オリジナル短編小説 【星月夜〜季語シリーズ23〜】
作:羽柴花蓮
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日本には伝統的な歌の文化がある。和歌、短歌、俳句など。数えていればきりがない。その中で俳句は短い十七音の中に季語と呼ばれる季節の言葉をいれねばならない。その季語は時に忘れられ、時に書き加えられ、歳時記という書物に連綿と続いてきた。そんな季語の織りなす物語である
星月夜。秋の季語である。よく晴れた秋の夜は空が澄み、星が美しい。それに加えて新月の夜の星の輝きを称えて星月夜と言う。月といえば秋という具合に星や月は秋の季語となっている例が多い。
美月はコンビニからの帰りに夜空を見上げた。今日は新月。一際、星が輝いて見える。上を見て歩いていると美月は何かにつまずいた。
ヤバい!
思っても両手が塞がって止めようがない。が、顔面強打せずに済んだ。
??
どういうこと?
美月には状況が理解できなかった。そこへ声が降ってきた。間一髪のところで助かった。
「重いんだけど?」
「磨弓ちゃん」
「だから。ちゃんづけやめてよね」
いささかおねぇっぽい声で磨弓は言う。流石、男子だけあってその力は素晴らしい。
「一人で長考やめてよ。重いんだってば」
「あ。ごめん」
手を借りて起き上がる。顔はいいんだけどなー。幼馴染みの顔を見る。
「なに? また、女の子みたいって?」
磨弓は姉が三人も上にいるため、どうしても女の子っぽい言動になる。それでいじめられていたのを助けたのが幼馴染みの美月であった。以来、腐れ縁である。
「それはいつものことよ。磨弓もやるじゃない、って感心してたのよ。力はいっぱしの男の子だってね」
失礼ね、と姉の口癖が出る磨弓である。
「それよか。空、見て。綺麗なお星様」
美月が言う。磨弓も見上げる。新月の暗闇の中、星々は一層輝いて見える。
「こんな綺麗な夜空、将来、誰と見上げるのかな」
美月はぽつり、と言う。すると突然、磨弓が美月の両肩を摑んで、揺り動かす。
「あんた。どこの誰に惚れたのよ!」
「って。まだ、いないけど?」
なんだ、と磨弓は安堵のため息をつく。
「って・・・。えー! まさか・・・」
「そのまさかよ。あたしはあんたが好きなのよ」
「どひゃー」
近頃の若者では使わない驚きの言葉を発する美月である。
「どひゃーっ、て何時代の言葉?」
「知らない。勝手に出た。それよりも、私は磨弓なんてごめんですからね。惚れて欲しかったらいっぱしの男になるのね。お姉ちゃん大好き弟から卒業して。じゃ、助けてくれてありがとう。お休み」
「お休みって・・・」
見事玉砕した磨弓であった。その側からいいえ、と顔をあげる。
「みてなさい。いい男になるわ、・・・じゃくて、なるぞ」
この日から磨弓の男化計画は発動したのだった。
磨弓の言動は女性に近いが、部活動は立派に剣道部である。そこでは男全開でやっている。普段の磨弓を知れば皆、びっくりするだろう。
「この状態で会えばいいのよ、じゃなくて、いいんだ」
「何、ぶつくさ言ってるんだ」
主将の秋良が言う。
「秋良。聞いてよ。あの美月に振られたの」
剣道部で唯一、普段の磨弓を知っている秋良に言う。
「そうか」
勝手に納得している秋良に鬼気迫る勢いの磨弓である。
「美月がいっぱしの男になってくれたら考えるって言われたのよ」
「剣道部では男だが?」
「そうなのよ、って。この言葉使いがだめなのよ。直らないのー」
「そりゃ、遺伝子に組み込まれてるからなぁ」
「なぁ、じゃだめなのよ。姉から卒業しなきゃ、じゃなくて、しないと」
俺は、と秋良は言う。
「いつも通りの磨弓でいいと思うが? それを受け入れられない女なんて捨てろ」
「捨てられる物ならさっさと捨ててるわよ。幼馴染みでずっと美月しか見てなかったんだから。私の愛は美月だけにあるのよ」
それを聞いて、うーん、とうなる秋良である。
「一度、剣道部に呼べばいいんじゃないか?」
「無理無理。帰宅部で服屋渡り歩いて青春謳歌してるもの」
それだ! と秋良は言う。
「男らしい格好すれば言動も変わるんじゃないか?」
「服なんて持ってないよ」
お? と秋良が見る。
「今、一瞬男化したぞ」
「え? ホント?」
「あとは見た目と言動だ。形から入ればなんとかなるかもしれない。よし、来週の練習試合の後、ショッピングモールへ行くぞ」
「試合のあと~? だるい~」
「美月を諦めるのか?」
「それだけは、い・や」
「だろう? じゃ、決まりな。じゃ、俺、彼女待たせてるから、帰る」
そう言ってイケメンの主将は帰っていく。くやしいぃーとハンカチを噛みそうになってそれは女性のヒステリー的な行動だと思い出してこらえる磨弓である。まるで、某歌劇団のように女性の仕草をマスターしている磨弓であった。
女が男になれる。ならば男が男になるのもできる。そうよ。あたしは、あの夕日に向かって誓うんだわ。男になるって。
すでにその口調が女化してるのだが、そうと気づかない磨弓である。それをそっと見ている女子がいた。美月である。昨夜、ああも言ったがやはり幼馴染みである、剣道部では男となっているぐらいは当然知っている。その後をどうするかが気になっていたのだ。
「服屋渡り歩いて青春謳歌、ね。言ってくれるじゃないの。私だって彼氏欲しくてがまんしてるんだからね」
磨弓が帰っていく背中に向かってつぶやく。彼氏は、やはり、磨弓しか考えられなかった。だが、あのお姉ちゃん大好き、いつも一緒が気に入らないのだ。私を見て、と言いたかった。姉になりたい、とすら思ったこともある。
そういうことで、実際には両思いなのだが、意地を張って言えないのだ。先に告白されたメンツもある。そうそう、簡単にあの家系にはいるつもりはなかった。私だけの磨弓にしたかった。ミイラ取りがミイラになる、とはこのことだろうか。失恋に似た感情を美月はもう持っていた。
その次の日曜日、練習試合が行われた。応援に行くなんて柄じゃないが、服装を変えるというのが気にかかった。そっと後を追う。どこかのテレビドラマのようで美月は浮いたような気分だった。磨弓は副大将だ。下っ端が次々に手打ちにあうのに磨弓はそれらの相手をあっという間に勝ち抜いていた。ついに、大将との対戦だ。勝負は双方、間合いを取り合ったままの長期戦だった。緊迫感が会場を包む。しん、とした静寂の中で竹刀の音がぱしん、と突如鳴った。磨弓の声が響く、面を一本を入れていた。
勝った!
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