もし殺してしまっていたら
深夜の3時ごろ、ふと目が覚めた。
耳の穴がかゆくて、体を起こす。
常夜灯の明かりの下で、耳かきを探した。
部屋は散らかっている。
脱ぎ捨てた洋服や毎朝使うヘアドライヤー、溜まっていた郵便物や診療所の領収書と処方された薬剤情報の紙、フローリングに敷いたカーペットのうえに散らばっている。
そういえば、診療所の領収書や薬剤情報は保存しておくのがいいのだろうか。
散らばった紙を、一枚づつ、一所に重ねて、小さな山を作った。
冬の都会に溶けきれず残った雪みたいになった。
耳かきは姿を見せない。
ふと、紙の山に視線を戻すと、山の中腹から麓へと、黒い点が移動している。
黒くて動くもの、一瞬に虫だとわかった。
明るくない室内で何者かわからない虫をそのままにしておけない。
離れたところにあったティッシュボックスを引き寄せて、一枚取った。
虫は紙の山を下山して、カーペットの上を移動している。
虫を掴もうと腕を動かすと同時に、私が今から掴み殺すことになる正体が何かを観察した。
ティッシュを持つ手を着地させた位置が悪く掴みそこねてしまった。
虫は覆いかぶされたものをくぐり、抜け出てきた。
丸い胴に八本ほどある足はせわしなく動かしている。
蜘蛛だ。
少し体格が小さい、まだ子蜘蛛なのだろう。
ほっとした。
蜘蛛は殺さないと決めていたから。
それから、ベッドに戻って横になり、目を閉じた。
耳のかゆみも、蜘蛛の所在も、眠ってからはわからなくなった。
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