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過去生

遅いシフトの帰り、4番線から1番線に乗り継ごうと重い足取りでエスカレーターに足をかけた。
横を急ぎの乗客たちが次々、追い抜いていく。

と、大きなカバンの端が私の腕に当たった。

刹那、黒縁の厚いメガネをかけ、髪を後ろに束ねた小柄な高校生らしき女の子がこちらを振り向いて、その顔の前で左手を綺麗に揃えて一瞬、私に詫び、くるりとまた前を向き直して颯爽と昇って行った。

彼女は一言も発さなかったが私にはきこえた。

ごめんなすって

と。

いや、これはもう「ごめんなすって」、しかないやろう、という。それほどに、彼女の手は綺麗に、ピンと立てたまま、顔のど真ん中を割っていた。

あの瞬間、おそらく、彼女の前世、武士の時代の彼女が呼び起こされたに、違いない。

見送ったあと、彼女に幸在らんことを祈った。

人には時たま、前世の所作が呼び起こされるらしい。

学生時代、私は厳しい体育会系のワンダーフォーゲル部に所属していた。
春に屋久島を縦走する計画を上級生に見せ査問を受ける「委員会」に出席していた時。計画を説明するリーダーのKの横でサブリーダーの私はボーッとしていた。
負けないのは勢いだけで、同期で一番いい加減な私を上級生は見逃すはずがなかった。すかさず、上級生のツッコミが名指しで飛んできた。

その時、何故か

へい

と返事してしまった。

お前は丁稚か

と先輩に突っ込まれ私は真っ赤になった。

Kは私を睨み、私の後ろに控えていたメンバーのIは、会議の間、ずっと肩を揺すって笑いを堪えていた。

今は何の因果か商売を生業にしている私も、丁稚だった過去生があったのかもしれない。


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