汚れた血
仕事でお付き合いあるIさんが、今年に入った辺りから元気がない。
約束の日時に伺えば、「今日の午後は急に帰られまして… 」と受付の人から申し訳なさそうに応対されたこともある。
「どうかされたんですか?」
尋ねても、「ええ、まぁ… 」と奥歯にものが挟まったような返事しか返ってこない。
年度が変わりちょうど二人きりになった時、「実は私、この4月から透析を受けることになったんですよ」とIさんが仰った。あぁ、それは大変ですね。
透析療法は、血液中の余分な水分や老廃物を人工的に取り除き、腎臓に代わって血液をきれいにする治療法だ。
Iさんが始める血液透析では、血液を血管からからだの外に一度取り出し、ダイアライザーと呼ばれる透析器(人工膜)を介して余分な水分や老廃物を取り除き、必要な物質を補充して、きれいになった血液を再び体内に戻す。
通院は週3回で、治療時間は1回あたり4〜5時間程度かかる。
Iさんのように再雇用の年齢の方であればまだしも、現役の勤め人となれば、仕事との兼ね合いや体力面から大変な負担と言える。
20代の頃、透析している人と面識があった。先方は現役サラリーマンだったが、顔色が不健康にどす黒く、一目で重い病気を患っているのがわかる。
これは長生きできないなと、そのとき不謹慎にも思った。透析と聞いて思い浮かぶのは、いまだに死期を予感させるあの方の面貌だ。
Iさんを拝見していても、とてもそんな風には見えない。
「お元気そうですけどね」
「自分でも自覚症状がなくって。病院の検診でeGFR値(腎臓が1分あたりどのくらいの量の血液をろ過し、尿をつくれるかの指標)が異常に高いと判定されて、『このままだと死にますよ』って言われちゃった」
つまり、ご自分ではさほど具合が悪いとは思っていなかったが、医者から言われて透析を始めることにしたわけだ。
Iさんのかかりつけ病院が、そうであるとは言わない。検査結果から透析の必要があると判断した担当医の、「良心」からの勧めであると信じたい。
何より、ご本人が決めたあとに他人が余計な情報を吹き込んでも、相手を不快にさせるだけだろう。だから、黙って聞くだけに終始した。
ただ、医者という(日本においては)政治や財界よりはるかに聖域化された職業にどれほどの闇が拡がっているか、想像してみるくらいはいいだろう。
政治家も医者も、同じ人間である。
政治家は汚い連中の掃きだめで、医者は清く正しい心の人たちの集団、なんて事はあり得ない。どちらの世界にも、光があれば闇もある。
それでも政治家は、特に与党ともなれば、悪事がばれてはつど叩かれる存在であり、一定程度の浄化作用は働いている。万全とは言えなくても、歯止めがまったく効かないわけではない。
一方で医療業界は、衆人環視の利かない専門分野になる。我々素人にとって、判断できる基準や材料など持てるはずもない。
外部からのチェックが入らない業界ほど、恐ろしいものはない。
たとえば血圧の基準ひとつ動かせば、今まで健康とされていた人をいきなり高血圧と判定することも可能なのだ。
血圧は基本的に、齢がいくほど上がっていく。一度でも高血圧の患者になってしまえば、あとは一生降圧剤の処方が可能になる仕組みだ。
Iさんが透析を始めて、半年近くが経過した。最近になって大きな変化があったが、ここで詳細には触れない。
もし仮に、僕自身が検査を受けて透析を勧められたとしたらどうだろう。
自分なりの答えは、出ているつもりだ。
イラスト Atelier hanami@はなのす
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