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海底の谷

瀬戸内海には海底に東西にはしる海底谷があり、その不思議な谷に興味を覚え実際に自分の目で見た見ようと思った。時は昭和49年の夏、場所は香川県三豊郡の粟島の西である。付近の海底でナウマン象の歯が時々魚網にかかる。その海域をアクアラングで潜水調査した時の記録である。

水深4m位まで海底は緩く傾斜する砂がちの漣痕模様の明るい海底である。海藻の茂るところに魚がついている。それより深くなるとより平坦な泥がちの海底で水深7m位まで続いた。

そこから先は海底がやや急になり貝殻混じりの微細砂である。水深10m位から薄暗くなりタコが貝殻を集めて巣を作っている。水深15m位で海底は平坦になった。底は浮泥でスコップで掘ると数十㎝下はやや固い粘土である。

水深18mでライトをつけコンパスを見ながら東に進んだ。時折大きなカレイやコチを見かけた。水深22m付近にわずかの高まりがあった。近づいて見ると花崗岩の露頭だった。

そこから先は角度が30度くらいの急斜面となり、この部分が海底谷である。潮の流れが急に速くなった。体が流されて横向きになった。ダイバーナイフを海底に突き立てながら砂煙の立つ斜面を降りていった。

なんとか海底谷の底までおりた。水深は32mである。あたりは真っ暗で人の頭くらいの円礫が密集していて礫には巨大なフジツボがついている。そこから先には進めなかった。

おそらくナウマン象の骨はその海底谷に多量にあるのだろう。石器時代の人々がどのようにしてゾウを狩ったかわかった。人々はゾウの群れを追って群れから遅れたゾウを昔の川の急斜面であったこの川岸に追い込んで石のヤリで谷に落として、比高10mのあの花崗岩の丘から投げやりで仕留めたのだろう。

その河原でゾウを解体して肉の多くは燻製にして保存食にしたと思われる。ゾウは人類より前から氷河期の平坦な瀬戸内に暮らしていたが、その後の人の進出により短期間に絶滅させられた。

ゾウにとって不幸なのは香川県にはサヌカイトという鋭利な石器の原料が豊富にあったことである。枯れ木を燃やして火で脅したのかもしれない。そして肉は燻製にしたのだろう。氷河時代の水面はー130m位なので干し肉やサヌカイトをイカダで下流に運んだと思われる。

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