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〈別世界〉を作る。

天気がいい。昨日はものすごく風が強かった。通りに出されているゴミ箱の蓋が飛んでいた。

オリーブの新緑が美しい。葉っぱが白く輝いている。

図書館のヤングアダルトのコーナーでしばらく思案したのだが、『アバラット』という分厚い本を借りてきた。

「子供だった私は、そんな物語世界から、退屈であたりまえの現実にとりこまれてしまわない方法を教わったんだ。」

著者のクライヴ・バーカーの言葉だ。アマゾンの「商品の説明」のところに、著者の長いインタビューが載っている。

「まったくの〈別世界〉を創作し、誰もが何度もそこを訪れるために本を開く、そんな物語世界を自分で作り出したい――私は自分の心の奥深くでひそかに誓ったんだ。」

なるほど~! そうだよな。

退屈で当たり前の現実世界、いつもの生活。そこに取り込まれてしまってはいけない。

僕は思うんだけど、一番こわいのは、この当たり前の生活ってやつだ。粘り強く、僕らをいつもどおりの場所へ引き戻す。

〈別世界〉を作ろう。生き延びるために〈別世界〉を作らなくては。

シダ植物がビルを覆ってしまうとか、パスタで出来た電車が通りを走っているとか、Midjourneyが作ってくれそうな華麗な異世界でももいいけど、僕はもっとひっそりとした〈別世界〉へ入っていきたい。

そうだ。正確には、ひっそりとした出入口がすきなのだ。それは僕らのいつもの退屈な日常生活のどこかにある。あのマクドナルドの隣の、ビルの地下へ降りる埃まみれの階段とか。

出入口はいつでも、どこか街の隅の、誰も気付かない隙間にひっそりとある。

大きなターミナル駅の、ごちゃごちゃと連結された商業施設のバックヤードが並ぶ通路。窓もなく、空調もあってないようなもので、飲食店の裏手にはビールの黄色いケースが並んでいる。アパレルショップのカート。白い長いタブリエのまま、壁に寄りかかってタバコを吸う人。

そこはどこかへ行くのに近道になる通路だったんだと思う。僕はその施設の宣伝部へ版下はんしたを運ぶ下っ端だった。アナログな時代だ。その通路のことは、誰か先輩に教えてもらったのだろうか?

裏の通路はどこも複雑だが、そこで働いている者にとっては、慣れた道だ。僕は明らかに不慣れで、それがバレてはいけないような気がしたのを覚えている。

〈別世界〉は闖入ちんにゅう者を許してくれるだろうか? いつもの退屈な生活へ戻れ、とかそういう野暮なことは誰も言わない。そこにじっとしていればいい。慌ててバタバタと歩いていってしまったりせずに。

で、〈別世界〉の創造の話をつづけよう。
やりかたは極めてシンプルで、誰か別の人物の視点になって世界を眺める。それだけだ。

「執筆に夢中になって別世界へ移る。この表現で興味深いのは「場所」にたとえることが自然に感じるという点です。」

『数学ガール』の結城浩さんの言葉だ。

別の場所。すきな言葉。ちょっとこわいけども。


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