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『嗚呼、麗しのメンエス嬢』その7.

〜メンエス嬢.美月の秘密


ありがとう。

ありがとう。


何度でも言わせて。


ありがとう、ほんとに。



でも....結婚だけは出来ないのよ。



あたしの話しを聞いて欲しい。


少し長くなるのだけど....



この仕事はもう5年目になる。


あなたと知り合って2年、


その間、辞めようと思ったこともあったのよ。


ほんとにそうしたいと思ったこともあったけど、


でも、今のあたしが出来ることって

これしかないのよね。



あたし、色々ぐちゃぐちゃで、


あなたと知り合うずっと前からね

もうぐちゃぐちゃなのよ。



“ぐちゃぐちゃ“のきっかけになったのはね・・・



小学生の時、

あたしを可愛がってくれていた近所のお兄さんがいたの。

そのお兄さんとのことなのよ。


子どもの頃のあたしは、
ちょっと変わったとこあったからなのか、友達なかなか出来なくって、

それは高学年になっても変わらなくてね、

6年生になるまでずっと友達が出来なくてさ。


いつも一人で公園にいたの。

暇だったのよね、毎日。


何するってわけでもなく一人

ただ、子どもたちが遊ぶのを眺めたりしてね。

子どもたちが楽しそうにしている姿をね、眺めてるの。


あー、子どもたち元気に走り回ってるなぁってね。



自分も子どもなのにね。


そしたら近所のお兄さん・・・あ、後でご近所だって知ったんだけど

そのお兄さんが声をかけてくれたんだ。


いつも一人だねって、
皆んなと遊ばないのって。


公園で一人、子どもたちを眺めてる変な子どもを

通りがかったお兄さんが眺める・・

眺めてるあたしを眺めてるお兄さん・・・

“絵の中のあたしを眺める青年“みたい。

そんなタイトルの絵、無かったっけ?

無いか・・




何だか不思議な感じのするお兄さんで、
そこら辺にいるお兄さんとは少し雰囲気が違う感じの人だった。

どう違うかって上手いこと言えないのだけど・・


高校生ぐらいのお兄さん。

ううん、知らないのよ、歳とか・・
・・聞いてないから、本当はいくつなのか知らない。

今もわからないの。

だって、聞いてないから・・


そこから少し、たまに話すようになって、

学校や、友達や、飼い猫の話なんかをしてくれた。

ある時は自分の学校の変な先生の話し・・

あ、その先生ね
いちいち言葉の終わりに “〜と言うカタチ“ ってのつけて話すんだって。

あー、例えばね、

普通に話すと「1+1=2です。」てなるじゃない?

それをね、「1というカタチと、1というカタチを足すとイコール2というカタチ。」みたいなね。

それでお兄さん、1回の授業でその先生が何回“カタチ“って言ってるのか気になったらしくて数えたんだって。

そしたら・・何回だったと思う?

168回よ!
50分の授業の中で168回も“カタチ“って言ったんだって!

そんなにカタチカタチって言ってたら
授業のほとんどが“カタチ“だよね。

もう“カタチ“しか頭に入ってこない授業。



お兄さんの話すことは、あたしの知らない世界のことばかりで
面白くってすぐ夢中になった。

あたしの好きな漫画やゲームの話しから、
珍しい昆虫や動物の生態なんかの話しもいっぱしてくれた。


お兄さんは、本当にいろんなこと知ってんの。

話聞いてるとあっという間に時間が過ぎてく。

あたし、お兄さんお話し聞くの大好きだった。


あたし、友達がいないのなんか
もともと気にしちゃいなかったけど

お兄さんと出会ってから
もっと気にしなくなった。


おんなじくらいの歳の子が
うんと子どもに見えちゃってさ。

「あたし、大きいお兄さんと遊んでるんだよ。」って
みんなに自慢したいくらいだった。


学校で一人ぽっちでも寂しくなんか無かったし、

一人の時はいつも、お兄さんが話してくれたことを思い出して
ニヤニヤしたりしてね。

あたし、そんなだから
ますますクラスで誰も寄り付かなくなってしまった。


そんな子どもは大人からしても気持ち悪く映っただろうな。

だからか何だかわからないけどね、
先生から酷く嫌われた。

あ、いじめとかではないのよ。

ただ皆んなが気味悪がって近寄ってこなかっただけ。

クラス全員ね。ふふふ


でも全然よかった。

あたしには別の世界があったから。



学校にいるときや、家にいる時の自分は仮の姿だって、

あたしは何だかもう時期、
すごい人になって世界で有名になるんだって思ってた。

ううん、夢なんかなかったし、なりたいものもなかったよ?

でも、あたし “すごい人“  になるって思ってたの。

“すごい人“  とても抽象的だよね。



お兄さんと話していると、
なんて言うのか、違う世界に迷い込んでしまうような感じなの。

不思議の国のアリスってほどファンタジーでもないけど
今、息をしている世界ではない別の世界にいるような感覚で・・

あの感覚は今も恋しくなるもの・・


大袈裟に言うと、
お兄さんがあたしを  "悲しみの沼"  みたいなところから救い出してくれたのよ。

あ、そう!よくわかったね!
ネバーエンディングストリーで主人公が馬と一緒にはまっていくあの沼ね!

悲しみの・・そんな名前だっけ?

あれ?主人公ってなんて名前だっけ?



とにかく毎日忙しくなったの。

あたしの見てる世界が変わった気がしたのよ。



それまでね、あたしご飯とかもあんまり食べれない子どもだったのよ。

体も痩せっぽちでね。

そう、正統派の虚弱体質って感じよ。



今からは想像もできないくらい根暗でウエットだったしね。

でも、なぜかその頃から
ご飯、ちゃんと食べれるようになったのよ。

お母さんも驚いてた。

お米美味しい!って初めて思ったんだもん。



だからね、そういう意味でも
やっぱりお兄さんはあたしを救ってくれたのよ。


あ!さっきの主人公の名前思い出した!
アトレイユ!
アトレイユだよ!

話すとまた観たくなっちゃうね映画。

子どもたちは皆んな、あの映画の中で冒険してたんだよね、
アトレイユと一緒に。

あたしはそんな冒険の旅の準備を始めたんだ、その頃に。

本当の自分に出会う旅・・って言ったら車か何かのCMみたいになっちゃうね。



ここからは落ち着いて聞いて欲しいのだけど・・・



あたし、お兄さんに悪戯(いたずら)されたの。



お兄さんの家で。

うん、そういう悪戯よ、もちろん。

最初は悪戯だったのだけど・・・


お兄さんの家は大きなお屋敷でね。

今はもう更地になってしまったけどね・・



公園で随分仲良くなった頃、

お兄さんが「家で本読もうよ。」って誘ってきてね。


あたし、お兄さんが持ってる面白い本のこと聞いてたもんだから
行きたい行きたい!ってすぐなってね。



お兄さんにトコトコついてったの。

そしたら、大きなお屋敷に着いたの。

その大きなお屋敷はこの辺じゃ有名だったからびっくりしたわ。


ちょっと洋館みたいでね、

蔦やら何やらに覆われていて
子どもたちの間ではアダムス邸と呼ばれてたの。


そう、アダムスファミリーの。

そこに誰が住んでいるのか誰も見たことがなかったの。


子どもって想像するの好きじゃない?


だから、あの家にはアダムスファミリーみたいな家族が住んでいて
ハンドくんが家の中を駆け回ってるってね。

そうそう、ハンドくんね。
あの手だけのやつね。


だから家に着いた時
ちょっとドキドキしてた。

中からハンドくんが飛び出してきやしないかって? ふふ


実際は全然違ったけど。

家の中に入ってみると、
外観からは想像もつかないくらい玄関もどこもかしこも明るくて、
ちょっとホッとしたのを覚えてる。

ハンドくんも走り回ってなかった!

代わりに、一匹の太った猫が足にまとわりついてお出迎えしてくれたの。


毛がふわっふわで余計に太って見えるのよ。
“くう“ って名前。

ハワイの神様の名前だって言ってた。


猫に案内されながら、居間みたいなところに通されたの。


シャンデリアって見たことある?

あたし、そこで初めてみたのよ。
あれ、実在したんだって思った。

ちゃぶ台なんか、どこ探しても見当たらなかったわ。



そこで紅茶と高級な外国のお菓子みたいなのを食べたの。

何だかわからないお菓子、
やたら甘かったの覚えてる。


その後、面白い本をたくさん見せてもらって。

初めて家に行った日はそれだけよ。
それで帰ってきたの。



それから何度も行くようになって。

いつも公園で待ってるのあたし。


そこにね、学校帰りのお兄さんが来て
そのままお兄さんの家に行くの。




何度か行ってるうちに本当に仲良くなってね。

距離も最初より随分近くなった。


ある時、本を読んでたらお兄さんが近づいきて
ほっぺにチュってしてきたの。

あたし、びっくりしたんだけど、
お兄さんがすぐ「可愛いからチュってしたくなっちゃって・・嫌だった?」て聞いてきてね。

あたし、ぶんぶんって首を横に振った。

驚いたけど不思議と嫌ではなかったのよ。

それに・・嫌だって言ったらお兄さんに嫌われちゃうと思ったの。


もう会えなくなるのは嫌だって思ったからさ・・



それでも、またお兄さんに会いたくなって

自分でお兄さんの家に行ったの。



お兄さん嬉しそうだった。

もう来てくれないかって思ったって、
嫌われちゃったんじゃないかって不安だったって言って・・

玄関でぎゅって抱きしめられたんだ。

何だかあたしもね、
おんなじような気持ちになって・・
お兄さんの気持ちが体に流れ込んでくるような不思議な気持ちで・・


その後は、いつも通り紅茶飲んで外国のお菓子を食べながら本を読む、
そんな感じでほんと、いつもと何も変わらなかった。

変わらないことに心地よさと、拍子抜け?みたいな変な感情になったの。

いつしかそんなことも忘れて、また本を夢中で読んでたのあたし。

ふと気がつくと、お兄さんの顔が近づいてきて
すごく・・近づいてきて・・


ほっぺにキスされて、
その後、口にもキスされて・・

うん・・一瞬ゾクっとしたけど、
その後はいつも通り笑って本を読んで話してたから、

たまたまかなって思って・・

たまたま当たっただけでわざとじゃないのかなって思ったの。

2回目はそんな感じ。



でも、次に行った時にそれが“たまたま“ではなかったことがわかったの。

玄関で抱きしめられて、そのままキスされた。


うん、その日は初めっから口にしてきた。

でも、その後はいつもと同じなのよ。


紅茶と外国のお菓子と面白い本・・・


そのうちキスもだんだん舌が入ってくるキスに変わって、

服の上からあちこち触られるようになって、

服も脱がされるようになって....


裸になったあたしのこと

舐めるように見てくるの。

その顔はいつも優しいお兄さんの顔ではなかった。


何だろ?

雄の顔?

わからないけど・・



そのうちそれだけじゃ済まなくなるよね、もちろん・・


その....下のほうを、

下半身をね、触られるようになったの。


あたし、怖くて怖くて


怖いのに....何故か断れない。


それどころか誘われるがまま、またお兄さんの家に行っちゃうの。


変でしょ?



怖くて怖くてどうしようもないのに........あたし、嫌じゃなかった。


そう、嫌なのとは違うのよ。


嫌じゃないんだって気がついたとき

凄くショックだった。

自分の気持ちにショックを受けたのよ。


この先のこと、不安にもなったし....



それは誰にも言わない方がいいなって思ってた。

お兄さんにキスされるのも、裸にされるのも、

触られるのも



断れないの。


ううん、違う。

断らなかったのよ、あたし。


誰かに助けを求めてもよかったのに、

そうしなかった。


それどころか、

そのうちね、そうされるのを待つようになった。



ううん、好きになったとかでもないってのはわかってた。


ただ、何ていうのか・・

あたしの身体が目覚めちゃったの。

そう、目覚めたの。

勝手に。身体が・・


一度目覚めた身体って自制がきかないのね。

そんなことがもう何年も続いてたわ。

気がついたらあたしも中学校を卒業する年になってた。


思春期が人より少し早かったのね、多分。

お兄さんとの関係があったからなのかなぁ・・よくわからないけど。


とても大人びてしまったの、あたし。

お兄さんは高校を卒業して大学生になってたようだった。

ううん、本当はわからないの。

だって年齢を知らないのだからね。



その頃もまだお兄さんの家に行ってた。


どころか、その数年の間にいくところまでいってしまったの、あたしたち。


そりゃそうか。

三年もの間、そんな関係を続けているのだもの、
三年目のカップルのようなもんよね。



ある時、いつものようにお兄さんの家でことを終えて、
お兄さんがこんなことを言ってきたの。

「夜の街に行ってみよう。」

あたし、すごく興味があった。

そこにはあたしたちと同じような価値観を持った人が集まる場所があって

お兄さんも行ったことがないから、あたしと一緒に行ってみたいって。


一緒に夜の街へ〜何て凄い! って思った。



お兄さんの家で大人っぽい服に着替えてね。

その頃は成長期に入った頃で身長もぐんと伸びていたから。

あたし、そんなだからとても大人びて見えたのよ。


夜なんてお祭り以外で出たことなかったから
親には友達の家に泊まるって嘘ついたの。

そんなのすぐバレると思わない?

だって、あたし、友達なんか一人もいなかったから。

お母さんに随分聞かれた。

どこの家に泊まるのか、その人はなんの友達かってね。

でもアリバイ工作はお兄さんとばっちり練ってたからね。

お兄さんの電話番号を教えて、大人のふりして電話に出てくれて、
お子様をお預かりしますってね。

チープな作戦でしょ? ふふ

お兄さん、大人のふり下手くそでさ
電話切った後、二人でゲラゲラ笑った。


お母さんは、一応信じたみたいだけど、
とにかく心配はしてたみたい。

親の勘?かなぁ。


夜の街はネオンでチカチカしててさ、
はぐれないように必死でお兄さんの服の袖持って歩いた。

お兄さん嬉しそうだった。

何だか頼もしくてね、
その場で抱きつきたくなったの覚えてるの。


賑やかな通りを抜けて
少し狭い路地に入って、

それで、あるお店の前に着いたの。

お兄さんも緊張してたのか、
大きく深呼吸してからそのお店の扉に手をかけて
「行くよ?」ってあたしに言ったの。


あたしもコクンと頷いた。

〜お兄さんの後ろに隠れながらあたしの冒険の旅が始まった!って感じね。ふふ



カウンターには、あたしたちと同じような人が沢山いてね、
大きな体の男の人が優しく声をかけてきたの。

「よくきたわね。」って。

その人はそのお店のママさんだったの。


お兄さんとはインターネットのコミュニティーで知り合ったって言ってた。


お兄さん、あたしたちのこと何もかんもその人に言ってたみたいで、
まるで随分前から知ってたかのように頭を撫でくりまわされたわ。

久しぶりに会った親戚の子どもみたいだねって、
そこにいたみんなに笑われてたけど
そんなことお構いなしでさ、

今度はあたしのことぎゅ〜って抱きしめてきてね。

他のお客さんんも調子に乗っちゃって
代わる代わるギュ〜ってしてくるの。


お店は大人のお客さんばかりだったから
あたしたちが物珍しいって感じだった。


タバコとお酒の匂いってそれだけで酔っ払いそうになるから不思議だよね?


あたしは確かコーラを飲んだのよ。
お兄さんはジンジャーエールかなぁ。

それでもあたし、随分背伸びしたのよね。

だって普段は炭酸なんか飲まなかったもん。

でも、コーラ。


舐められちゃいけないって
子どもながらに思ったのよ、きっと。


そこで質問攻めにあったわ。


どこで知り合ったのかとか、

あ、年齢のこと聞かれた時はちょっと焦った。

お兄さんが適当に答えてくれた。


ママさんが「あんたたち、そんなにマシンガンみたいに質問すんじゃないわよ!」って言ってくれてね。

ママさんは、あたしたちのこと全部知ってるみたいだったから。



そうそう、カラオケボックス以外でカラオケ歌ったの初めてだった!


恥ずかしくて、すごく小さい声しか出せなかった。

今なら、踊りながらでも歌っちゃうくらいなのにね。ふふ



楽しい時間てあっという間って言うじゃない?

あれほんとね。

竜宮城に行った浦島さんの気持ちすごくわかるなぁ。


また繁華街を抜けて
電車の駅について・・


電車を乗り継いで最寄りの駅に着いた時、
もう深夜になってたわ。


何だかまだ夢の中にいるみたいだった。


家に着いてお兄さんと一緒にお風呂入って、

それからいつものように・・・して。


裸のまま朝まで抱き合って眠った。

すごく心地よくてさ。


あたし、小さい頃から眠ることに神経質な子だったから
こんなに穏やかにぐっすり眠れたのはもうどれくらいぶりかしらって思った。

年寄りみたい、あたし。


朝、目が覚めたらお兄さんが隣にいて

何だか不思議だったけど、
嬉しかったな、やっぱり。


それから二人で朝ごはんのつもりでホットケーキ焼いたりしてね。



メイプルシロップをだばだばにかけて食べたの。

その日は一日中家にいて、
何度求めあったかわからないくらいよ。

ベッドで、ソファーで、キッチンで・・
ずっと裸でくっついてたの、あたしたち。


今思っても不思議なのだけど、
その間、お兄さんの家には誰も帰ってこなかった。


家族のことなんてあたしも聞かなかかったし、
お兄さんも何も言わなかったから。

ただただ二人でそうやって居れることだけでよかったんだ。

そして、夕方になって
あたしんちの近くまで送ってくれて、

さよならのキスをした。


外でしたのは初めてだった。


家に着いてもまだふわふわしてね。

何だか疲れてそのまま自分の部屋で眠った。



夜になって、リビングが騒がしくて目が覚めたんだけど、

まだベッドからは抜け出せずにいたの。



そうすると、部屋のドアが勢いよくあいて
お父さんが入ってきたの。


あたしは何事?って感じで体を起こした。


そしたらお父さんにそのままリビングまで引きずられるように連れてかれて、


お母さんは泣いてるし、お兄ちゃんはオロオロしてるし、

何が起こってるの?って感じだった。

「お前、昨日はどこにいたんだ?」


お父さんのその言葉で、全てがバレていることを悟った。


観念して、
近所の仲良いお兄さんがいて実はそこに泊まったって白状した。

お兄さんの家に泊まるくらい普通だと思ったから。

だって、あたし、その時はまだ男の子だったから・・・



そう、あたし、男の子だったのよ。


でも、あたしたちが繁華街にいたことを目撃した人がいたらしくて、

その人ったら、声をかけてくれればいいのにさ、

あたしたちの後をつけてって、あのお店にたどり着いたって。

そう、そのお店はゲイbarだもの。


お父さんが怒鳴り散らしてたのは覚えてるけど、
何を言ってるかは頭に入ってこなかった。


あたしの肩を持ってブンブン揺さぶってさ。

可哀想なのは
あたしのお兄ちゃんよね?

その頃は多感な高校生よ?

それなのにそんな話し聞かされてさ。

しかもその頃まだ15歳よ?あたし。


お父さんが発狂したくなるのもわかるわね。


お母さんは・・・泣いてたわ。

それも当然のこと。

何から受け止めていいのやらって感じだよね。


それから何日か経って、

あたしの家にお兄さんと大人の男の人がきた。

話し合いをするためみたいだった。


あたしは部屋に行ってなさいって

リビングには入れてもらえなかった。

あたしのお兄ちゃんはあたしを見張る役目をお父さんから仰せつかっていてね、
つくづく申し訳ないって思った。


弟がこんなで、本当にごめんねって謝ったのよ、あたし。

お兄ちゃんは優しい人よ。
頭もいいしね。

リビングからお父さんの怒鳴り声が聞こえてきて、
お兄ちゃんが「これ、してな。」ってヘッドフォンをあたしにかけてくれた。


いい人よね、全く。


ともすれば、多感な時期に
こんな弟なんて気持ち悪いって思ってもいいくらいなのにね。


そんなで、リビングで何が話されたのか

お兄さんがどうなったのかあたしは全く知らなかったの。


しばらくは家から出してもらえなかった。


お母さんがいつも家にいてさ。

リビングでさめざめ泣いているのだもの・・


あたしも流石に大人しく家にいたわ。


お兄さんのことは死ぬほど心配だったけど、
今は仕方ないなって。


何日かしてお母さんが部屋に入ってきて
ごめんね、ごめんねって泣きながら言うのよ。


お母さんはなんとなく気がついてたって。


あたしの様子が変わっていくことが心配で
一度、あたしの後をつけたことがあるって言って。

で、あのお兄さんのお屋敷に辿り着いて・・

その後、お母さんから聞かされ、あたしはお兄さんのことを色々知ることになるのだけど。

お兄さんはあの家に一人で暮らしていること、

小さい時にお母さんが亡くなったこと、

お父さんが再婚して新しいお母さんができたのだけど、どうしても馴染めず、
長年お兄さんのお世話をしてきたお手伝いさんと一緒にあの家に残ったこと、

そのお手伝いさんも三年前に亡くなってしまって
その後はあの大きなお屋敷で一人で暮らしていたことなんかを知ったの。


この前お兄さんと一緒に来た人はお父さんではなく、
お兄さんのお父さんの兄弟、つまりお兄さんの叔父さんだって。


お父さんは新しい家族と海外で暮らしていて、
年に何回かしか帰ってこないらしく、

叔父さんも頼まれた以上、時々はお兄さんのところを訪ねていたみたいだけど
まあ頼まれた以上は仕方なくって感じだったみたい。

お母さんは、あたしがお兄さんに特別な感情を抱いているんじゃないかって
なんとなくわかっていたんだって。

お母さんは自分を責めてた、
自分の育て方が悪かったんだって・・

あたし言ったの、お母さんのせいなんかじゃないのよって、

生まれつきそうなのよってね。

あたしたちは元々そうなのだもの。

生まれる前からそうなのよきっと。

だから、誰のせいでもないのよ。

あたしたちのように生まれてきた人間は、

ある国では神様だと崇められて、
ある国では気持ち悪がられて差別を受ける。

どちらも事実は変わらないのにね。


あたしは神でもないし、
差別を受けるようなこともしてない。

ただただ、自分ってものを素直に受け止めただけなのよ。


それなのに、どうして皆んなほっといてくれないのかしら?

そんなにいけないことなの?

誰かを陥れたり、人のものを取ったりしたわけじゃない。

それ以外に誰かを好きになることにルールって必要なの?


理解して欲しいのではないの。

どう思ってもらっても構わないのよ。

ただそっとしててくれればよかっただけなのに・・


それからもしばらくは家から出れなかったの。


こっそり家を抜け出すことも考えた。

でも、それじゃあたし悪いことしてるみたいじゃない?

何にも恥じることはないって、
なら堂々と家を出てお兄さんに会いに行こうって思ったの。


リビングにいるお母さんのところに行って
今の気持ちを全て話したの。


お母さんは悪くないのよって。

でも、あたしも悪くないのって。

だからお兄さんに会いに行ってきますって。


それで、堂々と玄関から出て行った。

「行ってきます。」ってちゃんと言ってね。



そのままお兄さんの家に向かったのだけど、

お兄さん、居なかったのよ。



家にいれば、
お父さんはあたしを汚いものを見るような目で見るし、
お母さんは泣いてるし、

あたし、そんなに悪いのかなって、
お兄さんを好きになったことがそんなにいけないことなのかなって。



そのまま家にも帰りたくなかったから
そこら辺ふらふら彷徨って、

あ、あのお店に行こうって思ったの。

お兄さんと一緒に行った
あの大きなママさんのお店。


場所、何となくしか覚えてなかったから
記憶の糸を手繰り寄せて

やっと辿り着いたのよ。


お店に飛び込んだら
びっくりした顔でママがこっち見て、

あたしに駆け寄ってきてね。

「やっと来た!」って言ったの。


あの後すぐ、
うちの家で話し合いがあった後ね、

お兄さん、お店に来たんだって。

何も言わなかったって。
何も言わず、普通にコーラを頼んで・・

なんてことないいつものような話をしたんだって。

でも、様子が何だかおかしいって思ったから、
ママが「何かあった?」って聞いたんだって。

そしたらお兄さん、
あたしとの楽しかった思い出を語り出したんだって。

ママは、「ああ、もうあの子と会えなくなっちゃたんだな。」って何となく思ったって言ってた。

それでもし、あたしがここを訪ねてきたら
これを渡して欲しいって言って

本を置いてったんだって。

それは、あたしが一番好きだった世界の不思議が描かれた本だった。


ぶ厚い本でさぁ、

その本の間に手紙でも挟んであるんじゃないかって
1ページづつ必死で探したわよ!

・・・な〜んにも出てこなかった。

その時、あたしの心のどこかでね、風船がパンッて割れてしまったのよ。

それから、その本を抱きしめてエンエン泣いたの。

ママも大きな体を震わせて一緒に泣いてくれた。


それから何もかもをママに打ち明けて、

ママ、何も言わず背中をさすりながらうんうんって聞いてくれた。


ママに「これからどうするの?」って聞かれて、

家にいたくないなら、うちにいらっしゃいって言ってくれた。

本当にありがたいって思ったわ。


見ず知らずの、
しかも未成年のあたしの居場所を作ってくれたのだもの。

あたしはママに丁寧にお礼を言って、

「あたしに、やり残していることがあるのでもう一度家に帰ります。
それが終われば必ずここに戻ってきますので、
それまでこの本を預かっておいてください。」

そう言ってお店を出たの。


家に着く頃にはもうすっかり夜になってたわ。



玄関に入るなり、お父さんが飛んできて一発ぶん殴られたわ。

まあ、そうなるわよね。

その姿を見てお母さんは狂ったように泣いてた。


あたしは、全然痛みを感じなかったの。

それで、お父さんのことジッと見た。

睨んだわけでもないのよ。
全然そんな気なかったのにね。

そしたらまた殴ろうとしてきたから
お兄ちゃんが間に入ってお父さんを止めてくれた。

あたし、静かに言ったの。

「皆さんに話があります。」って。

お父さんはまだ興奮状態だったけど
お母さんが必死でお父さんの腕を掴んで離さないもんだから
少し冷静になってた。

そのままリビングへ行って・・・

あたし、きちんと正座したの。


お騒がせしたこと本当にすいませんって謝った。


家族をこんな風にさせてしまったことは事実だから
そこはきちんと謝りたかった。

あたしが今どんな風に感じているか、
これからどうして生きていきたいのかって話し、

あたしは男性の体をしているのだけど心は女性なんだって、
そして、実は小さい頃から女の子になりたい願望はあったって、

お兄さんのことも、
これからどうして生きていきたいかも
一切合切話したの。

お父さんは受け入れられないと言った。
お母さんは、もう無理なの?普通には戻れないの?って聞いてきたから

「これがあたしの普通です。」って答えた。


それで、自分の部屋に戻って
バッグに入るだけの着替えを詰めて、

「お世話になりました。」って言ってお辞儀した。

誰ももう、止めようとはしなかった。
疲れてしまったのよ、お父さんもお母さんも。

玄関までお兄ちゃんが見送ってくれて、
「これ、持ってきな。」って、ヘッドホンと1万円くれたの。

最後にお兄ちゃんはあたしを抱きしめ、
「俺たちが兄弟ってのは変わらないんだぞ。」て言った。

二人で少し泣いた。


それで深くお辞儀して家を出たの。


それで、また、あのお店に戻ったの。


ママは「おかえり。」って言ってくれた。


その後お兄さんに何度も電話したし、
何度も家を訪ねたんだけど居なくって。

それからも会えることは無かった。


それから、ママのお店で働かせてもらうつもりだったのだけど、
ママが、高校に通うように勧めてくれて、
そこからしばらく受験勉強よ。


そこからも大変だったのよ、色々。

だって、未成年は何をするにも親の承諾がいるから。

だから、ママがあたしの実家まで話をしに行ってくれて。

自分が責任持って預かりますって、
自分のところからちゃんと高校には行かせますってね。


お父さんは・・・話しにならなかったって。
怒って部屋から出てこなかったらしいの。


でも、お母さんが学校の書類にサインして、
それで、あたし名義の通帳を渡してくれたって。


「息子をよろしくお願いします。」って言って。

お母さんから渡されたその通帳の最初の預入は
あたしが生まれた日の日付になってた。

そこから、今の今まで
少しづつ少しづつ貯めてくれてたの。

それを見てまた泣けてきた。

そんな時は決まって、ママも大きな体を震わせて一緒に泣いてくれるの。


高校も無事合格して、
そこから3年間、結構真面目に通ったのよ、あたし。

友達もね、多くないけどできたのよ。

あたし、自分を偽らず普通にしてた。
なぜか、高校ではそれがウケたのね。

もちろん気味悪がる子もいたわよ。

でも、あたし、随分清々しく逞しくなってたから、
そんなもんは全く気にしなかった。

オネエキャラもすっかり定着して、
女子の友達なんかと恋バナしたりして・・
それなりに楽しかったのよ。

その頃から女装もするようになった。

あたしたちより綺麗だって女子の友達が言ってくれた。
お世辞でも嬉しい!

街で男の子にナンパされた時はカイカンだったわぁ。


あたし早く高校卒業したかったの。

卒業して早くママのところで働きたかった。


恩返しって意味もあるけど、
色々経験してみたかったのもあるわ。

あたし、お兄さんしかまだ知らなかったから・・


ぶっちゃけて言うとまた恋してみたいって思ってた。

あのお兄さんのことは忘れないわよ、もちろん。

でも時間が経つにつれ少しづつ柔らかい感情に移ろっていった。


美しい思い出として額縁に入れて飾っておく感じかな。


どこかで会えたら飛び上がって喜ぶけど、
きっと “どこかで“   なんて会えないってわかってたから、あたし。


だからってわけではないのだけど、新しい扉みたいなの開けてみたかったの。


高校卒業して、お店に出るようになって
それなりに恋もしたりしてね・・


すっかりこの生活にも慣れてしまった頃、
ママのお店に、一人のお客さんが来てね。

エルさんっていう人で、近くのショーパブのお姉さん。
って言ってももちろん男性なのだけどね。

あ、もと男性かな。


いろんなショーガールがお店に来てたけど、
その人はあたしにとって特別だった。

美しさももちろんだけど、
とにかく仕草も話かたも何もかもに魅了されてしまったの。

あ、これは好きの感情とは違う
強い憧れよ。

あたしもたまに女装してお店に出るようになって、
仕草や話し方を真似してみたりした。



そんな時、ある男性と知り合ったの。

お店のお客様でね、

あたしを気に入ってくださって
しょっちゅうお店にきてくれてた。

そのお客様、昔の事故の後遺症で体の半分が不自由でずっと痺れてるんだって。

お天気の悪い日は特に痛むって言うの。


「あたしになんかできることない?」って聞いたら、

「時々さすってくれると嬉しいよ。」て言うの。

それで、あたしがさすってあげたら気持ち良さそうにしてくれるのよ。


あたし、ちゃんとマッサージとかしてあげたくなって、
近所のマッサージ屋のおっちゃんにね入門したの。

お店の合間にマッサージのレッスン受けてね。

そのお客様がいらっしゃった時にね、
「今度、ちゃんとマッサージさせてください。」ってあたしからお誘いしたの。

それから、ホテルで時々マッサージしてあげて・・そう言う関係になったの。


そのお客様は、男性の経験がなかったから
最初は躊躇っていたのだけど、

やっぱり、好きになるのに男とか女とかを超えちゃう時はあるんだなって。


それで、そんなことが何回か続いたの。

あたし、その人のことほんとに好きになっちゃって
彼にもっと愛されたくなったの。

彼のためって言うとちょっと違うかもしれないけど、

身も心も女の子になりたくなったの。

だって、彼はノンケだったから。

元々は女性が好き・・・ていうか
今も女性が好きだと思ったの。


それで彼に内緒で工事した。
性転換の手術のこと。

海外で受けたの。


性転換の手術のために色々な条件をクリアしなきゃいけなかったので、
それは大変だったけどね。

3週間ほどして日本に帰ってきてね。

本当はすぐに彼に会いに行きたかったけど、
もう少し体が落ち着くまではって思って。

この体に慣れてきた頃、
彼を呼び出したの。

顔はね、いじらなかったの。
もともと中性的な顔だったから。

だから、彼にはわからなかったのよ。

そして、いよいよいつものようにマッサージしてあげたいからホテルへ行こうって誘ったの。


彼にはベッドで待っててって言って。

マッサージが始まっても気がつかなくて、
気持ち良さそうにしてくれてね。

あまりにも鈍感だから」、あたし笑えてきちゃって。

そしたら彼、「どうした?」ってうつ伏せのままあたしのほう振り返ったのよ。


「わぁぁぁぁぁ〜!」て驚いて。

「どうかなぁ?」ってあたしが聞いたら

「すごい!すごいよ!」って言って抱きしめてくれた。



ホッとした。

拒絶されたらどうしようって思ったから。

「あなたにもっと愛されたかったの。」って言ったら彼、半泣きになって。


それから二人で暮らし始めた。

毎日マッサージしてあげれるって思った。

お店も辞めてね。


その彼、死んじゃったの。

体がだんだん動かなく病気だったの。

あたしには事故の後遺症って言ってたのだけど。


一緒に暮らしだして
しばらくして打ち明けられたの。

本格的に動けなくなる前に
あたしの前から消えるつもりだったんだけど

ずっと一緒にいたくなって
なかなか決心がつかなかったんだって。

あたし怒ったの。

だって、あたし、そんなことで彼を嫌いになっったりしないもの。

「失礼しちゃうはね!」って言ったら
彼、笑ってた。

それから
「ありがとう。」って。

彼の体はどんどん動かなくなっていってね。


彼がいなくなって、あたし、しばらくは何にも手につかなかったんだけど、

マッサージしたいなって

またマッサージして誰かを癒してあげたいなって思ったのよ。


 メンズエステを選んだのは

女しか働けないところだったから。

女として、男の人を癒してあげたかったの。





これが全て。

今までずっと黙っていたの。

これ聞いても結婚したいと思う?






































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