【短編小説】ある秋の日の恐怖体験 後編
高橋 真紀
「おおっ!あそこに見えるは、もしやっ!高橋真紀ちゃんではないかぁぁっ!まきちゃぁぁーんっ!」
高松が両手を振りながら、大声で叫ぶ先には、年の頃は二十代なのだろうか。栗色でショートカットの髪に愛くるしい整った笑顔。
背丈は俺らより低く160センチ前後だろう。体型は、痩せ型だが出るとこ出てる感じで、胸元だけが黒いベージュのワンピースに紺色のカーディガンを羽織り、白く光るパンプスを履いている。
清楚なお嬢様ように品よく、コケティッシュな感じがする女性が歩いているのが見えた。
ちょうど彼女は取り巻いているオタクへ愛想良く笑顔を振りまきながら、黒服のスーツを着た男性2人と紺色のスーツを着た女性1人に守られるようにして、公会堂へ入っていくところであった。
それを一目見ようと押し合いへし合いながら、ゾロゾロと揃って歩く坊主頭のオタクらしき猛者たちと帽子を目深に被り、重たい一眼レフのカメラを構えた鉄道オタクチックな方々が四方を取り囲むと言う異様な光景が広がっているのだ。
「なるほどなぁ・・・。あの人が高橋 真紀って声優さんなのかぁ。最近の声優さんって、可愛い人もいるんだなぁ」
と俺が関心していると、血相を変えた高松が言う。
「そりゃそうだよっ!今、俺が一押しの声優さんなんだからな。顏が可愛い、仕草が可愛い、声も可愛い、姿も可愛いの三拍子だぜっ!」
「高松よ。それは四拍子じゃないのか」
俺は、少し引き気味に言った。
「そんなことはどうでもいいんだよ。ああ、真紀ーちゃん!」
もはや聞く耳を持たない興奮した高松。俺は取り巻きを見て
「それにしても、坊主頭ばっかだな。高橋 真紀のオタクって・・。んっ?!もしかして、高松の坊主頭って・・」
「ふふふっ・・。バレてしまったか。明智 君」
「だから、誰だよ!明智 君って!」
と、俺はツッコんだ。しかし、高松は無視して続ける。
「まあ、聞きたまえ!何を隠そう、彼らと同様、俺も高橋真紀ちゃん、南まりちゃんの追っかけやっているんだ」
「いや、もう隠れてないって!しかし、よりによって、何で坊主なんだよ!何かの罰ゲームなのか?!」
高松は左右に首を振ると
「いやいや、これには深いワケがあるんだよ。アニメに出てきた氷上 耕輔という役の青年が坊主頭なんだけど、二人とも”日焼けして、坊主頭の男性って素敵っ!カッコいいっ!”って耕輔を取り合うんだよ。だから、それを観ていたオタクが皆、競い合うように坊主頭にしたっていうのが真相だな」
と、五厘刈りになった頭をイケメンヅラして撫でている。
まあ、たいして深くもないワケだったが大好きな声優アイドルのために、トレードマークの長髪バッサリ切り落とし、五厘刈りにするなんて、中々、出来るもんじゃない。俺の脳では理解に苦しみ、再び話を変えることにした。
「ああ、そう・・。それにしても、高松。今、高橋 真紀ちゃんが入って行ったってことはイベントがそろそろ始まるんじゃないのか?」
高松がメーカー不詳の銀色に輝く、ゴツゴツとしたクロノグラフ腕時計を見る。
「いや、今、ちょうど十二時だから、イベントまで、あと二時間はあるぜっ」
「ああ、そうか。それなら、そろそろ昼飯でも食べに行こうぜ!ここからなら、上前津まで二駅だし、”寿がきやラーメン”とか久しぶりに食べたいんだよなぁ。薄味の豚骨スープに、薄いチャーシュー。炊き込みご飯セットがいいな」
と、俺の胃袋が昼食を催促し始めたのだが、高松が口をへの字に曲げると
「いやー、ちょっと待てよ・・・。今、食事に行っていて、南まりちゃん来たら、どうしようかなぁ・・。いや、来ないかなぁ・・。でも、来たらなぁ・・」
と、やたらと渋っているのが手に取るように判る。俺は驚いて、
「えっ?じゃあ、ここで暫く待つつもりなのか?もし来なかったら、イベント終了まで食事抜きになるじゃん」
と再び促すのだが、高松の中ではモヤモヤが煮え切らないらしい。
「なあ、加藤。悪いんだけど、一時間・・・。いや三十分だけ、ここで待ってみようよ。もしかしたら、生の南まりちゃんに会えるかもしれないじゃないか!」
と、興奮して言うのだが、そもそもイベントって生で見るもんじゃないのか?しかも、トークショーと握手会なら、手まで握れるじゃないか!、と俺は心の中でツッコんでいた。しかし、高松の言い出したら聞かない性格を知っている俺は諦めた。
「まあ、仕方ないなあ。但し、あと三十分だけだぞ」
「ああ、判っているよ。南まりちゃん・・・早く会いたいなぁ・・」
両手をキリストに祈るかのように組み、胸をときめかせている坊主頭の男。もし、中年のおっさんだったら、普通に通報されるレベルだ。
俺は仕方なく、空を見上げて、待つことにした。晴れ渡る秋の青空。公園に集まったハトたちの鳴く声が聞こえる。穏やかな風に吹かれて、ゆっくりと時間が過ぎる。
・・・かに見えたのだが、突然、ハトたちが一斉に空へと飛び立ったのだ。俺たちが何事かと、ハトたちが飛び去った場所へと視線を移すと、驚くべき光景に直面した。
恐怖、再び
そこには、引き締まった肉体を誇示するかのようなピッチリしたハイレグ風の白いコスチュームに身を包んだ集団が歩いているではないか。
丸く先が尖がったような白塗りのヘルメットを装着し、白いコスチュームの両脇には黄色に塗られた小窓が並んでおり、新幹線をイメージしたものであることは明白だった。つまり、”極楽新怪速 のぞみとひかり”のコスチュームだと想像に難くない。
おそらく、これを読んで、読者諸君は、美しくナイスボディな若い女性をイメージしたのだろう。だが、時として、そんな要望的妄想は打ち砕かれるものだ。
碇肩に上腕二頭筋が剥き出し、おまけに股間が膨れ上がっている。そう、残念ながら、この連中は皆、男なのだ。しかも、五人も同じような恰好で、ゾロゾロと歩いているのだから、異様で不気味としか言いようがない。
俺と高松は口をあんぐりと開けたまま、その集団を茫然と見守っていた。
すると、先頭にいた両サイドが丸目になっているヘルメットを被った男(おそらく”ひかり”であろう)が俺たちの動揺に気付くと、サンバイザーの隙間から厳つい視線を投げかけてきたのだ。
「おぃっ!何をジロジロと人の事を見ているんだ?」
普通にドスの効いた男言葉だった。しかし、白いヘルメットの下に金色の長い髪をなびかせながら、髭を剃ってはいるものの、濃い剃り残しのある顔は、将棋の”王将”駒の大きなオブジェ並みに角ばっていたのだ。
その異様なコスチュームとギャップは何処から間違って行ったのか・・・俺には理解不能であった。ところが、高松が止せばいいのに
「いえ、何となく派手な衣装が目についたので・・」
といらぬ言葉を言ってしまった。これじゃ、春の時と何も変わっていない。
「なんだとぉぉぉっ!アタイらを舐めてんのかぁぁー!」
意外にもドスの効いた声なのに、アタイらって・・・どっちなんだろう?可愛いのか、怖いのか・・。高松がその目力に威圧されている。んっ?しかし、良く見ると、この顏をどっかで見た気がするのである。俺は記憶が蘇り
「あっ!」
と、咄嗟に叫んだと同時に、先頭の男に話しかける。
「あのぅ・・・。失礼ですけど・・・。もしかして、春に大須で、お会いしませんでした?」
「えっ?!」
相手が、一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔になった。俺は畳み掛けるように続ける。
「ほら、大須の演芸場の裏路地ですよ。確か、五人ぐらいで居たでしょう?あのセーラーPーの恰好して」
「ああっ!そう言えば・・・お前ら、確かに見た記憶があるなぁ・・」
どうやら、思当たる節が見つかったようだ。後ろにいた新幹線コスの四人も大きく頷く。
「そう言えば、あの時の二人か・・・。確か、二人して、犬のウ○コを踏んでたよなぁ」
と、その時の情景を思い出したのか厳つい顏に自然と笑みがこぼれてくる。
「そこは思い出さなくて、結構ですけど・・」
俺も学生時代とは異なり、今は社会人である。中学生ならいざ知らず、二十歳過ぎた大人が、脅したり、暴力を振るえば、どうなるかと言うのは、ある程度知識が備わっていたので、冷静に話すように努めたのだ。先頭の男が続ける。
「なんだ、お前らだったのか。それにしても、相変らず冴えない恰好してるなぁ・・」
「まあ、そうですね。特に行動が普段と変わらないですから・・」
「ああ、んっ?そっちの坊主頭っ!もしかして、”タカマキ”と”ミナマリ”のオタクか?」
と先頭の男が高松に何処か、親しみを感じたのか、嬉しそうに訊いた。
「ああ、ええ、そうです。僕はミナマリのオタクです。」
「ああ、そうかっ!俺もミナマリオタクだ!はははっ・・」
先頭の男が笑うと他の四人も笑い始めた。高松にも笑みがこぼれている。俺には、何が嬉しいのか、さっぱりわからないが、”タカマキ”が高橋真紀。”ミナマリ”と言うのが南まりの事を指しているのは分かった。
”あれ?”というか、高松は高橋真紀ちゃん一押しじゃなかったのか?高松の心変わりの速さは新幹線並だなと思った。
結局、五人の”ひかり”と”のぞみ”と意気投合した俺と高松は、一緒に昼食を食べる羽目になった。えっ?何が恐ろしいって?
元ヤンキーのタカリ屋だった厳つい男の女装コスプレイヤーたちに囲まれて、食べるラーメンほど恐ろしく、悲しい物はないだろう。しかも、話題は、”極楽新怪速 ひかりとのぞみ”の話しばかりで、俺は付いていけるわけがない。
愛想笑いでごまかすしかない浮いた存在感は、孤独を噛みしめるのが関の山。この後、更なる展開が待ち受けているのだが、それはまた、別の機会にしよう。
-了-
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