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あうんの呼吸

一昨日のnoteで、「呼吸を合わせる」ことが人と人との関わりにおいて大事であると書いた。
類似の表現で「阿吽あうんの呼吸」がある。2人以上の人間が言葉を交わすことなく、行動を起こすタイミングや判断が息ぴったりに一致することを表した言葉だ。

むかし向田邦子脚本のテレビドラマで『あ・うん』というのが流行はやり、それをそのままに「あ・うんの呼吸」と思い込んでいた。
ワープロを使うようになると「阿吽あうん」と出てくるため、こんな漢字なんだと思いつつ、さしてその意味まで考えずにいた。

『阿吽の呼吸』は、サンスクリット語(古代インドから中国を経由して仏教とともに日本に伝わった古代語)に由来していると言われる。
サンスクリット語では「」が1文字目、「うん」が最後の文字であったため、物事の始まりと終わりや対比、対立などを象徴している。
口を開けて発声する「あ(阿)」と、口を閉じて発声する「うん(吽)」が組み合わされていることから、「呼気」と「吸気」を表してもいる。
これらのことから、対立した存在が息を合わせることを、『阿吽の呼吸』と呼ぶようになった。

阿吽で有名なのは、神社に鎮座ちんざし邪気をはらう狛犬だ。
狛犬の口の形をよく見ると、片方は口を開いていて、もう一方は口を閉じている。これは一方が「阿」、もう一方が「吽」の形になっている。
神社のように、神聖な祭祀さいしの入り口に設けられている狛犬は、「始まりと終わり=この宇宙のすべて」を意味する「阿吽」をふまえて作られている。

暦とならわし 2023.07.01


寺院の表門などで睨みを利かせている「仁王像」「金剛力士像」も、阿吽を表している。

向かって左側、口を開けて「あ」を表現するのが「阿像」、口を閉じて「うん」と表現するものが「吽像」。像の表情は、「あうん」の音を二体で表現している。

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阿吽あうんの呼吸」で仕事をするのは、“日本人の国民性”といっていい。
逆に言うと海外との取引でトラブルや不良品が発生する原因の大半は、「阿吽あうんの呼吸」を常識にした、日本人の仕事の仕方にあるといわれている。

筆者が日本に帰国した後に、中国から水筒を日本に輸入して販売する商社を支援したときの話である。
 その商社の社長は、筆者に次のように言ったのであった。「この水筒の印刷文字、ちょっと斜めに見えませんか。これだと不良品ですよね?」。この水筒はもともと無地であったが、この商社が別途オリジナルの印刷を中国のメーカーに依頼して作ったものだ。
 筆者が「確かにちょっと斜めですね。でも、どのくらい斜めだと不良品になるのですか? 印刷を依頼したときに、図面や仕様書は作らなかったのですか?」と聞いたところ、その返事は次のようなものであった。「日本で文字を印刷した水筒を作って、『これと同じものを作ってください』と依頼しました」。商社の社長は、“印刷がどのくらい斜めになると不良品になるか”という基準を作っていなかったのだ。
 この返答に対して、筆者が「印刷位置は必ずバラつくものです。バラつき範囲の基準がなければ、不良品とはいえないですね」と返したところ、その社長は「でも、このくらい斜めだとやっぱり不良品じゃないですか? 普通」と言うのであった……。
この商社にはエンジニアがいなかったため、そもそも“印刷位置のバラつき範囲を指定する”ということを知らなかったようだ。それにしても、水筒が返品されてしまった中国のメーカーも、基準がないのに不良品といわれてしまい、さぞ困惑したことであろう。

「あうんの呼吸」に頼る日本人の仕事のやり方 © ITmedia, Inc.

グローバル化したビジネス社会において、「阿吽あうんの呼吸」は好まざるものに見られているのかもしれない。日本の常識は世界の非常識とおっしゃった方がいるが、これなどその典型だろう。

以心伝心いしんでんしん」「つうと言えばかあ(ツーカー)」など、同じ意味合いの表現を、我々日本人は高次のコミュニケーション手段として使用してきた。
1979年に出版され、わが国でもベストセラーになった『ジャパン・アズ・ナンバーワン(米国の社会学者エズラ・ボーゲル著)』の時代、「阿吽あうんの呼吸」こそが世界を席捲せっけんしていたのではなかったか。

明日に続く

イラスト hanami🛸|ω・)و

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