問題を「超難題」にするも、味方にするも自分次第。

前置き
これは書き手が生きてきた中で勉強したこと、感じたことなどをひっくるめ、解釈したことに基づき、シェアしたいなと思って書き綴っている場所です。その中には…解釈違い、間違いももしかしたらあると思います。
全てが「正しい」かは置いておいて…こういう見方があるのだなという視点の一つとして捉えて頂けたら幸いです。
また間違いがありましたら教えて頂けたら嬉しいです。
よろしくお願い致します。

人間というものは…問題提起が上手なのかもしれなかった。
悩みを抱えていない人はほとんどいない。
人は何かしらの悩みを抱えて生きている。
人間関係?お金?
際たるものはそれだが……
ふと思った。
それを問題としているのは自分自身ではないのか、と。
他人から…他所から見たら大した問題ではないことを、問題たらしめているのは「自分」である。
それを大袈裟に…大事おおごとに。
してしまっているのは自分なのだとふと思ったのだ。

いつまで問題という…倒せない化け物みたいな…立ちはだかる大きな壁として認識するのだろう。
見方を変えれば、それはもしかしたら味方になるかもしれない。
寄り添ってくれる、お伽噺に出てくるような可愛らしい…ユニコーンだったりそういう想像しうるかわいらしいものにもできるかもしれない。

想像力が豊かであるからこそ…大問題として騒げるのかもしれなかった。
問題を問題として力を持たせてしまえる。
だがそれは裏を返せば…想像したものに力を持たせる力が強いという事なのでは。
日々悩み事を「悩み」に変えてしまっていることが出来るのならば、「幸せ」を現実に変える力だってもっている。
使い方を変えたら、きっと皆、それができるのだと書き手は思った。

何か参考になりましたら幸いです。

閲覧ありがとうございます。
皆様にもたくさんの幸せが訪れますように。
そして思わず笑える出来事が雪崩の如く訪れますように。

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