見出し画像

草月か ああソウゲツか 草月か

最近ハマっているのが、自宅で焼く鶏モモ肉のソテーだ。

レシピはこれ以上ないほど簡単だ。
鶏肉の皮に塩を振ったら、その皮を下にしてフライパンにそのまま載せる。
油は敷かない。
味付けはこれだけなので、僕の場合は「海の精」という、そこそこ良い塩を使っている。

ふつうなら下ごしらえとして、肉の厚みが均等になるよう包丁で部分的に切れ込みを入れて広げるが、それも一切しない。デコボコのまま焼く。
僕は電気コンロを使うが、目盛り最大「5」に対し、中の「3」で20~25分程度焼く。ガスの場合なら、けっこうな弱火にするだろう。

皮がパリパリに焦げ目のついたのを確認し、ひっくり返っす。この時も火加減は「3」のままだ。
フタをしてそこから10分、蒸らしながら焼いて完成。一口サイズに切れば、中までしっかり熱が通っているのを確認できる。

この時けっこうな肉汁にくじゅうが出ているから、しょう油やすったニンニクで味付けしたソースを、主菜にえるキャベツにかける。
もったいなくてついそうするのだが、鶏にまで味がしみてくるのは良し悪しである。ともかく塩だけで充分で、それ以上は余計な味付あじつけと感じてしまう。

鶏肉も以前に比べだいぶ高くなっているが、地元産の素材が一人前で400円前後だ。手の込んだ外食に数千円払っても、これだけの満足度が得られるかはなはだ疑問であり、個人的には大満足なのである。

「和食は引き算 、洋食は足し算」と昔からよく聞く。
和食は素材から苦味にがみやえぐみ、臭みなど余計な物を取り除き、素材が持つ旨さを際立たせ、その本来の味を楽しむ。
たとえば和食に欠かせない出汁だしは、出汁だしを取る、出汁だしを引くなどと表現する。
「取る」にしろ「引く」にしろ、その思考法は、たしかに引き算だ。

一方の洋食は、味付けやソースを楽しむ料理になる。世界各地の香辛料や調味料を混ぜ合わせて加えることから、「足し算の料理」といわれる。
現に代表的な洋食であるフランス料理は、ソースが命と言われる。料理自体が、ソースの芸術品となっているのだ。

西洋画の油絵や水彩画は、塗って重ねるいわゆる足していく技法になる。
これが日本画の墨絵では、余白が重要な意味を持ち、絵の対象物の本質を表現するのに必要なのはむしろ余自という、引き算の思想がつらぬかれる。

クロード・モネやエドガー・ドガは日本の浮世絵と出会い、西洋至上主義的だった画壇がだんの従来の絵画技法に、懐疑の念を生むことになる。
その疑いが広まるに従い、やがてピカソのキュビズムやシュルレアリズム、ミニマリズムまで繋がっていったと見る向きもある。

文学の世界で短歌は 31文字、俳句は 17文字 と世界で最も短い詩形であり、自分の想いを伝える言葉以外はそぎ落としていく。
日本伝統の武道、茶道、華道も同様であり、「引く」とは単なる算数の引き算ではない。余分なものを削ぎ落とし、本来の良さを引き出すという哲学が込められている。

ジョン・ケージ『4分33秒』は、一切の音の流れない無音の「音楽」だ。
ケージは鈴木大拙すずきたいせつぜん等の東洋思想に影響を受け、「音を音自身として解放する」「結果をあるがままに受け入れる」ことを目論もくろんだ。

ケージはハーバード大学の無響室を訪れた際のことを、こう述懐じゅっかいしている。「二つの音を聴いた。一つは高く、一つは低かった。エンジニアにそのことを話すと彼は、高いほうは神経系が働いている音で、低いほうは血液が流れている音だと語った」「私が死ぬまで音があるだろう。それらの音は私の死後も続くだろう。だから音楽の将来を恐れる必要はない」

ケージは偶然性の手法として、『4分33秒』の作曲(?)にタロットカードを使用した。
手作りのカードに時間を書き入れてシャッフルし、カードに書かれた沈黙の長さを足して、各楽章の長さを決定した。
結果的に第1楽章は30秒、第2楽章は2分23秒、第3楽章は1分40秒。合計時間が4分33秒になり、初演の楽譜が完成した。
ケージによれば、音がない点をのぞいては曲を作るのと同様に行い、積み上げていったら4分33秒になったと語っている。

なんで鶏もも肉の話が、いつの間にかジョン・ケージになってるんだろう?

脱線ついでに申せば、『4分33秒』には続編にあたる作品がある。
ケージが1962年に初めて来日した際に、同行していた一柳慧いちやなぎ としとオノ・ヨーコ(当時)夫妻のために、『0'00”(4分33秒第2番)』を作曲している。
この曲の楽譜には「最大限の増幅(フィードバックなしで)ができる状況で、よく鍛錬された行為を行うこと」という1行のみが書かれている。
初演は1962年10月24日、草月ホールでケージ自身によって行われ、ケージが紙に書く音が増幅されて、ノイズとして響いた。

20代の頃、関わっていたジャズ喫茶で小杉武久こすぎたけひさ(1938年3月24日 - 2018年10月12日)氏に何度もライブをして頂いた。小杉さんは、ケージと長く行動を共にされた方である。個人的に、過去最高の音楽体験だったと思っている。

演奏後、お酒を共にしながら聴いたケージの逸話。
「一緒に草月ホールでりましたねって彼に言ったら、『ああ、ソウゲツか』って日本語で即答したんですよ。ユーモアある人だったなぁ」

って、いま文字起こししてもちっとも面白くないのだが、当時はめちゃくちゃ感動したもんである。なんたって小杉さんの言葉は、当時の僕にとって神の啓示(ケージ)に等しかったもんだから。

いつか披露したいと思っていたので、せっかくだからこの場を借りて。

イラスト Atelier hanami@はなのす

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?