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オリジナル短編小説 【スズランの物語〜花屋elfeeLPiaシリーズ38〜】

作:羽柴花蓮
ココナラ:https://coconala.com/users/3192051

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 ここに小さな花屋がある。花屋elfeeLPiaである。elfeelpiaとは妖精が感じられる場所という造語だ。だが、この花屋には代々、妖精が産まれる土地が地下に埋まっている。その存在をまだ店主、一樹は誰にも伝えていない。確実に継承者のみだけが知りうる場所なのだ。
今日も高校生になってアルバイトに昇格した向日葵と、その他純情カップル二組が寄っていた。
 向日葵がカップルの男どもを呼び出す。
「はい」
 二人の掌にスズランの鉢を載せる。
「ひまちゃん?」
 純が不思議そうに向日葵を見る。清人はさらに訳がわからない、と言った体である。
「知らないの? 今日はミュゲの日よ」
「ミュゲ?」
 さらに二人の頭には疑問符が飛び交う。
「昔、幼いフランスの王様がスズランをもらってそれから五月一日に宮廷の女性に贈るようになったのよ。向こうでは今はミュゲの日と言って男性から女性に贈る習慣があるの。スズランには『再び幸せが訪れる』という花言葉と『愛らしい、可愛い』って花言葉があるのよ。他にもあるけれど、男として、相手の幸せを願うのは当たり前でしょ?」
 向日葵が清人にそれもしらないの? とでも言わんばかりに言う。
「ひま、お前ねー。俺らが花言葉に疎い事ぐらいは知ってるだろ? いきなりミュゲの日なんて言われてもピンとこないんだよ」
 清人がスズランの鉢を向日葵に押しつける。向日葵の目が据わる。
「ふーん。そんな事していいんだー。紗世ちゃんにもっといい男見つけてあげようっと」
「おまっ・・・け・・・」
 賢太と言いかけてさらに向日葵の剣呑な目に思わず震え上がる。向日葵に告白して去って行った賢太と親友でその事を知っているが、箝口令が敷かれて未だ、言ったことはない。け、で終わる。向日葵がこの店の花の妖精に気に入られて跡継ぎに指名されているのは周知の事実である。下手なことをすればどんな報復がされるか、戦々恐々の清人なのだ。向日葵はそういう素振りを見せるものの、するわけがないのだが。妖精をそんな目的で使えば、あっという間に妖精達の信頼を落としてこの店にもいられなくなる。
 するわけないのに、と思いつつ、脅しには使っている向日葵である。
「あー。可愛い。スズランの鉢だ。どうしたの?」
 肝心の紗世がやってくる。
「あ。紗世。これ、やる。今日はミュゲの日なんだと。男から女に幸せを願って贈るらしい。だから・・・紗世にも、その・・・幸せになって欲しいから、やる」
「清人君・・・」
 紗世がびっくりしていると清人は鉢を向日葵から奪うと紗世に押しつけ、花屋の端っこに逃げる。
「いやー。年頃の男の子だねー」
「あ。店長」
 向日葵が一樹を見る。
「また、店長? いっちゃんでいいよ。店長なんてガラじゃない。高校卒業して従業員になったら店長、でいいよ」
「はぁい。ほら。純君も美夕ちゃんも贈らないと」
 背中を押す向日葵である。
「お代は?」
「私のお小遣いから出てるから出世払いでいいよ」
「これ、高くないよね?」
「高かったら私が買えていないから」
「そう。じゃ、美夕―」
 純がテラス席に走って行く。
「ほんと名前の通り、純情一本だねぇ」
 うんうん、と肯いていると足元に何かが触れた。
「ぎゃー、って。あやちゃん?」
「ひまー」
 一樹の一人娘彩花が向日葵の足にしがみついていた。幸い、仕事着なので中は見られないが、そういう問題ではない。
「あやちゃんも欲しいの? もうお嫁にいっちゃうの?」
 向日葵がしゃがみ込んで彩花にとんでもない事を吹き込むのを見て一樹が強奪する。
「あやはママの所。お嫁になんて出すわけがない! 萌衣さんー」
「あー。いっちゃん。焼き餅妬いてるー」
「いいの! 萌衣さーん」
「一樹さん。一体どうしたの? 顔が怖いわよ」
「ひまちゃんがあやにお嫁に行けと吹き込んでたんだよ。あやは嫁には出さないの!」
「あら。そんな事が。ああ。今日はミュゲの日ね。あやにスズランをくれる人はどんな人かしらねー。ねぇ。あやちゃん」
「もえさーん」
 一樹が恨めがましく妻の萌衣を見る。
「はいはい。パパはお仕事があるからあやちゃんは帰りましょ」
「ひーまー」
「ひまちゃんも仕事! めっ」
 一樹の発言で彩花が泣き出す。それを面白げに見る向日葵である。
「あーあ。嫌われちゃった。パパは大変ね。娘を持つと」
「ひまちゃん。他人事だと思っていると将来苦労するよ」
「将来?」
 向日葵がきょとん、とする。
「ひまちゃんだって、人の子だからね。け・・・いや、誰かと結婚して子供を育てるんだよ」
 思わず、賢太と言いかけて誰か、に言い換える。
「そんなのもっと後。さぁ。今日はスズランを売り込もうっと」
 向日葵はその辺にいる常連のところへとんで行く。その様子を純と美夕が見ていた。
「ひまちゃんのマル秘彼氏ってだれだろうね」
 美夕が言う。うん、と肯く純である。
「僕達にはまた幸せが来るのかなぁ? 僕、もう幸せだけど」
「来るよ。未来から、ね。さぁ。今日の課題でももう一つしておいで」
 一樹が言うと二人はまたテラス席に戻っていく。もう片方の組も紗世に引っ張られて清人が戻ってくる。
「ひまちゃん、スズランの花、売り込み中だけど店長さん、いいの?」
「ああ。あれがひまちゃんと常連さんの話なんだよ。その内、スズランに気に入られたお客さんが来るから」
「気に入られた? あ。桜子ちゃん、冬音ちゃん!」
 追求の手を逃れられてほっとする一樹である。事もあろうにか妖精に魅入られた客が来ると言いかけた。向日葵にバレたらこれ幸いと逆襲を受けるところだ。助かったお礼に冬音と桜子にもスズランの鉢を渡そうと思う一樹である。
 そんな中、気弱そうな男がやってきた。しめしめ、と一樹は見る。向日葵は、と言うとすでにロックオンしている。流石は妖精に認められた娘だ。あっという間に妖精が着いたことを発見したらしい。
「お兄さん、こんにちは。なにかご用ですか?」
「あ。ええと、花を贈ろうと思って」
 ひっかった、と向日葵はほくほく、である。
「どういうお相手ですか? 女性でしょうか。男性でしょうか。あ。プライバシーに関わることなので特に言う必要はありません。ただ、贈り方も変わってきますから」
「そうなの?」
 五月の陽気にあてられて男性は汗を思いっきりかいている。
「とりあえず、お水でも飲みますか? 外は暑いでですから」
「ありがとう」
 弱々しい男性はにこっと小さな笑みをみせる。それなりに顔はイケてるようだ。ただ、性格が邪魔をして表情からは覇気が落ちているように見えるのだ。
「はい。紙コップですみません」
「いいよ。ありがとう。おすすめの花はあるの?」
 紙コップの水を一気に飲むと男性は言う。
「愛を告白するなら薔薇が一番ですが、今日は特別な日なんです。五月一日はミュゲの日といって男性から女性にスズランを贈る風習がヨーロッパにはあるんです。お兄さんも薔薇よりもまだ値の低いスズランの鉢を贈られてはどうですか?」
 向日葵はにこやかに勧めているが、その実は、買え、である。常連客は今のやりとりでスズランの精が男性の肩に乗ったと知って静かに聞き耳を立てている。
「そうだね。そんな特別な日ならスズランを頂くよ。お会計は? あと、会社やカフェで渡すのは少し恥ずかしいから勧めてくれた君を立会人にしていい?」
 向日葵はぎょっ、としている。弱気にも程がある。純情すぎて倒れた男性客はいるが、恥ずかしいからここでというははじめてだ。普通、もっといいところで渡せばいいのに。大人なんだから、と言うのが向日葵の感想である。
「いいですけれど、彼女さんはここを知っていますか?」
「あ。彼女、花屋が好きだから、花屋へ行こうって言えば承諾してくれるよ。夕方になれば仕事が終わるからまた来るね。お会計だけ済ませておくよ」
 なんだか、さっきの弱々しい男性という感想がちゃっかりとしている、に変わりつつある向日葵である。
「じゃ、ちゃんと、また来て下さいねー」
 花屋を後にする男性に手を振る向日葵である。他の面々は面白そうなものがみれそうだ、と顔に書いてある。
「みんなは高校生だから門限破りだめー」
「そんなに遅い時間?」
 紗世が聞く。
「じゃないと思うけれど鈴なりの観客がいればおにーさん、緊張して渡せもしないわよ」
 いや、と清人が言う。
「あいつは結構土壇場に強いんじゃないか? 水一杯飲むだけであそこまで開き直れるんだから」
 それもそうね、と女性的な言葉使いになりつつある向日葵は思う。
「じゃ、隠れてみてよ」
「はぁい」
 未来の王妃決定の冬音まで返事しているのを見て呆れる向日葵である。
「冬音ちゃん。好奇心は節度を失うわよ。気品一番でしょ?」
「まだ、三年近くある物。たまには楽しい方がいいわ」
「はいはい。みんな、おにーさんが戻るまで課題の予習復習。私は店の仕事をするわ。これじゃ、ぼったくりだもの」
「ひまちゃんも休憩していいんだよ。いくら花の仕事が楽しくても学業も大事にしないと」
「はぁい」
 不承不承返事する向日葵を常連客が笑ってみている。
「子犬おにーさん。笑ってないで助けてー」
「まぁ。いいじゃないか。勉強も。商売には必要な事はたくさんあるよ」
「もうっ」
 頬を膨らませて自分の鞄をテラス席に持っていく向日葵であった。

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