バイト先の主婦

 僕は至って普通の飲食店でバイトしているのだが、そこに新しく入ってきた主婦がバイトを飛んでいた。聞いたことなかった。おそらく主婦で初なのではないだろうか。主婦の場合パートと言うのが正しいのかもしれないが、「飛ぶ」というワードと「パート」が共存することが稀有すぎて、思わずバイトという単語を使ってしまった。
 主婦というものは、すでに大人であると思っていた。子供もおり、社会的責任も増してくる立場のはずだ。その主婦がバイトを飛んだのだ。「飛ぶ」という行為なんて、大学生か、いい年して鳥人間に夢中になっている町工場の人間しかやらないと思っていた。意味がわからなかった。僕は顎を大きく開け、ルフィを見た時のエネルのように驚いた。
 店長は当然のように怒り狂っていた。その主婦に対して、「自分が入れたシフトには自分で責任を持つ、こんなこと当たり前だからな!当たり前だからな!」と怒鳴りつけており、僕は「逆加藤浩次?」と言いたくなるその気持ちをグッと堪え一部始終を見守っていた。
 その後その主婦は当然かのように辞めていった。その去り際、グループラインでやめることを伝える文中で、「自分でやって行きたい事を叶えるために退職を決めました。」と言っていた。最後まで大学生だった。その背中は、さながら鳥人間のように眩しかったと、一説には言われている。
 

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