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父に棄てられた父が娘にも棄てられまいと必死だった愛

18歳から続けていた日記を、去年やめてから文章を書く機会がなかった。日記をやめた理由のひとつに、村上春樹が「死後困る」というような事を言っていたのが長年引っかかっていたからだが、最大の理由となった出来事はとても私用な事なので省略する。

今回村上春樹が父について語ったノンフィクション「猫を棄てる」感想文コンテストなるものをやっていたので、外出自粛中という事もあり、久しぶりに書いてみた。父について。猫について。

見て見ぬふりしていた感情を言葉という形にした時、自分の残酷さを認めてしまった気がして、涙がポタポタと下書きのメモの上に音をたてて落ちた。

この作品を読んでまず純粋に、村上春樹も60を過ぎ、人生を振り返っているのかな?と感じた。彼の父が戦争の事を伝えなくてはと感じたのと同様、作家である自分が父との事を文章として残していかなくては、と。

そして次に、私自身もまた、父を落胆させ続け、そしてその落胆を期待に変える機会は永遠に失われてしまったという痛みだった。

父は2016年8月にガンで亡くなった。61歳だった。人の死というものは、例え関わりのない人でも悲しいけれど、テレビで芸能人の訃報を聞くと、80歳まで生きられたなら人生を謳歌できただろうな、とかあと20年生きられたら何ができただろう、とか

また好きな著名人が60を過ぎていると知ると、どうしよう…と焦りを感じてしまう。(村上春樹に対しても)

つまり、父の死以来、人の寿命は60歳と思うようになった。

父は自分が長く生きられない事を感じていたようで、死の2年くらい前から、冗談めかして私の赤ちゃんが見たいという発言をするようになった。

その頃の私にとって、その手の話題は1番触れてほしくない事であった為、冷たい態度をとってしまう事が多く、父も直接は言わなくなったが、余命半年と宣告され、入院してからはまた何度も言うようになった。

きっとそれが心残りだったのだろうと、期待に応えられなかった事実と、それでもまだ父に対して腹をたててしまった後悔は、その後も私の弱みであり続けた。

母には同じ気持ちを抱いたまま逝かせはしないと、思い続けてもうすぐ4年が経とうとしている現在も私は独身である。

生前の父は、暴力こそふるわなかったものの、働かない、女を作る、酒を飲む、口だけは達者。

当然友達もいない。幼い頃に両親が離婚し、実の父親から絶縁されており、とても寂しい子供時代を過ごしたようだった。

成長するにつれて、色んな事情がわかってきた私は、自然と父の事を遠ざけるようになってしまった。

父はそんな私に対して、自分が嫌われている事を理解しながらも、気を遣い、冗談を言ったり時にはストレートに愛情をぶつけてきたりもした。

幼い私を公園に連れて行った時、父の手を引っ張りながら「早く早く」と見上げてきた顔が忘れられない、朝方苦しくて目を開けたら、お腹の上に乗っていた私が無言で父を見つめていた、という何度も聞いたエピソードを、私が反応を示さなくても話し続けていた。

笑ってほしかったのだと思う。父に棄てられた父が、娘にも棄てられまいと必死だったのだと思う。

余命を宣告されてから、私を含めた家族は父の事を大切にし、泣き、あの鬱陶しさを懐かしく、寂しく思ったものだけど、

それは死ぬとわかって実際に亡くなったから芽生えた感情であって、もしまだ生きていたら、きっと私は父の事を邪険にし続けていたのだと思う。

今まで自分の手元にあった物が、なくなるとわかったら惜しくなるような感情に似てる。

世の中の、一家の大黒柱的な優しく頼もしい「お父さん」に憧れ、父がもっと普通だったら今とは違う自分の道があったのかもしれないと、今の自分を父のせいにし、選ばざるを得なかったんだと独りよがりな事を感じていた時期もあったが、

今の私に言える事は、父が自分の父で良かったという事だ。

ほんの少し何かが違っていたら自分は存在していなかったと思う事は誰しもあるだろう。

私は3人姉弟の真ん中に生を受けたが、母は姉の前に1回、弟の後に1回、生まれてきた3人を含めて5回妊娠していたらしい。

(後にその事もまた父を嫌悪する理由のひとつとなった)

父は母と出会う前に大失恋を経験しており、また母に好意を寄せている男性が父の他にも多数おり、その中から父が選ばれたらしい。

そう考えると私もまた選ばれた人間らしい。何かがひとつ違っていたら、当然この文章も存在していない。

最後に、私にも猫にまつわる思い出がある。

私は幼少期に3回引越しをしているが、そのどの家にもその猫はもれなくついてきた。

どの家でも自分の居場所を見つけて、それなりに楽しんでいたように思う。

その猫を思う時、幸せだった5人の家族の事も、必ず思い出すだろう。

#猫を棄てる感想文

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