見出し画像

春に咲き行く師を弔う〜磯淵猛先生との思い出〜

こんにちは、ちなこです。

先日、紅茶の研究で名高い磯淵猛先生の訃報で紅茶界隈は激震が走ったと思います。数々の著書を手がけ、また、キリンビバレッジの「午後の紅茶」の開発チームの一員でもありました。紅茶を学ぶ方々は、必ずと言っていいほど磯淵先生の本を手に取ったことがあると思います。

私もその中の一人でした。最初に手にしたのは地元の本屋で大学時代。
その類稀なる文才にも、心を動かされました。
その時は内定も決まっていて、紅茶を取り扱う仕事でしたので、本に穴が空くほど沢山の著書を読んだのを覚えています。

2016年10月、社会人になって1年と半が過ぎた頃。
まだ若かった自分は何を差し出がましいことをしたのでしょうか、「磯淵さんにお話が聞きたい」と思い、神奈川県藤沢市のティー・イソブチカンパニー様へ駄目元でアポを取ったのです。
会社の方は、なんとか時間を開けて会議と会議の合間に面会するお時間を作ってくださいました。

珍しく10月の終わりに寒く、関東は雨と寒波に見舞われ、みんな軽めのコートを羽織っているのに自分だけかなり薄着で恥ずかしかったことも覚えております。

電車の乗り間違えでなんとか藤沢市についてた頃は13時少し前。
駅から歩いて5分ほどのところに磯淵先生がプロデュースする「紅茶専門店 ディンブラ」と「ティー・イソブチカンパニー」がありました。

まずはお店に入って名前をいい、すぐに磯淵先生は奥の事務所からいらっしゃいました。「愛知県だってね、遠くからわざわざありがとう。」そう最初にお声をかけていただきました。最初は店内で名刺交換をし、窓際の席で話す予定だったのですが、お店の盛況ぶりに声が届きづらく、事務所へと通していただきました。

お会いするにあたって、沢山の質問を書いてきた私。
職場ではチョコレートとスリランカの紅茶は相性がいいというが私の味覚が納得いかない、磯淵先生はどう思っているか、今の紅茶の日本人の認識と今後の発展の考えなど、沢山沢山メモをしてきた私。でも、ある一瞬、一言で私は完膚無きまでに頭が真っ白になってしまいました。

「君は紅茶が好きで、紅茶を売っている。
   では君は、紅茶を通して何がしたいのか。紅茶で何がしたいのか。

なにもかも、私の考えてきたことがとても小さく感じました。
そして莫大な羞恥心に襲われたことも鮮明に覚えています。
自分の考えてきた質問が、とても小さく、些細な問題に感じたのでした。

磯淵先生は淡々と語りました、インドの壮大な自然の力、マサラチャイとアイスと低脂肪乳との関係(事務所に通していただいた際、磯淵氏が直々に用意してくださいました)、スリランカの発展、それはもう、様々でした。ノートに書ききれないほど、磯淵氏は本当に淡々とその世界を私に「言葉というツール」だけで教えてくれました。

1時間の面会時間、この後はキリンビバレッジとの打ち合わせ。
最後に磯淵氏は言いました。

「どんな紅茶も50通りの味を出せるようになりなさい。美味しい紅茶の淹れ方が全てではない、ありとあらゆる淹れ方が存在する。飲んでもらいたい相手が[美味しい]と感じることが大切である。自分が淹れた紅茶を飲んで欲しい相手を思って淹れなさい。」

その時の言葉は覚えてても、実際にまだその時は、技術として「美味しい紅茶を淹れること」“だけ”を目指していたので実感が湧きませんでした。言葉だけ理解しただけの愚か者な自分にすぎませんでした。

画像3

[2016年10月28日 13:55 紅茶専門店 ディンブラにて]
写真:左)磯淵猛先生 右)ちなこ
その後は、ディンブラで遅めのランチをいただきました。野菜のスープカレー、かぼちゃのスコーン、キャンディを頼みました。

画像2

頭が真っ白、偉大な方に頂いた言葉、自分の稚拙さ、苛むさまざまな頭でぐるぐるしながらも、このスープカレーは温かく私を包み、「紅茶とスパイスって、こんなに合うんだ…。本でしか読んでいなかったな」

知識だけで頭でっかち、その知識も必ずしも正しいわけではない。もっと実践しなければならない。自分の味覚でいくらでも紅茶を飲んで、違いを当てができるほどになりたい、そう感じ、愛知県に戻ったことを覚えています。

それから半年以内に紅茶検定中上級合格、日本紅茶協会ティーアドバイザー合格を経て、会社を辞め、さまざまな茶園とシーズナルの飲み比べ、メーカーものの拘りへの追求、各地ティールームの記録など、「会社組織に縛られていてはできないこと」を沢山沢山経験しました。(会社はそのメーカーしか推さないから、必然的に他の美味し紅茶や茶園別の物を否定してしまうので)

今ではティーインストラクターの方に直々に教わり、また、「知識も実力も伴う」と言っていただけるほど、あの頃より紅茶の技術力はついたと実感はありますが、まだまだ先は長いと感じています。

実践に実践を重ねたら、今度は恥じないように、またひっそりとお店に行きたいなと思っていた矢先の出来事で大変ショックでした。

頂いた言葉を胸に、これからも紅茶の活動を行なっていきたいと思います。

紅茶で何をしたいか。私は紅茶は決して難しくないということと、紅茶とお菓子以外がどれだけ合うものか、美味しい紅茶は「どんなところが美味しい」か、そして「カメリアシネンシス」という一つの樹からさまざまな味になる不思議を伝えていきたいと思っています。

また、磯淵先生のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方にご愁傷申し上げます。本当に惜しい人を亡くしました。

この経験が私の紅茶人生に生かしていくことが、先生への弔いだと感じます。

今後もここに紅茶のこと、書き続けて行きたいと思います。
紅茶界の世代交代の時期だとも感じます。20年前はキャンセル待ちや抽選だったティーインストラクター研修の受講生も減り東京開催のみになり実際にプロになろうとする人は確実に減少傾向にあると多方面の話から見受けられます。しかし紅茶の輸入量はペットボトル飲料の原材料として増え続けています。決して紅茶が廃れたわけではありません。ただ簡易化された世の中になりつつあります。そこに否定はないものの、紅茶の道をあゆむ人間にとって「紅茶を淹れれること」はあって然るものだと思います。

磯淵先生が御逝去された今、私たちが先生の著書で感じたこと、「紅茶で何がしたいか」、その情熱を胸に秘めて歩んでいきたいです。

画像3


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?