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スタバに緊張する話

なんか貧乏性なとこ、親子関係関係有るのか無いのか?自分なりに紐解く話。

つい先日、高校生時代とかスタバとかの話が出たときのこと、ふと高いよねって話したら、『でも、そんなこと高校生の子どもが値段なんて考えて飲まないよね』って。

ですよね〜って相槌打ちながらも、あれみんなそうなのか、そっか、だからあんながばがば飲めてたのか。とか思ったりして。

結論から書くと
小さなことや日常の生活の中でお金をかけてもらうような経験とか、親自身が好きなこととか身だしなみにお金使う姿とか見せたり、子どもに対しても家族のためでも、何かしらお金を使う時のお金の価値とか意義とかを話したり考えたり伝えたりすることも立派な愛情のかけ方だし親に求められてる役目だよな。って思ったりする。
です。



以下は、もう、ただの私の話。とりとめ無さすぎて垂れ流しすぎてます。割愛してくれても良いし気が向いたら最後まで読んでもらえたらそれはそれで嬉しいです。


田舎生まれの親育ちとか、10歳まで田舎育ちとか、はたまた、ちょっと難しい性格とか?相まってるのか。
田舎だからとかは正直関係ないことは分かってはいる。本当に人それぞれ家庭それぞれ、どんな環境にいても色んな人がいることはわかってるけど、、あえて田舎育ちは強調しとく。多少は環境因子も受けてる気がするから。

ほんと、金銭感覚は大学生位までは小学生高学年位までとあんまし変わってなかった気がする

お年玉と誕生日のお祝いとお小遣いを貯めて原宿とか安い店で自分で服買ってたし。自分で選んでたし。大人になっても服選びは値段が変わった以外であまり変化してない。

社会人になって、ようやく駄菓子とか100円シリーズ(100円でピーナッツチョコとかビスケットとかひねり揚げがいっぱい入ってるやつ)じゃないお菓子を買えるようになった。

そして血迷って高級チョコ爆買いな時期があったり。でも本当に高いのは高級なお菓子よりも美味しい食事なんじゃないかって最近思えてきてたり。

旅行先でお土産を買う楽しさとか。学生時代に、友だちに異常に土産を買い込んでてちょっと引かれた記憶あるけど、、多分普段使えないお金を非日常に紛らせて使ってたってことな気がする。今も旅行先ではそんな感じでお金使っちゃう。

漫画も月刊誌を毎月のように買ってもらえたような記憶は無いし、ゲームもピアノも親を通り越して親戚に買ってもらうという。親自身もなんだか質素でこういうのが世の中の家庭なんだなって疑って無かったけど。

なんかお金をかけない生活だったように感じる。(良い悪いの話じゃないんだけど)

あと、親から家の財政とかお金の話をされたことは一切なくて。

学費、成人式、自立、結婚、みたいな人生のイベントの時には何も言わずに惜しみなくお金を出してくれる。寧ろそここそお金が必要なところと言わんばかりに待ってましたと言わんばかりで。

今まで受け取ったこともないようなお金をぽんっと。でもそこについては親としての当たり前と思ってるからだと思うけどお金に関する苦労とか高い安いとか全く聞いたことなくて。

友だちが20の誕生日でネックレスを親からもらっていたり、なんか、そういう大切にされていそうなやりとりに物凄く憧れてた。というか今もなのかも。

食事、日用品は、身だしなみに関するレベルまで、完全に小さい時からの価値観に引っ張られまくってる気がする。必要以上にお金を抑えよう
としてたり。

少しずつ変わってきてるけど、でも、今はまだ、出費の振れ幅が白黒しててそれはそれで折り合いの付け方が難しい。

お金に苦労はしてないと思うけど、なんかいっつもお金のこととか雑念を考えてしまって、経験の少ない出費はとにかく優柔不断。

違う、お金に関係ないのかも

自分の欲しいものが分からない。本当に欲しいのかも分からなくなる。

子どもが欲しい、とよくある人生プランみたいに考えてたけど、いつもよぎるのがこんな私の子どもが出来たらその子はちゃんと幸せになれるのかな、ちゃんと育てられるのかなって不安の方が大きくて。

じゃあ子どもはいらないの?って問われるとそれはそれでどうなんだろうと思ったり。

自分の欲望がなんなのかよく分かんなくて今もがいている。仕事での自己実現は出来てきている、と思う。でもそれ以外はさっぱりかも。


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