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ケケケのトシロー 1 

うだつのあがらないサラリーマン人生を終え、現在は時給1070円で働くトシロー。家族は妻と娘が二人。収入が減少してますます家庭の中での存在感をなくす一方で彼は小説家を目指すも、才能もなく日の目を見ることはない。正義感はあるけれど気が小さく言いたいことも言えず、腕っぷしは勿論、最弱。自分を、世の中を変えたいと思う彼の前に一人の風変わりな男が現れた。彼によってもたらされた能力はトシローを徐々に変えていく

(約2600文字)


「待ってくれ! あいつだけは助けてくれ! 頼む! あいつは何も関係がないんだ。頼む、本当に関係ないんだ」
 身動きできず、懇願するしかなかった。殴られ、腫れあがった目ではもはや男らや妻の姿さえはっきり見えない。俺の叫びと妻の悲鳴がコンクリートに響く。それに被せるような男らのあざ笑いが俺をめった刺しにしていく。

「あなた助けて、嫌、やめて、いや!」
 妻の叫びしか、もはや聞こえない。
「頼むから、助けて 頼むから」
「お前が悪いんだよ、お前が! ケケケ! 恨むんなら自分を恨みな……」
「まゆみーーーてないksddhじ」

「そうやな、あんたのせいやな」
 俺は突然の妻、真由美のホントのセリフに、驚いてパソコンのキーボードをいっぺんに押したようだ。
「あー、ビックリさせんといて」
「呼んでも、呼んでも返事ないし、あーまたかと思ったらやっぱり、しょーもない小説書いてたんやな。しかもなに? アタシ、殺されるの? あんた助けてくれへんねや……」
 真由美はろくろ首になったのかと思うくらい俺の肩越しに顔をつき出して、画面をのぞき込む。ワードを閉じようかと思ったときには真由美がすでにマウスのホイールを動かしていた。

「なんでアタシだけ殺すねん」
「いや、まだ死んでないよ。ここでやな、危機一髪、助けがバーンとくるねん」
「ふーん、助けね」
「そうそう」
「あんたは役にたってないわけや」
「いや、俺も殴られて、蹴られて、押さえつけられてやな、身動きとれず最愛の妻を助けることができない、絶対絶命の……」
「要は、あんたが助けるのと違うんやろ?」
「いや、それは主人公が……」
「あんたなあ、しょーもない小説でもな、書く文章にはその人の願望みたいなもんが現れんねん。アタシが酷い目にあうのはあんたの日頃の願望がでてんねん」
「いや、これはフィクションであってやね」
「それであんたがアタシを助けへんのも はよ死んだらええとか思ってるからやろ?」
 至近距離で真由美が俺をにらむ。そして口角を片方だけあげ、そのまま肩越しに顔が引っ込み視界から消える。こいつ、ほんまにろくろ首かも。

「いや、違うで、そんらころ……」俺は振り向き言いかけたが、仁王立ちの妻がトートバッグを目の前に突き出す。見下ろす視線の鋭さに呂律が回らず後半は口パクになっていたようだ。

「大根、1本買ってきて、税込み200円以下やで、ええな、いっちゃん(一番)安いの買ってくるんやで」
「ハイ!」元気のよい返事ができた。
 
 俺はトートバックと200円を握りしめ、玄関を飛び出した。
 アー怖っ! あーこわ! なぜか節をつけ口ずさみながらマンションの共用廊下を小走りにエレベーターまで急ぐ。ウチは10階建てマンションの6階。サラリーマン時代にかなり無理をして買ったのがあと5年でローンが終わる。定年退職して退職金は多少入ったものの、老後のことも不安だし、娘二人は独立しながらも、なぜかまだ結婚せず30代を各々楽しんでいる。嫁にいけばいったでそれまでだし、年金も二人暮らすのがやっとだろう。それなら頑張ってもう少しは働かないといけない。ということでアルバイト社員で薄給を頂く身分。贅沢もさせてもらえない。

 アーこわ! の何回目かでエレベーターの扉が開いた。お隣の北島さんの奥さんが降りてくる。真由美と仲が良く(以前パートで同じ職場にいたらしい)時々ウチにも上がり込んで喋っている。内容は聞かない。居合わせたとしても俺は挨拶だけしてわざとヘッドホンで二人に背を向けテレビを見てる。見ざる言わざる聞かざるを同一空間内で相手方にわかるようにアピールするのだ。従属の証を。

「あら、オオツカさん、こんにちは。今日はお休みなん?」
「ええ、そうです」
「どっか行きはるの?」
「ええ、ちょっと買い物に」
「まあ、優しいねぇ~いつもいつも」
「はは、そんなことないですよ」
 俺はエレベーターの扉が閉まらないように手で押さえながらそう言う。キコンキコンと音がなる。
「あ、うちの主人、出張でね、暇なんよ~。奥さんとこ、ちょっと夜に喋りに行っていい?」
「あ? ああ ああどうぞどうぞ。私は構いませんけど、真由美に訊いてみて下さい」
「いや、ほんま? ご主人がええよて言うてくれたって今から言うてくるわ」
 えええ、やめて、また、俺が怒られるやんか。『勝手に決めんといて』て、あ~もう待って~な、と北島さんの背中を追い、手を離したらエレベーターの扉は閉まり、無人で降りて行ってしまった。このままエレベーターを待っていると、玄関口から覗く真由美の怒りのレーザービームが飛んできそうなので、階段からそそくさと降りた。あー膝がカクカクする。

 マンションを出て近所のスーパーまでの5分ほどの道のりはもう何十年も歩いた。昔からの住まいと新しいマンションや建売の住人の変遷も大まかには記憶してる。挨拶程度しかしない、または全くしないにしても、この町の住人であるかないかは雰囲気でわかるものだ。だから俺はスーパーに着くまでに最低5回くらいは挨拶なり会釈をする羽目になる。それだけ地域の繋がりがまだ残る町であり、比較的治安も良いほうだと思う。

 あーこわ~♪ とオリジナルソングを口ずさみながら、スーパーの入り口に到着する。レジかごを1つ手にして青果売り場を目指そうとするとレジのところで何やら騒ぎが起こっていた。この店の店長が平身低頭の様子。その前にはやんちゃそうな兄ちゃんが上半身裸で息巻いていた。
「ようも恥かかしてくれたな、おっ? どこにあってん? おっ? お前なあ、はよ、警察よべや」

 俺はこの店でよく見かける同じ年恰好のおっさんに(名前は知らない)
「何があったんです?」と訊いてみる。

「万引きや、そやけどな、盗ってなかったんや、品物を持ってなかってん。それであの兄ちゃんのほうが警察呼べって息巻いてんねん」
「あちゃー、やってもうたんですか、そやけどあの兄ちゃん、あんまりこの店では見た事ないですよね」
「そうやな~、見たことないですなあ」
「あれちゃいますか? 誰かと組んで、万引きしたように見せかけといて、それで呼び止められたら盗んでないとかで、ほれ、あんなふうに恥かかされた~いうて、店から慰謝料巻き上げるとか……」
 
 俺はテレビで見てた万引きGメンの番組の聞きかじりの知識をおっさんに得意げに披露する。おっさんは苦笑いしながら視線が俺に向いていない。

「おう、ジジィ、誰の事いうてんねん!」
兄ちゃんの顔がさっきの真由美と同じように肩越しに至近距離にきてる。『アー終わった……』
膝がカクカクしてる。

 2へ続く


エンディング曲

NakamuraEmi 「Don't」



新連載、いよいよスタートです。週に1~2回のペースになるかと思います。宜しければご愛読ください。



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