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ふたりで木々を


ふたりで木々を
/平方イコルスン


 デザイン性の高い手書き文字、線描と黒ベタによる平坦でいて濃ゆい空間表現、止め処無く溢れ出してくる天才的な会話劇のセンス……『成程』や『スペシャル』などの孤高の怪作を送り出し続けている異才、平方イコルスンの最新作。

 非常識系対話型ショートショート作品集、とでも呼べばいいのだろうか。基本的には制服を着た女子高生達(とも限らないけれど)が、特定の話題についてだらだらと「下らない」お喋りをしてるだけである。ただしそのお喋りの内容がどれもこれも奇天烈で、普通の人間では到底思い付かないような独特のフレーズやら着想やらを次々とバリエーション豊かに繰り出しながら、僕達の常識からずるずると斜め方向へ逸れていく個性的な作品集なのだ。

 何事かに対して彼女達は非常に反応する。非常に拘って、非常に警戒して、非常な対策をして、非常な行動をして、非常な結論へと到る。非常な理屈をポンポンと強引に積み上げ、何らかの筋道立った納得へと無理矢理に辿り着こうとする。そんな彼女達の極端過ぎる思考回路は、僕達からすれば異常な妄言にしか思われない。けれど僕達の戸惑いや違和感なんか全部強引に押し切ってしまうように、彼女達は流暢でテンポの良いお喋りをただ臆面もなくだらだらと続けるのである。そうだ、彼女達の会話は内容は無茶苦茶ながらもちゃんと成り立っている。ただ読者が追い付けないだけで、彼女達はごく平然と、滑らかに、等身大の「下らない」お喋りをしているだけなのだ。

 読者の理解を置き去りにして「非常」な対話だけが気持ちいいぐらいスムーズに進行していく。そのギャップは一面ではシュールなコメディでもあり、そして一面では緊張感に満ちたホラーですらある。なんせ理解が追い付かない僕達には、彼女達の対話が穏便に終わるか、或いは無惨に決裂するか、最後まで全然予想がつかないのだから。僕達はその「非常」な世界の「非常」なコミュニケーションから完全に部外者であって、いつどんな切っ掛けでその荒唐無稽な「非常」が致命的な爆発を起こすか知る術もない。そして、作者の匙加減次第で、致命的な爆発は本当に起こり得てしまうのだ。

 読者と作品のコミュニケーションを敢えて危うくすることで産み出される、異常で「非常」な世界の不安でざらついた手触り。パラノイアな日常を過ごす女子高生達の、何てことのない、ちょっと滑稽で、でも絶対に油断してはならない青春の記録である。

★★★★★★★★☆☆
●9784592712350 白泉社


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