奇食譚 「喫茶マウンテン」

 我ら悪食二人衆

人生において、「この世で食べられないものはない。飲み薬以外は。」と応答したことは何回あるだろうか。普通の食卓に出される料理から昆虫料理、家の裏で釣った鯉など、どんなものでも躊躇うことなく美味しくいただいてきた。筆者いわゆる「ゲテモノ好き」である。
 名古屋市内の喫茶マウンテンで、「甘いパスタ」なるものが提供される知ったのはつい1週間前のことだった。口コミを覗くと「まずい」「食べ切れなかった」とある。
 世間で「まずい」とか「ゲテモノ」とか言われると試してみたくなるのは人間の性なのであろうか、「なぁに。食べ切つてやらうぢやないか。」早速、高校時代の悪食の友人を誘い、「悪食二人衆」として現地に赴いた。

 到着、着席、注文

喫茶マウンテンは八事日赤駅から徒歩5分ほどの閑静な地域に佇む。我々が到着したのは午後8時30分頃であった。ディナータイムも過ぎ、客は我々2人だけであったので厨房から見られるところでは食べづらい。奥のソファー席に着席することにした。
 店員さんが持って来たメニュー表に並ぶメニューは一見すると普通の純喫茶であるかのようだ。しかし、右上に見慣れない文字の組み合わせが。「甘口抹茶小倉スパ」「甘口バナナスパ」「甘口メロンスパ」etc. 我々は、甘口抹茶小倉スパと甘口メロンスパを頼むことにした。
 注文すると、厨房の方から聞き捨てならない言葉が聞こえた。「チャレンジメニューだね...」

甘口抹茶小倉スパ 1200円
甘口メロンスパ 1200円

 臨戦態勢と交戦

「食べられないものはない」を謳ってきた私だ。矢でも鉄砲でも飛んで来い!という気持ちで出来上がりを待つ。
 10分程待っただろうか、届いたのは甘い香りの湯気が立つ太麺のスパゲティであった。ハングリーな男子大学生である、早速「抹茶小倉」を口に運んだ。案の定、温かいというのが第一印象である。次に感じるのは「意外と抹茶が濃い」という率直な感想であった。
 次に「メロン」の方を口に運ぶや否や、懐かしい味が口に広がる。「あっ、メロン味のメロンの味だ。」そう、これはお菓子のメロン味がする。形容するならばかき氷シロップであり、ドリンクバーのメロンソーダである。「メロン味」について追想していると、同行の友達が「メロン味のチュロス」という温かさも相まって、言い得て妙なる表現をした。なるほど、ディズニーランドで食べた味だ!

 最大の危機

 1口、また1口と食べ進めていく。3口目まではまだ美味しく食べられたがそのうち空腹効果も切れ、味覚が冴えてくる。気が緩み、口の中に残るものが「温かい、抹茶とメロンと小麦の味がするグニュグニュ」であると認識してしまった。この暗示こそ、人が何かを食べられなくなってしまう要因なのだ。筆者の「飲み薬」がまさにこの理由で口に飲み込めないのである。

 何のこれしき

 筆者も「ゲテモノ食い」の矜持がある。間違えても「食べられない」などとは口に出せまい。意地と根性で食べてやる。友人にも悟られぬよう笑顔とコミュニケーションで誤魔化す。時折り目を見合わせて笑ってしまうのは、2人が同じことを思っていたからだろうか。ここで、嬉しくもある事実に気がついた。なんと、スパゲティがだんだんと冷たくなってきている。飲み込み難い一大要因の温かさが消えたらこっちのものだ。なんだかんだでフォークは進み、残り3口ずつくらいになった。ここで、危機が再来する。

 一難去ってまた一難

 食べるのは順調である。会話もしながら、一風変わったディナーを楽しんでいた。ここで、汚い話をするが生理現象なので許していただきたい。突然の尿意に襲われたのだ!勿論、尿意自体は何も躊躇うこともないし、恥ずかしいものでもない。筆者には「トイレに行く姿を」店員さんに見られ、「こいつ、吐くんじゃね」と思われることがプライドとして許されなかった。
「犬は吠えてもキャラバンは進む」というアラブの俚諺があるが、「犬は吠えても尿意は増す」である。意を決してトイレに立つことにした。「涼しい顔をして席を立ち、できるだけ早くことを済ませ、ハンカチを手に涼しい顔でトイレから出てくる」という計画を練り、計画通りにプライドを傷をつけずに済んだ。

 登頂のその先

 「喫茶マウンテン」という名前から、完食することを「登頂」、食べ切れないことを「遭難」、帰宅することを「下山」というそうだ。
 無事トイレから戻った筆者はラストスパートをかけた。最後の1口は、生クリームをたっぷりと絡めたメロンスパであった。最後と1口はなぜか美味しかった。お話という「ビバーク」をしつつ、「登頂」できた。しかし、「登頂」の感激はさしてない。甘いものはしばらく食べたくないと思ったのものだ。
 かくして、会計を済ませて無事下山をする。胃袋に若干のムカムカを抱えて...。

 翌日譚

 こうしてルポタージュをまとめていると、なぜか「あの味」が恋しくなってきた。決して美味しいことはなかったが、なぜか食べたくなるあの味。今度は甘口バナナスパを頂こう。

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