元祖「推しカラー」のQUEENのアルバム
1982年5月21日はQUEENの10枚目のアルバム、「Hot Space(ホット・スペース)」がリリースされた日です。
今でこそこのアルバムは評価されてきていますが、当時このアルバムは酷評に次ぐ酷評だったんですよね。
このアルバムは初期のQUEENの楽曲が好きな人には受け入れがたいアルバムだったのかもしれません。
初期のQUEEN
初期のQUEENは、クラシックロックと呼ばれるゴージャスなサウンドで細部まで凝った曲が多いですよね。ボヘミアン・ラプソディなんかはその代表ですよね。
何重にも録音されたコーラスに加えて、ブライアン・メイのギターの音色だけでオーケストラを再現していた頃のアルバムはQUEENファンには非常に人気が高いです。
そんな初期のQUEENサウンドが好きなファンが、およよ??と思い始めるのが8枚目のアルバム「ザ・ゲーム」あたりからです。
あれほど「シンセサイザーを使っていません」と明記し、ブライアン・メイのギターにこだわっていたQUEENが、このアルバムからシンセサイザーを導入するのです。
そしてディスコやゲイクラブに足を運び出した、フレディとジョン(ジョンはディスコのみです)がブラック・ミュージックに触発されて、ディスコ調の曲をふんだんに盛り込んだのが、10枚目のこのアルバム「Hot Space(ホット・スペース)」なのです。
初期のQUEENサウンドが好きなファンが決定的に離れていったのが、このアルバムからだとも言われているんですよね。
ヒゲを生やしたフレディ・マーキュリー
更にファンが離れて行った大きな要因として、フレディの容姿もあるんですよね。
初期のヒラヒラした衣装を着た長髪のフレディが、ヒゲを生やしたオジサンに変貌するのが1980年に入ったあたりからなのです。このアルバムが出される2年前ですね。
私のように、フレディが亡くなってからQUEENのファンになった人は"ヒゲのフレディ"ありきのQUEENなので、なんの違和感もないのですけど、リアルタイムでファンだった人は突然のフレディのヒゲには驚きますよね。
特に日本ではアイドルのように扱われていたQUEENだったので、フレディの豹変ぶりにファンはついていけなかったのかもしれませんね。
フレディがヒゲを生やし始めた頃のツアーでは、ステージにたくさんのヒゲ剃りやカミソリが投げ込まれたそうです。
余談ですが、それまでのステージでは、女子中高生のファンが多かった日本ではぬいぐるみやファンレター、欧米では女性の下着が投げ込まれていたそうです。
フレディがヒゲを生やし始めると、ヒゲ剃りの他に男性用の夜のグッズも投げ込まれ始めたとかなかったとか…。
元祖推しカラーのアルバム
このアルバムのデザインはアートの勉強をしていたフレディが制作したのですが、これぞ"元祖推しカラー"ではないですか?
私、フレディ推しだから赤!
私は、ロジャーだから緑!
…なんつって。
ジャニーズやBTSの推しカラーの元祖はQUEENであった!という持論を無理やりタイトルに書いてみた。
…。
このアルバムには、デヴィッド・ボウイとのコラボ曲「Under Pressure(アンダー・プレッシャー) 」も入っているんですけど、残念ながらアルバムの評価はイマイチだったんですよね。
このアルバムHot Space(ホット・スペース)のツアーでは、フレディは観客に向かって
「俺たちはロックを忘れたわけじゃないんだぜー!!」
と叫んでいます。
ファンの反応にフレディも戸惑っていたのでしょうね。
ブライアン・メイはロック一筋だった
しかし、そんな中でキラリと光る曲があるのです。フレディとジョンがディスコ路線へ傾く中、ブライアン・メイだけはロック魂を貫き、彼の揺るぎない意志を感じる熱い曲がこちらです。
◆Put Out The Fire (プット・アウト・ザ・ファイヤー)
このアルバムにこの曲をねじ込むところがブライアン・メイなんだな、とホッとする曲です。
ディスコやブラック・ミュージックなんかになびかないぞ!というブライアン・メイの意気込みが感じられる、ゴリゴリのロックです。
ロック一筋のブライアン・メイ、かっこいいな。と思えるこんな曲です。
◆Put Out The Fire (QUEEN)