お父さん

東京に働きに出てすっかり時間が経った。

家族はみな、まだ学生である我が弟以外は律儀に歳を取り、だけどまだまだ労働人口に属して、就労の義務を果たしている。
そのうえ私と父は関西にいるほかの家族から離れ、それぞれ単身東京に住み、それぞれ働いている。父は単身赴任。私はただの一人暮らし。

だから、なんてことのない日曜のお昼に、待ち合わせて一緒にご飯を食べよう、と、急に家族めいたことを私と父はよく行う。

きっと関西では私と父以外のみんなで食卓を囲んでいるだろうから、その支部として家族の使命を果たそうとするのだ。
決まって給料日前になると父は私を誘い出すので、なんて気のいい親父なのだ、と私は財布をカバンの奥底に大事にしまって待ち合わせた駅の改札を出る。
東京に出て休日に父親と待ち合わせるようになって初めて、父は待ち合わせに遅れられて待たされるのが嫌いな人なのだと知った。そのくせ気が短く几帳面なので、待ち合わせた時間の10分前には到着していたりして、勝手に自分で不機嫌になっている。もう妙齢の私は、若かりし頃の母が父と付き合っていた時に向き合った気苦労を垣間みたりする。
父の住む町に私が足を運んだというのに、食事をする店は頑なに探さない。仕方ないから私がインターネットを駆使して、「これだ!」と、バツグンに美味しくてパンをいくらでもおかわりができるイタリア料理屋を引き当てれば、「美味しいお店探しのアンテナが良い!全部何食べても美味しい!」と父は私を褒めそびやかして、ニコニコとワインを飲み、小皿料理を食べる。私の仕事の愚痴に耳を傾けて、家族の私の知らない近況を話し、すぐに帰ろうとしない私に付き添って2軒目のカフェでコーヒーを一緒に飲んでくれる。
駅に向かい別れる際には、一度関西へ買って帰ると母が喜んだというクロワッサンを私にも買ってくれて、「この家の女はみんなパンを与えておけば良いと思っているな?」と口を差せば、またしてもニコニコ頷く。
なんていい親子関係なんだろう、と自分でも思う。

私と父は本当に気質がそっくりで、だからうっかり家族から離れ、都会に働きに出てしまっている。
父はまだまだ若い。若くして子どもができ、なんだかんだしているうちにその子どもが大人になって、巣立ってしまったもんだから、それに釣られて勝手に父の心も老いてしまっていないか、実は心配だったりする。

恋人がいないと、父から私へのごはんの誘いを妨げるものは何もないから、気の合う父の誘いを快く引き受けられることを私は快適に思う一方で、いつか来る「父に恋人を紹介する日」を思って、少し気が重くなった。
ただの恋人ではない。私は気を抜いている間にすっかり歳をとったから、次に家族の前へ連れ立つ恋人はきっと「限りなく婚約者に近い」恋人なのだ。人生の大きなステージの一つ。

私の親戚には、私よりもほんの少しお姉さんな人たち、という存在がごっそりとおらず、遠い遠い親戚にそれらしい人たちが2人いるだけで、その人たちもとうの昔に結婚してほどなくして別れていた。なので、私には20と少し歳をとった女性の、わかりやすいロールモデルというものがない。
なので、最近の、なんだかそろそろ出会いそうだな、しかも「この人となら」と入籍まで見えそうな人との出会いが、という予感がフツフツと湧いていることは私を少しナーバスにさせている。
急に「女」として周りから意識され始めたのを感じているのだ。少し私が口を開いてしなだれかかれば、甘えれば、あっという間にアダルトな関係になりそうな、そんな人の存在が周りには多い。それがかえって鬱陶しく、天邪鬼な私を逆走させる。

そんな近頃の、憂鬱でもあり、受け止める事実でもあり、愉悦でもある出来事はさすがに父には言えず、私はなんとなくお腹のなかに抱えてしまった。

もうすぐ春が来る。みんな浮き足立っている。1人生きているわたしはどうなるんだろう。

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