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きさらぎ駅

静岡県浜松市の遠州鉄道沿線に、「きさらぎ駅」という空想上の場所があるという。

きさらぎ駅の都市伝説がネット上で最初に語られたのは、2004年1月8日深夜のことである。始まりはインターネット掲示板・2ちゃんねるのオカルト超常現象板にあった実況形式スレッドに怪奇体験の相談を「はすみ(葉純)」と名乗る女性とみられる人物が投稿したことであった。
相談の内容は、

98:気のせいかも知れませんがよろしいですか?(2004/01/08 23:14:00)
101:先程から某私鉄に乗車しているのですが、様子がおかしいのです。(2004/01/08 23:18:00)

から始まるもので、新浜松駅から乗車した遠州鉄道の電車がいつもと違いなかなか停車する様子がなく、ようやく到着した駅が「きさらぎ駅」という名称の見知らぬ無人駅だったというものであった。以後翌日未明にかけて、投稿者「はすみ」とスレッド参加者との応答がリアルタイムで進行した。
投稿された相談内容によると、周囲は人家などが何もない山間の草原で、直前には実在しない「伊佐貫」と言う名称のトンネルを通ったと語っている。その後、不意に降り立った駅の周辺では奇妙な出来事が次々に起こり、携帯電話で助けを求めてもまったく取り合ってもらえなかったという。途方に暮れていたところに、たまたま通りかかった車に乗せてもらった車中でスレッドへの書き込みが途絶え、以後の消息が絶たれたことになっている。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2022年には映画『きさらぎ駅』が公開され、物語の舞台となった浜松市内を中心に、スマッシュヒットしたという。
Prime Videoで検索すると、会員向けに無料公開されている。今日は久しぶりに何の予定もないし、現役時代は日常的に遠鉄沿線をドライブしていた経験もある。観てみようかと食指しょくしが動いた。

もっとも、ホラー映画の主眼は観客を怖がらせることだから、人の心のひだにまで入り込む作品は『エクソシト』のような例外を除き、数少ない。
ビデオに映る古井戸から貞子が現れ、ブラウン管を通り抜け現実の世界へと現れるシーンが斬新だった『リング』、抜群の映像センスと絶妙なプロットで飽きさせない『呪怨』あたりが、日本ホラー映画のピークだった気がする。
『カメラを止めるな!』はよくできているが、あれをホラーとは呼ばんだろうし。僕が観ていないだけで、知られざる傑作はまだまだあるんだろうか。

『きさらぎ駅』は都市伝説をベースに創られていて、それにまつわる様々なエピソードが物語の展開の中に加味されている。
逆に言うと、ネット上でこれまで語られてきた噂話から大きく逸脱する展開は、許されないことに繋がっているのかもしれない。
制作側はその点を意識し、腐心したんじゃないだろうか。

自分で動画を撮るようになると、ストーリー展開よりもカメラワークやカラーグレーディング(色合いやトーンを微調整し、シーンの雰囲気や表現を変える技術)に意識が向かう。
あ、ここはジンバルだけじゃ弱いぞとか、このシーンは異界の色合いを強調しすぎて観にくくないか、とか。

何しろ遠州鉄道沿線の風景が楽しめるかと思ったら、「新浜松駅」以外は長野県上田市や群馬県安中市でロケしたものらしい。もうちょっと映してよと思ってしまった。

物語は大きく、過去と現在の二本立てになっている。
過去の方は、高校教師だった純子が残業で遅くなり、終電で帰途についていたが気がつくと辺りは昼間で、電車は遠州鉄道にないはずのトンネルを通過し、見知らぬ場所を走っていた、というもの。
そして現在、民俗学専攻の大学生・春奈が、純子が聞いた話と同じルートをなぞる事で「きさらぎ駅」に辿り着き、純子とは異なる行動を敢えて取ることで、ある目的を達成しようというものだ。

過去と現在、二つの「異界」の差異をどう表現するか。プロの映像の手法として、なるほどと思わされる。やっぱり現代いまの映画も、もっと観なくちゃと思った次第だ。

ラストを実に”映画らしい”締め方で終了し、エンディングロールが流れ始めるのだが、ここで映像を止めてはいけない。
最後の最後、更なるどんでん返しが待っている。実は伏線は劇中に張られていて、そのシーンゆえに消化不良感があったものを、ここで見事に解消してくれた。
その前に映像を止めちゃった人は、作品の意図の半分も押さえられずにいることになる。どうかエンディングロールの後を、観ていただきたい。

限られた予算と条件の中、制作サイドの意地を見せられた気がする。

イラスト hanami🛸|ω・)و

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