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招かざる訪問者との物語⑧

【I教授の診察】No8
名前を呼ばれて、I教授の診察室に入った。I教授は、診療用パソコンのモニターを確認しながら、これまで行った検査画像と血液検査結果、症状や経過などの資料を手際良く見比べ、改めて私にこれまでの症状について聞いた。それらのやり取りを終えた後、I教授より結果を聞いた。
病名は、「IPMN  膵管乳頭部粘液性腫瘍」。膵臓内に粘液性の腫瘍が2つあり、いづれも良性とのことだった。但し癌化するリスクもあるため、定期的な経過観察が必要との診断を受けた。

【膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)とは】
(引用:日本肝胆膵外科学会ホームページ)
膵臓には嚢胞性腫瘍とよばれる病気がありますが、このうち最も頻度が多く、代表的なものが、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)です。嚢胞とはそもそも内部に液体を貯めた袋状のものを指します。袋の内面が腫瘍性細胞で被われている場合は嚢胞性腫瘍と呼び、多くの場合、内容液はネバネバとした粘液です。このような嚢胞性腫瘍は要注意です。なぜならば、この腫瘍性細胞ががん化することがあるからです。

I教授の説明を受けて、思わず「ありがとうございます。最悪の事を考えていたので、良性腫瘍と聞いて安心しました。」と正直な気持ちを口にした。この2カ月間、膵臓の精密検査を指摘されてから自分自身でも膵臓癌などの病気について詳しく調べたりする中で、その病気がかなりシビアな治療であり、予後も思っている以上に厳しいと感じていたからだ。

I教授によると、IPMNは最近の検査や膵臓癌に至る過程などの研究により、その治療も目覚ましく発展しているらしい。以前なら膵臓に腫瘍が見つかれば癌化リスクを考慮して外科的手術が選択されるケースも多かったようだ。現在は腫瘍を精査することで定期的経過観察を図り、癌化した初期のタイミングで外科的手術などの治療が行われるようだ。
まさに早期発見、早期治療。全ての癌の予後を左右する重要なキーワードだ。

以前なら膵臓癌が見つかった時には、既に手遅れで5年以内に亡くなる患者さんが多いと認識していた。会社の同期や先輩にも膵臓癌で闘病2年程で亡くなった方が複数いたので、精密検査を指摘された時、自分の余命、人生や家族のことを深く考えた。妻と2人の娘を残して死ぬわけにはいかないと想いながら検査に臨んだ。

良性腫瘍ではあるが、健常者に比べて膵臓癌リスクを抱えていることには変わりはない。しみじみ命には限りがあり、残された人生をどう生きようかと深く考えた。

悔いなく成りたい自分の人生を叶えていきたい。その事に向かって一日一日を大切に歩んで行こう。

I教授より、「今後は、定期的な精密検査を行って経過を診ましょう。年内中に検査の予約を入れておきましょう。大丈夫ですか?」と穏やかに言われた。手帳を確認し、まだ何の予定も書き込まれていないスケジュール表に次回の検査と診察の予定を書き止めた。4ヶ月先。12月に超音波内視鏡検査とI教授の診察予約を行って、診察室を後にした。

I教授の診察を終えてホッと胸を撫で下ろした。日中ごったがえした待合室は、誰も居なくなっていてシーンと静まりかえっていた。
時計を見ると18時半を少しまわっていた。

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