教皇ベネディクト十六世『使徒 教会の起源』を読んで。

 教皇ベネディクト十六世が教皇になられてからまず始めたことは、教会の土台を立て直すことであった。ヨーロッパにおける信仰の危機に正面から向き合ったということは、教皇ベネディクト十六世について聞き及ぶことである。その土台を立て直す取り組みの一つが毎週水曜日に行われていた一般謁見講話であり、その息の長い試みは『使徒』『教父』『中世の神学者』『女性の神秘家・教会博士』という講話集へと結実していくのである。在位中に一つのセンセーションを巻き起こした『ナザレのエス』三部作、そしてパウロ年の一般謁見講話集『聖パウロ』とともに、私たちが改めて教会の歴史を振り返り、信仰の遺産を真に受け留めるための土台を成す著作群と言える。
 聖書を、特に新約聖書を読み始めると様々な人が登場する。福音書のみならずおもに使徒言行録に登場するそれらの人々は聖書を通読するだけではどのような人々であったのかはなかなかわからない。本書はそういった人々の一人ひとりを取り上げて使徒の交わりの様子をそれぞれの講話の中で生き生きと伝えてくれる。教会がどのように成り立ち、どのような共同体の在り方が形作られたのかを使徒の人格的(個人的)交わりを確かめることで、私たちの教会の「土台」を確かめようという試みなのである。
 使徒たちには個性的なキャラクターが多くいて、ペトロやトマスなどは印象に残るであろう。使徒たちのそれぞれの言行は様々な場面にちりばめられていて具体的な彼らの生き様というのは確かめにくい。本書はその一人ひとりのキャラクターを聖書の記述に応じてイエスとの関わりを生き生きと描き出し、そのうえで信仰上私たちに示唆される聖性を提示するのである。生前のイエスとのやり取りに登場する使徒たちのみならず初代教会で重要な役割を果たしていく女性たちに焦点が当てられるのも印象的である。冒頭に置かれている使徒継承をめぐる講話に引き続きその具体的な展開を理解していくことで私たちの生きるべき聖性を確かめることができる一冊である。
 大著『ナザレのイエス』の刊行からもうかがえるように、教皇ベネディクト十六世、ヨーゼフ・ラッツィンガーは二十世紀を代表する神学者である。ヨハネ・パウロ二世が今の時代に応じた新たなカテキズムの作成を企図した際にその作成の任に当たったのがラッツィンガー枢機卿であった。神学者としての聖書学の知見に基づいた生き生きとした読解を通じて学問的に確かな教会像が与えられ、読者は確かな信仰の遺産に基づいたより生き生きとした聖書読解の手掛かりが与えられるのである。

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