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ケケケのトシロー 11 

ある日、やんちゃな兄ちゃんにボコボコにされたトシローはキダローと名乗る不思議な老人と出会う。キダローはトシローの弱気をけなすが、兄ちゃんのあまりの無法ぶりに立ち上がる。不思議な力を持つキダローとトシローは行動を共にすることにした。二人は空き倉庫であの兄ちゃんたちが一人の男から金を巻き上げようとしている現場に出くわし、キダローはケープと呪術を使いボス格の元ボクサーをゴキに変え、あっさりと葬った。他の兄ちゃんたちも成敗しようとするキダロー。トシローは悪人とはいえ、簡単に命を奪ったキダローを制した。

前回までのあらすじ


(本文約2600文字)

 俺はつぶれたゴキブリをじっと見る。普段、真由美が台所で『出た~Gや、G! あんた、はよ、何してんの! 早く』と言われたら、スリッパでパチンとするのは俺の役目だ。そしてティシュで後始末。そりゃ殺生は良くないけど、ゴキなら正直、罪悪感なんてわかない。

 けれどこのゴキは元プロボクサーのGだ。しかもササキという名前もついてたもと人間。ゴキにしか今は見えんけど、元人間。

「あかんで、キダローはん、人、一人、殺してしもたやんか」
「甘いの、お前は」
 キダローは俺に一瞥もくれず、最初に床に叩きつけ気絶している兄ちゃんにケープを掛ける。
「ノウマク…… マンダバザ…… ダンカン!! か!」
 ケープの下の兄ちゃんが一瞬でいなくなり、ケープは床にふわりとおちる。キダローがケープを引き上げると、小さめのゴキがやはり腹を見せている。こいつは完全にのびている。動かない。キダローは足を抱えて転がっているカズの兄ちゃんの側へ近づき、話しかけた。

「どや、痛いか?」
「ひぃ、なんで俺らをこんな目に…… 頼む、助けてくれ……」
 完全に怯えきっているカズは、痛むであろう右足を抱え丸くなったままキダローに懇願した。
「お前がトシローに同じことをした時、お前は許したか? してないやろ。お前は気が済むまで蹴り倒しとったやないか。あいつはお前が道を踏み外したらあかんと止めにはいったんやぞ。それやのに金を出さんと袋叩きにしたんや、お前は」
 キダローの声はとてつもなく冷たい。諭すのではなく、判決を下す地獄の判事のように。そしてその主文には最も重い刑が書かれている。

「待ってくれ、キダローはん。確かにこいつら悪い奴らや。そやけどな、ゴキにされたり、踏みつぶされるほど悪いかどうか、いや、警察につれていかれても、まさか死刑にはならんで」

「お前は何にもわかってない! 黙っとれ!」
 キダローは振り向きもせず言い放った。ケープを拡げカズの頭にかけようとする。
「助けて! すんません お願いです! ひぇ!」
 カズは這うようにして逃れようとする。キダローがケープをブンと唸らせカズにめがけて放つと、大きく拡がった投網のように逃げるカズを捕らえた。
「あかん! キダローあかん! やめろ」
 俺は気付くとキダローのケープを持つ手に必死でくらいついていた。
「離せ! なんで邪魔する」
「あかん、これ以上はやめてくれ、こいつは悪い奴や、けど、こいつにも嫁さんや小さい子供がおんねん。こいつがゴキになってしもたら、子供はゴキの子供やんか」 
 俺はキダローに呪文を唱えさせまいと必死でしがみつく。

「お前、こいつを許したれというんか?」
「あ、ああ、そうや」
 ケープの下でカズがぶるぶると震えているのがわかる。キダローが呪文を唱えればその瞬間、カズはゴキに変身や。もしあいつに意識があるのなら、6本の脚に赤茶けた自分の腹や翅を見て絶望するのだろう。

「トシロー、ええか、よう聞けよ。こいつらがゴキブリみたいなもんに変わったのには理由がある。これはな、あいつらの邪気が固まったもんや、そしてそうさせた悪霊をゴキブリの形にして閉じ込めたんや。だからこれを生かしておくわけにはいかん。虫のまま逃がしたら、悪霊はまた違う人間に取り付きよる」
 キダローは右手でケープの端をしっかりと握り、左の手は人差し指と中指を交差させて呪文を唱える準備をしているように見える。

「悪霊は退治してほしいよ、そやけどな、人間まで死んでしもたら、それはまた違うんちゃうか? あいつかて悪霊がついてるんやったら、悪霊だけやっつけたらええやんか。あのごつい兄ちゃんかて、もともとはチャンピオン目指してたやつやろ? ゴキブリで死ぬ必要がどこにあるねん!」
 
 俺はなぜこんなに必死でキダローを説得しようとしているのだろうか。

 キダローは暫く黙っていたが、ふぅーと一息はくと『わかった、ちょっと手を放せ』と言った。俺が手を離すと先ほどまでの恐ろしいほど殺気立った気配はなくなり、表情が幾分、爺さんに戻る。
「オンコロコロ……」
「え、やめて! あかん言うたやん!!」
「やかましい、ちゃうわ、心配すな。オンコロコロ……」
 そしてキダローはケープをもとのサイズに戻すと、カズは涙と鼻水と多分失禁したんであろう下半身はべとべとではあるが、人間のままそこに座っていた。
「兄ちゃん、大丈夫か」
 俺はカズに声を掛ける。
「す、すんまへん。僕が悪かったです……」そう言ってカズはまた泣き出した。なんや、こいつも泣き虫か、まあ、Gより泣き虫のほうが断然いい。

 キダローは若いほうの兄ちゃんが変身したGにもケープをかけ呪文を唱える。そうすると若い兄ちゃんも人間に戻った。しかし気は失ったままのようだ。キダローはもう一度ケープをかけ『オンサンマヤ……』と呪文を唱える。右手で十の字を描くようすると『ふん!』と気合をいれた。

「この兄ちゃんも助かるんでっか?」
「ああ、しかしキツイ……」キダローは少し苦しそうな表情をした。
「キダローはん、大丈夫でっか?」俺は少し心配になり顔を覗き込んだ。
「お前が助けろ言うからやろ…… 遊びとちゃうんや。わしも命がけやねんぞ……」
 
 遊びやない。
 それは俺もこんな光景を見てそんなことは思わない。

「おい、トシロー、この兄ちゃん…… カズ言うたかな、お前が面倒みいよ」
「へ? 面倒見る? なんで?」
「今日のところは足を治したったし、こいつもまだ怯えてる。つまり邪気は出てないから大丈夫や。しかしな、こいつの中にはまだ悪いのがおる。のびてた兄ちゃんの邪気はわしが飲んだから大丈夫やけど、わしはいっぺんに二人分も飲めん。だからお前が責任もって監督せぇ」
「まあ、俺が助けたってて、頼んだんやから、それくらいはしますけど……」
「しますけどって、なんやねん」
「もしかして、こいつ、また悪いの出てくる?」
「その時はお前が始末つけろ」
「どうやって?」
「お前にはもう、そのケープがあるやろ」
 
 俺は自分が纏っているケープを眺めた。今の時代にお目にかかることはめったに無いケープ。しかもこれは途轍もない力を持っているようだ。

 しかしその時の俺は、ケープも含めキダローが背負っている宿命や、俺がその中に足を踏み入れてしまっている事実に気付くことはなく、なんだか強くなったように勘違いをしていただけだった。

 
12へ続く


注 作品中に出てくる呪文のようなものは真言とは直接関係ありません。あくまでもフィクションです。



エンディング曲

NakamuraEmi 「かかってこいよ」



ケケケのトシロー 1
ケケケのトシロー 2
ケケケのトシロー 3
ケケケのトシロー 4
ケケケのトシロー 5
ケケケのトシロー 6
ケケケのトシロー 7
ケケケのトシロー 8
ケケケのトシロー 9
ケケケのトシロー  10


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