あいつは運が良いだけだ、などという典型的な台詞があります。

非常に分かりやすい、やっかみ・僻みキャラが言い放つ台詞です。
漫画や映画ならば、主人公を引き立てる重要なポジションです。
現実では、あいにくと遭遇したことはありませんが、それは自分の世界が狭いだけなのか、実際にそんな人はいるはずがないのか、はてさてどちらなのでしょう。


そんなことはともかく、『運が良いだけだ』という台詞ですが、実際のところ、どうなのでしょう。運が良いだけで、人気者や成功者になれるものなのでしょうか。
その辺りについて、考えてみます。

例えば、運が良いだけで人気者になったと言われる人がいます。

今も昔も、急に人気者になったり、持て囃される有名人には、常について回る言葉ですが、そのような人たちについて、運が良いだけという言葉は正当なのでしょうか。

一瞬で姿を見なくなる『あの人は今』の一方で、より名声を得て、確固たる足場を固める人もいます。前者の場合はまさに運が良かったのでしょうが、後者に関しては、流石に幸運だけでは無理があります。

運だけで、堅実なポジションを確保して、何年も売れっ子の座を維持するとなれば、どれほどの幸運が必要になるのでしょう。この場合は、一度では足りず、常に幸運状態でいなければ、成立しないのではないでしょうか。
キングボンビーも真っ青です。

『運が良いだけ』という言葉を実証するのには、時間が必要にみえます。
本当に運だけなのか。或いは、しっかりと裏打ちされた実力があるのか。
最大瞬間風速時では計測が難しいですが、若干の時間を経てから観察すれば、その成否を確認できるということでしょう。

運が転がり込んできたとしても、そこから上手く軌道に乗り続けることが出来るのか否かは、運以外の何かしらの実力が必要だということです。


似たパターンで、『あんな奴が…』という台詞もあります。
あんな奴だとしても、売れている・人気がある現実は実在しています。しかし、やっかむ人はその要因を理解できない・しようとしないから、不可解な人気の根拠を、『運が良いだけ』という言葉で繋げようとするのかもしれません。
陰謀論と似ているな、と思いました。


これは自分の偏見ですが、最大瞬間風速中の売れっ子が、他人に対して『運が良いだけのやつ』などと言うでしょうか。自身は運が良いだけだ、と謙遜するところは想像できるのですが、わざわざ他人に対してそのような物言いをする場面は、想像が難しいです。
忙しくなれば自身の仕事に集中しなくてはならないため、他人の仕事ぶりに関しては、構っていられなさそうです。

僻んだ理屈を考えている時点で、フラグのようなものが確定なのではないでしょうか。


そんな運というものは、滅多にやってこないのでしょうか。

これに関しては、自分はそうでもないと考えます。
それなりに運はやってきます。常連とはいえない頻度で、たまに顔をだしてくれます。が、しかし問題なのは、運の来訪頻度ではなく、そのときの自分にあると思うのです。

過去を思うと、それなりに何かしらのチャンスがあったと思います。しかし、その度に無為にしたり、失敗してしまったことが多く、結局のところ、それは自分の実力不足だったように思います。

仕事に限らず、人付き合いもそうです。
能力はあったとしても、肝心の瞬間に、それを十二分に発揮できなかった。そこが1番の問題点なのです。

また、もし上手く発揮できたとしても、今度はその状態を維持する別の才能が必要です。
これは、先ほど例に出した、売れっ子が一瞬で消えるのか、その後も売れ続けるのかと、同じレイヤーの話だと思うのです。

だからこそ、ただ、のんべんだらりと待つのではなく、運がいつ来てもよいように、どんなタイミングでも実力をしっかりと発揮できるように、そして好調の維持できるように。様々な思考や知見を身に着けておくのが大事だと思うのです。


新生活になると、何かしら運なり機会なりが多くなると思います。
それらのチャンスを逃さないように、心構えをしておいてください。


春眠に襲われながらの、与太話でした。
お時間をいただき、ありがとうございました。

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