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「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」村井國夫版が実現するまでの15年間の道のりを考察

2023年6月30日、金曜ロードショーで「クリスタル・スカルの王国」の新録吹替が地上波初放送された。劇場公開版の吹替を基に、インディの声を村井國夫による新録音声に差し替えたものだ。つまり、今年になるまで「クリスタル・スカルの王国」だけは、別の声優がインディを演じており、村井國夫の吹替版が作られなかった。最新作「運命のダイヤル」に起用されるまで、彼は15年間「インディ・ジョーンズ」から締め出されていたのだ。その背景には、ディズニーの戦略と金曜ロードショーの偉大な功績がある。この記事では、その謎を暴いていく。

さて、もともとインディ・ジョーンズシリーズは、テレビ局によって、さまざまな吹替が作られ放送されてきた。その中で最も人気があり、最も多くインディの声を担当してきたのが舞台俳優の村井國夫だ。彼はディズニーランドのアトラクションでもインディの声を担当しており、もはや公式も認める存在だった。

そして2018年の「クリスタル・スカルの王国」日本公開時、シリーズではじめて劇場公開用に吹替が制作されることになった。今までは日本の制作会社がビデオ用やテレビ放送用に吹替を制作していたが、今回はルーカス・フィルムの下で“公式”吹替を作らなければならない。

そこでルーカス・フィルムは、吹替オーディションを実施する(劇場公開用に吹替が作られる場合はキャスティングや翻訳や演出を本国のスタッフが管理することがしばしばある)。そこで事件が起きる。なんと村井國夫はオーディションの日程と舞台の地方公演が重なり、参加することが出来なかったのだ。これは村井國夫ファンの人が舞台関係者に直接聞いたことで、かなり信憑性が高い。代わりにブルース・ウィルスの声でお馴染みの声優・内田直哉が吹替を担当することになった。

この件について、村井國夫は「運命のダイヤル」のイベントで、「若い俳優さんに取られてしまいました。もうジジイはいらないって」と複雑な心境を吐露していたが、これはおそらくたまたま内田直哉が村井國夫より若かっただけであって、決してディズニー側が意図的に若返りを図ったわけではないと思われる。その証拠に、マリオンの声優はVHSで担当した土井美加がそのまま続投している。wikiには前作から期間があったことが変更の理由だとする「金曜ロードショー」ナレーターのサッシャの発言が引用されているが、これには何の証拠もない。


しかし、インディ=村井國夫の人気は根強く、その後wowowとBSテレ東が新録企画を申し立てるも、ディズニー側に却下されてしまう。そして、2012年にはルーカス・フィルムの“公式“声優・内田直哉でシリーズを統一するために過去3作全てを新規キャストで新録し、Blu-rayに初収録されてしまった。

なぜか。インディ・ジョーンズの権利がルーカス・フィルムからウォルト・ディズニー・カンパニーに移ったからだろう。ディズニーがルーカス・フィルムを買収したのは2012年だが、内田直哉の吹替が新録されたのは2009年。それ以降に新録企画を申し立てても、吹替に厳しいディズニーが許可を出すとは思えない。

近年、ディズニー・キャラクター・ボイス・インターナショナルは、キャラクターと各国版の声優の声を紐づけてキャラクターのイメージを国際的に統一する動き(吹替のオフィシャル化)を見せており、ソフト収録された内田直哉の吹替が「唯一の日本語版」であるという主張を崩しさなかった。このため、村井國夫の新たな吹替企画は長い間実現されなかった。

しかし、なんと2023年に、15年の時を経てついに金曜ロードショーで「クリスタル・スカルの王国」の新録が実現したのだ。この決定は、本国ディズニー側の吹替に対する方針に、何らかの変化が起きたと思われる。それでは、ここ2、3年の具体的な金曜ロードショーの動きに注目してみよう。

金曜ロードショーで何度も放送されている人気作「天使にラブ・ソングを…」は、ディズニーの吹替についての方針が厳しくなって以降の2020年の放送では長年愛されてきた日本テレビ版吹替ではなく、ディズニー公式吹替のソフト版で放送された。これは金曜ロードショー史上初めてのことだった。「マッドマックス怒りのデス・ロード」「クール・ランニング」のようにテレビ局オリジナルの吹替がまたひとつ封印されてしまったかに見えたが、その2年後の放送では封印されたはずの日本テレビ版が使用されたのだ。

おそらくこれはファンからの要望を受けて金ローの製作陣がディズニー側に掛け合い、前回の放送で高視聴率だったこと、長らく当番組で親しまれてきた作品及び吹替であること、番組の終わりに「ストレンジ・ワールド」のプロモーションを放送することだったはずだ。現在唯一生き残っている地上波ゴールデン長寿映画番組の金曜ロードショーだから出来た吹替史に刻まれるべき偉業なのだ。

(詳しくは、こちらの記事を参照されたし)

残念ながら、「クリスタル・スカルの王国」の新録企画がどのようにして実現したのかについて、公式アナウンスはない。ただ、このようなディズニーと金曜ロードショーの関係構築を経て、15年間実現しなかった「クリスタル・スカルの王国」日本テレビ版(インディ=村井國夫版)が実現したことはまず間違いないと言える。

また、村井國夫は「運命のダイヤル」の吹替について、このように振り返っている。

これは絶対にやりたいと思っていたんですよ。でも特にオファーもなかったから、事務所の人間に、とにかくディズニーに話を持ちかけてくれとお願いして。そうしたら先方から声を聞きたい、テストをしたいとおっしゃっていただいたんで。もう喜んでテストに行きましたよ。この歳になると、なかなかオーディションを受けることもないですからね。それこそ何十年ぶりかのオーディションだったんですよ。

「村井國夫78歳・ハリソン80歳」共に貫く現役生活

このインタビューで明らかになったのは、なんとディズニー側からオファーがなく、村井國夫自ら話を持ちかけたという衝撃的な事実。さては、ディズニーは内田直哉をキャスティングするつもりだったのだろうか。

ともかく、以上をまとめると、「クリスタル・スカルの王国」の村井國夫版が実現しなかったのは
村井國夫のスケジュールが合わず、オーディションに参加できなかったため、別の声優がキャスティングされたため。
ルーカス・フィルム、ディズニーが村井國夫による新録企画を認めなかったため。

新録企画が実現したのは
金曜ロードショーがディズニー側と吹替をめぐる交渉の果てにディズニー側が譲歩した前例があったため。
村井國夫が「運命のダイヤル」のオーディションに自ら名乗りを挙げ、役を射止めたおかげで、ディズニー側にも「村井國夫がインディの公式声優」だという既成事実ができたため。

だという結論に至った。あくまで考察に過ぎないが、良い筋はいっていると思う。

これからの「インディ・ジョーンズ」シリーズの吹替はどうなるのか。現在公開中の「運命のダイヤル」で村井國夫さんがインディの声を担当していることや、新作公開に備えたディズニープラスの配信が、村井國夫のソフト版(「クリスタル・スカルの王国」のみ内田直哉)ということを踏まえると、少なくとも配信だけは全作品でインディ=村井國夫に統一する動きが出てくる可能性は十分ある。

つまりこれからはディズニーの公式版は村井國夫(ソフト版)、その他の配信では内田直哉(wowow版)になる可能性もなくはない。もちろんそれはキャラクターと声優の声を紐づけて統一するディズニー・キャラクター・ボイス・インターナショナルの作品だからこそ。

「良き考古学になるには図書館から脱出することだ」とインディが言ったように、私たちは図書館にこもっているだけでは本当のことは何も分からない。プロの評論家やライターがディズニーや日本テレビに取材を申し込むべきなのだ。誰がやらないから、筆者が拙文を晒すはめになるのだよ。トホホ…。おしまい。


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