューマンが何を見出し、それが現代にどのようにつながるのかを探求した書である。『承認の原理』は理性重視の時代にあって一人ひとりが信仰を受け留め、確信へと至るその原理を問う書である。そして『教義に関して信徒に聞く』は信徒の霊性をめぐる考察の書である。こうして主題を記すだけでも、ニューマンが第二バチカン公会議の父と呼ばれる理由が明らかであろう。ニコラス・ラッシュは第二バチカン公会議をもってようやく時代はニューマンに追いついたと評している。
 ニューマンが残した神学的遺産は今でも問いかけに満ちており、現役の神学書と言える。私たちが彼の言葉をどのように受け留め、自らの時代を捉えていくべきかをニューマンの著作は絶えず問いかける。その具体的な問いかけを通して見出した一つひとつの洞察が、彼の聖性を表わしているのであろう。本書は列聖の前に書かれたものではあるが、古びることのないその主著の読み解きを通して読者は、「心は心に語りかける」ニューマンその人へと導かれるであろう。

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