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相手もいろいろ

(前回の続き)
旅館に張り付いたままの業務係長Gから、Kという30代の女性を採用したと連絡を受ける。その電話をもらう前の日の朝、5歳の女の子連れで事務所にふらっと入って来たという。
箱根のこの界隈かいわいはワケありさんのメッカみたいな場所だから、ちょっと風変わりなシチュエーションであっても今さら驚かない。
契約先で所有するマンションの1室を借り、子供は保育園に預けて、さっそくKは旅館で働くようになった。

Kは、仕事のできる女性だったらしい。最初は部屋の片づけのみのはずが、人が足りない中番や洗い場など様々な仕事をフォローし、朝から晩まで働くようになった。
箱根の保育園というのは、ホテルや旅館に勤めるおや専門みたいなところだから融通ゆうづうく。会社はもちろん、シングルマザーのKも収入になって、お互いに助かる理想的な関係と言えた。

N所長もG係長も、Kが実に有能な女性であると賞賛を惜しまない。その割に不思議と、僕が彼女と会う機会は限られていた。たまに事務所で顔を合わせても、挨拶程度ですぐにN所長が現場に行かせてしまうのだ。

G係長も、褒める割にはKのことを口にしない。こちらとして有能な人物であれば然るべきポジションに置くことも考えたいのに、彼女に対してはその気がまるでないようだ。

しばらくしてG係長がNと付き合っていると、彼ときわめて近しい人物から情報が入る。
Gは妻帯者だが、もうだいぶ以前から奥さんとの関係は冷え込み、別居生活が続いていた。業務に支障が出ない限り、プライベートに口もはさみにくい。
現場で噂にならない限りは、静観の構えでいた。

すると今度は別ルートから、KがN所長とデキていると情報が入る。
んなバカな。仕事ができる分、職場に嫉妬しっとが生まれる土壌があるのかもしれない。ピカチュウことN所長など、奥さんのいる60近いオッサンである。倍近く齢の離れたKが相手に選ぶとは、とても思えない。

ところがまたまた違う人から、今度は洗い場のBさんがKと付き合っていると話が入る。二人が特定の目的を専門としたホテルから出てくるのを、目撃したというのだ。

以下は取引先の人なので真偽のほどは今も定かでないが、フロントの某氏ぼうし、事務所の某氏ぼうしとの関係まで、耳に入ってくるようになった。
それ、全部本当なら五股ごまたってことになるんですけど?

旅館側も絡むとなればさすがに放っておけなくなり、G係長にKとの関係を問いただす。付き合っているのは、本当なのか?
当人は肯定も否定もすることなく、「まぁ、プライベートのことだからさ」と含み笑いだ。
他の男との噂もあるけど?
するとG、鼻で笑いながら「そんなことあるはずないじゃん」
語るに落ちるとは、この事である。

N所長にも、同じように事の真偽を確かめる。
Kと付き合ってるって本当ですか?
「そんなこと、絶対にありません。誰がそんなデマ流してるんですか?」
話を総合すると、Kには五股ごまた疑惑まであるんですけど?
するとN所長、顔を真っ赤にして憤慨ふんがいし、
「そんなこと、(Kが)絶対するはずありません!」
わかりやすい反応だなぁ。自分が関係ないなら、ムキになる理由ないよね?

以下、洗い場のBさんにも確認し、同じような反応を得る。結論として彼らは、「オレ以外の男と付き合っているはずがない」と言外げんがいに交際を認めていたわけだ。
確信したのは、Kが男をコントロール下に置き、手玉に取るすべに異常にけているということだ。特異な才能と言っていい。

GとKの関係については、次の機会に回そうと思う。それはそれで長いドラマになるからだ。
K所長に関して言えば、その後さまざまな証言が噴出し始める。このおとっつぁん、よせばいいのに自分のお気に入りの従業員を引き連れ、夜は近所の居酒屋に入り浸っていた。その場で酔っぱらってはKと、聞くにえない痴態を演じていたらしい。

飲み屋には旅館の従業員だって客として通っているわけで、いずれ旅館のトップの耳にも醜態が伝わるわけである。
いくらプライベートとはいえ、責任者としての自覚の欠如はなはだしい。改まらなければ、配置転換を考えてもらいたい。

再度ご本人と面談しても、「身に覚えがない」の一点張りでらちが明かない。アンタ利用されてるだけだよと言っても通じない。
「天知る 地知る 我が知る」か。
みんな知っているのに、往生際が悪すぎるよ。これじゃあ夜逃げもするわけだ。

結局、後から契約した近くのホテルに異動させることになるのだが、ここはここでピカチュウのNさん、いろいろやらかすのだった。
ともかくキャラクターの濃い登場人物が多すぎて、全部書こうとすると飛び火しすぎて困る。
最後はNさん、Kに捨てられ奥さんと二人、寂しく箱根を後にしたのだった。気の毒なのは、まこと奥さんばかりなりである。
(次回に続く)

イラスト Atelier hanami@はなのす




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