梅香る南関東をゆく:聖蹟蒲田梅屋敷公園

画像1 梅の花香る季節!今回は東京都は大田区にある、聖蹟蒲田梅屋敷公園に来ておりますわ!
画像2 地域の人が集まる、地元の梅見スポットという風情ですわね
画像3 すぐに見通せてしまうほど敷地は狭いですけど、梅の木はなかなかのものが揃っておりますわ
画像4 しかし、狭さ以上に気になるのがこの立地!国道15号線と京浜急行本線にはさまれ、落ち着いて梅見とはいかない様子……
画像5 梅屋敷の名の通り、かつてここには家屋がありました。が、東京によくある武家屋敷跡ではありませんの!
画像6 その正体は、商家。江戸時代に「和中散」という食あたり・暑気あたりに効く薬で財を成し、この地に梅の木数百本を植えて茶屋を開き、旅人をもてなした、というのが由来だそう
画像7 持ち主を転々としているうちに敷地は縮小し、梅の木も少なくなりましたけれど、今もなおその名に刻んだ歴史とともに人々の目を楽しませています
画像8 ちなみに和中散とは、枇杷葉・桂枝・辰砂・木香・甘草などを配合した漢方薬のこと。桂枝(シナモン)と甘草(甘い草)を含みますから、スイートな味なのでしょうか?
画像9 腹痛をおこした徳川家康が服用し、たちどころに快癒。薬効をたたえて家康が命名したとされています
画像10 本家は近江の国「梅木村」とする説もあり、なるほど梅の木をトレードマークにしているようなものですのね……と妙に納得してしまいますわ
画像11 淡い色の「豊後梅」。花をたくさんつけ、実も食べられる品種ですわ
画像12 よく言われるのが、「ウメとアンズの交配種である」ということ。機会があれば遺伝子プールを調査してみたいです。ちなみに豊後は現在の大分県あたりですわね
画像13 「白加賀」。代表的な梅の品種のひとつで、時期もなかばごろに咲きますわ
画像14 いいお天気……すこし雲は多いですけど、私の晴れ女ぢからが滞りなく作用しているようです
画像15 早咲きの「冬至梅」は、もう店じまいのようですわね
画像16 忠魂碑……?東郷元帥のお名前がありますわ
画像17 戦没者の慰霊碑なのですね。国のために勲(いさおし)を立てるとは、どういうことなのか……再び戦火が身近になりつつある今、考えさせられます
画像18 国を守るということは、どういうことなのか。それは国家という組織の体面や面子を守るということではなく、みなが平穏無事に、そしてできることならより良い環境をめざして、協力や住み分けができる状態を維持することにほかならないと、わたくしは考えておりますの
画像19 戦場で勲を立てるとは、共存共助の世界を守るために身を投じること。よそさまの住む土地を奪って富を独り占めしようとしたり、民間人を殺害したり、民間施設を破壊することではないでしょう
画像20 あら、白の枝垂れ……
画像21 花のほころぶ様を楽しむ平和な世が、守られますように
画像22 そのために、今、そしてこれから、わたくしに何ができるか、考え続けるといたしましょう!
画像23 えっ?これは「南高梅」?あの超おいしい高級品の南高梅ですの?これ一本だけ?では、これから実がなりますのね。ジュルリ
画像24 歌碑?神酒……鶯?よく読めませんわ
画像25 ああ、さすがに解説はありますわね!「神酒ささぐ 間に鶯の 初音かな(みきささぐ まにうぐいすの はつねかな)」山本久蔵さんという方の作らしいですわ。
画像26 山本久蔵こと山本久三郎は、ここに茶屋を開いた薬問屋その人。つまり、梅屋敷の始祖、ということですわね。その句を現代のわたくしたちが読むことができる……まさに浪漫!これだから歴史散歩や考古散策はやめられませんわ!
画像27 紅色の小ぶりな花をたくさんつける「紅千鳥」。江戸の旅人が行き交った、ありし日に思いを馳せているのでしょうか
画像28 道路と線路にはさまれ、都市計画のはざまにいずれ消えゆく運命だとしても、文化の名残、歴史の証拠はしっかり受け継いでいきますわ!
画像29 聖蹟蒲田梅屋敷公園、市井の人々の語らいが遠く聞こえてくるような、良き出会いでした。それでは、またどこかの梅園でお目にかかりましょう。ごきげんよう~

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