見出し画像

invisible holidays(2020.05.11~05.20)


 2020年5月11日

 雪山。スキー場だと思う。乗れ、乗れ、とおじさんに煽られて青色のシャッターの縁に立ったら私の足元が上昇し始めて危うく飛び降りた。そのまま乗ってたら四つ七つだよ、とおじさんは言う。天井に挟まれて折り殺されていたという意味だろう。危ない。シャッターのなかにはトラックがあって、私達はその荷台に乗って帰るようだ。旅館の玄関先で同級生達と何か話をした。探偵はサンダルで雪山に遣ってきた。帰りの雪靴がないので何処かに泊まって帰るそうだ。daniが神経を病んでしまったのでTwitterアンストさせた。神経質な人間がSNSなんて遣るべきではない。勿論、私は自分を全力で棚に上げるけれど。代わりにメモ帳に日記を残すことにした。Wikipediaのノーベル化学賞一覧を上から順番に読んでいくことにした。因みに物理学賞は2000代まで読み通してある。文系にはつくづく意味不明な記号の羅列だけど、暇潰しとしては上等な類いだろう。この機会に新作を書き始めた。富士山の話、或いは、梅の話。滑り出しは、我ながら上々だと思う。生中華ふう麺を勢いで三玉全部戻してしまった。想像以上に凄まじい量で咄嗟に絶望した。しかも用意したお湯が明らかに足りなかったので、水で冷やして、そこにスープを直接ぶっ掛けて冷やしラーメンにしてみる。何とか食べられる、と思う。量が多過ぎるけれど。ついでレタスを一玉丸ごと裂いてしまったものだから、食べても食べても全く終わらない。仕方なくどちらも冷蔵庫に入れた。冷蔵庫に入れると、存在を丸ごと忘れてしまうから明日は気を付けなくては。今日は暑かった。昨日お腹を壊したので厚着で出掛けたら汗で酷いことになった。喉が乾いて夜中に近所の自販機に行ったら虫が寄り始めている。随分夏っぽくなってきた。仮眠を挟んだとはいえ五時間睡眠。


 2020年5月12日

 秋葉原に「女の子」達が戻ってきた。不健全と紙一重の賑やかさが狭い通りに咲き始める。私には、死ぬまで関係のないことだと思うけれど。秋葉原アトレの店舗も一部再開していた。秋葉原には不健全に活気があって然るべきなのだと思う。赤羽で途中下車した。Live映像で観たサカナクションの、目が明く藍色、が聴きたくなってBOOKOFFでアルバムを探すことにした。赤羽の風俗街も明かりが絶えて陰気だ。街の明かりは控えめなのに、駅前の公園には私達には得体の知れない沢山の人影が、行き場を失ったように屯している。赤羽は私の範疇から何かが飛び出しているので薄ら怖い。随分と久しい赤羽のBOOKOFFで、サカナクションのkikUUikiを発見。それからHowlin' WolfとAlice Cooperも買った。激しい眠気で倒れるように寝落ちたら、頭が痛くて全身筋肉痛になる。今日は疲れが抜けないので執筆は諦める。冷蔵庫に残しておいたレタスはまだ食べられた。生中華ふう麺は、乾いてかさかさになっていた。適当に水で湿らせて戻してみたけど、スープを完全に吸い込んだ麺が汚い灰色に濁ってしまって余りに不味くて食べられない。未知の料理。結局捨ててしまった。案の定、胃腸の具合を崩した。積本の整理も始めたけど余計に散らかるばかり。蒸し暑い。視界の隅に虫が飛んで横切る。私達はとても古い絵物語を掲載した書籍を見ている。再版されたものらしくて編集者の注釈すらも全て判子である。合戦の様子を描いているらしい。攻勢だった側の頭領が、相手側の頭領に何か重要な印鑑を渡して引き分け扱いに落ち着いたようだ。こういう古い絵物語っていいよね、と、私達は次の書籍を開いた。笠を被った複数の子供達が、竹の棒のようなものを使って、独特な小さな舟に乗って女性を取り囲んでいる。彼等は女性を捕まえ、一人減り、二人減るに合わせてどんどん小さくなる籠に閉じ籠めていく。女性は水中に没して無理矢理狭い籠のなかに押し込まれて、最早生きているようには思えない。むしろ子供達は籠を圧縮して、殺すどころか、人間を水中で潰したら何が起こるか試そうとしているようだ。私達の直ぐ傍の水場でも、女性が同じように子供達に捕まって籠に丸め込まれた。水に浸けたまま果実でも搾るように圧縮し始めて、結果を確かめてみろ、とでもいうように、私に「それ」を付き出してくる。相方が先に動いてくれたお陰で水死体を直接観ることはなかったけれど、その頭が私の手の甲に乗っかって引っ張り出せない。生暖かい重さから私は逃れられない。


 2020年5月13日

 その演劇は、何かの文言を猛々しく絶叫しながらみんなで舞台の正面に並ぶというものだった。私は十字架か槍か、或いは旗のようなものを担当していた。私は旗の装飾を任されてしまった。旗は何マスかに分かれていて、テーマ毎にそれに相応しい場面を描かねばならない。なんと猶予が一日で、絵心のない私は半分までしか用意出来なかった。至急みんなで集まって何を描くか相談した。最終的に、機械でイラストを調整出来るシステムを誰かが導入して無理矢理間に合わせた。私の下手くそな絵に駄目出しも喰らった。私は何処かの公園でスマホをなくして延々と探し回った。そうか、眼を覚ませばいいのだ。私は旗の夢に関する注釈を後からでっち上げて、そっくり忘れて、またでっち上げる。背中の痛みが限界を迎えたので、銭湯に行くことにした。「腹を出せ」という結論を得た。銭湯上がりはつくづく頭痛と眠気が酷い。コンビニで仕入れるのは不本意だけど、五百円ぐらいの日本酒の300ml瓶を一つ買ってしまった。特別純米酒で一ノ蔵。宮城だ。冷えてるうちに舐めてみた。冷えてるからほんの浅い苦味がすっと抜けて、微かな酒気を舌に残すだけで、すっきりしている。割合呑みやすい。でも油断すると初手から煽り過ぎて酔ってしまう。常温になるとどうだろう。何か、うっかり忘れてる気がする。寝床で眠気にうとうとしながら、何を忘れてるのか思い出そうとしたけれど、無理だった。うとうとしたら眠気が飛んだので積本の片付けを再開した。やっと整理の終わりに見通しが付いた気がする。ついでに別の小説を書き始めた。あっちが梅で、こっちは欅。筆が噛み合うほうから少しずつ進めていこう。


 2020年5月14日

 概ね忘れた。波瀾万丈だったと思う。右耳が痛い。首を痛めたのか、何か喉が腫れたような鋭い痛みが間欠的に響いて、物を飲み込むのも苦しい。痛みの震源地は頭の天辺からちょっと右下に降ろしたあたりである。この手の痛みの対処法を私は知らない。喉を抉るような強い痛みが走ると意識がクラっとする。そうでなくても肩凝りが凄まじくて、胸から上部が石化したよつに固まって手も出せないのだ。文字通り、息も絶え絶えである。七連休に比べて仕事の疲れが祟って不調が骨の髄に響く。耳から血が出る、なんて冗談を軽々しく吐くべきではなかったのだ。ドライフルーツを補充。白米と惣菜買って、日本酒舐めながら夕飯。常温でも抜けが早くて、でも舌に酒気が残る。呑みやすい。先日忘れていた何かを奇跡的に思い出した。そして見事に忘れた。どうにも脚が痒い。もう一度思い出した。体重計だ。昨日、私は銭湯で体重計に乗った。七連休でどれだけ痩せてるか心配だったけど、殆んど変わらなかったのだ。それだけのこと。でも一番健康だった高校時代にはまだ遠く及ばない。干リンゴとバッファロー・トレース。微妙に噛み合わぬ。バーボンには結局何が噛み合うんだろう? 干リンゴならまだボウモア12年のほうが適切。ボウモア12年、この鼻に抜ける磯臭さは慣れるのに時間が掛かりそう。アルコールでも喉がズキッと痛む。神経か筋肉の痛みだと思ってたけど、本当に喉が炎症でも起こしてるのかもしれない。冬のうちは、体調は散々だったけれど、眠れなくて健康を損なうほど過剰に首を痛めはしなかったはずだ。これも季節病なんだろうか。パイナップルはどちらでもいける。パイナップルは悪魔の果実。夜が蒸し暑い。右耳が痛い。


 2020年5月15日

 あれが私の職場でも発生してしまった、と同僚さんに教えられて、私はゾッとした。私だけ知らなかったのだ。これは流石に余りにも縁起の悪い嘘である。地元の御近所さんが大掛かりな改築をして、足場の骨組みが道路にはみ出して、古い倉庫がショベルカーで破壊されていた。危険な黒色の塊が空から落ちてきたりもした。部屋は酷く寒い。今日もまだ喉が腫れたように痛む。でも首にサポーターを巻きまくって寝たお陰で、寝起きの調子は幾分マシだった。マスクの紐で両耳が痛い。一刻も早くマスクの要らない生活に戻りたい。御昼に外食に出たら、如何にも不安を煽り立てるようなワイドショーが流れていた。ワイドショーなんて、私が今一番嫌いなものの一つである。私はNirvanaで耳を塞いで自分に引き籠る。帰り際に秋葉原アトレの成城石井にふらっと立ち寄ったら、酒類が想像以上に充実していて驚いた。少量瓶も幾つか種類がある。このお店を攻略した頃には私もそこそこの玄人になっているだろう。明らかに身の丈に合わないウイスキー買ってレジに並んだ。ああ、生きてるって感じ、ってなった。フリーターの分際で散財で生を謳歌するのは最悪の所業ではある。散々悩んでシーバス・リーガル ミズナラ12年を選んだ。クーベルチュール スペリオール チョコレート(エクアドル産カカオマス79%)も合わせて購入。ずっと瓶から直舐めで遣ってきたのだけど、流石に品がないと思う。ロックに挑戦してみたいのだ。けれど部屋にはロック・グラスに相当するコップが一つもない。ホームセンターに行けば何かはあるのだろうけど、短縮営業のせいでなかなか寄れないのだ。上野駅前の丸井のニトリは安定で閉まっていた。折角途中下車したので、上野の海老吟醸というラーメン屋に寄る。御馳走様でした。更に上野駅のTHE GARDENで更なる散財。牛タンチップ、生チーズのチーザ チェダーチーズ、おいしい砂肝スパイス焼、ミモレット チーズチップス。休日部屋に籠れるように備蓄を貯めているのだけど、ストレス解消の方法が散財という性格は宜しくない、つくづく宜しくない。シーバス・リーガル ミズナラ12年。妬けが長い。一押しどころか、二押しぐらい伸びる。舌には確かな痛みを残しつつ比較的優しくて、ピートの風味も穏やかで滑らかだけど、そこから喉に、食道に、追撃のような強い押しがある。そこまで鼻には抜けない。手堅い。呑みやすいし、舌や鼻に刺激が強過ぎないのでクーベルチュールとの相性もいい。もしかしてこれ、歴代で一番私と相性が良いスコッチなのでは? これと呑み比べるとボウモア12年の舌に苦々しい強烈な「磯臭さ」に改めて驚く。一瞬で部屋のなかがごつごつした磯辺の景色に塗り潰されてしまう。潮風が舞う海辺でこれを舐めたら美味しいんだろうな、と思う。遂にウイスキー三本置き。摘まみも増えて卓上がいっぱいいっぱい。これはこれで、私としては満足度が高い生活である。美味しい、という感覚が私はこの歳になって未だにしっくりこない。味は分かる。好き嫌いはある。不味いものは不味い。でも、みんなが繰り返す「美味しい」という幸福感覚が私にはいまいち分からない。けれど少なくとも私の卓上は、楽しい。娯楽は疲れてしまうけれど、食事は、お金さえ出せば疲れないし、楽しい。自炊を趣味にするには環境が悪過ぎるからあと十年はいいや。牛タンチップを開けた。黒胡椒が強い。がっつり肉感で普通に美味しいのだけど、バッファロー・トレースと会わせるとお互いの辛さが克ち合ってしまう。ボウモア12年の磯臭さも合わない。結局シーバス ミズナラ12年が穏当、ということになる。舌に優しいので胡椒と喧嘩せず、でも追撃が残るので胡椒の辛さにも負けない。どうしよう、黒胡椒の辛さに舌が痺れると、なんと、ウイスキーが「甘く」感じたのだ。私には衝撃的な体験だった。新しい一歩踏み出せたような気がした。この甘さは……林檎系かな? 折角なのでテイスティング・ノートを確認したら『甘い杏子ジャムとダークチョコレートのかかったジンジャービスケットを感じさせる贅沢な味わいが、 クローブとクリーミーなトフィーのほのかな風味とともに広がる。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000099.000004201.html』
やっぱり意味不明である。ジンジャービスケットって何? 分からん。諦めました。御口直しにクーベルチュールも齧る。エクアドルのカカオは、TOPVALUのパッケージに依れば「果実の爽やかな渋み」だった。酸味と渋味で口が引き締まる。うん、いいね。摘まみを充実させて程良くアルコールを注ぐと、幸福感とは言えなくても、ふわっとした解放感はある。アルコールに逃げる人間の気持ちが何となく理解出来た。何となく笑いそうだ。はははっ。今日は執筆は遣らない。私の解放感に執筆は要らない。眠いし。でも艦これは触る。北方海域ウィークリー任務まで終わらせてしまう。鏡を観たら顔が真っ赤、お腹も真っ赤、それも醜い斑模様。酷い。他人には見せられない。はははっ。でも寝る前に悲しいものを読んでしまった。私達はとても頭が悪くて、頭が悪いのに、他人に平気で知ったかぶる。折角楽しい気分だったのに、最後には硬く冷めてしまった。喉と耳の痛みは治った。


 2020年5月16日 

 息苦しい。集団下校している。雑木林の側のカーブを通るといつも雨が降る。みんな合羽を着ている。雷避けに金属を持って、と自動車で様子を見に来ていた先生に忠告された。でも良く考えたらこの人は職場の上司だ。私は近くに落ちていた金色のフォークを手に取って掲げた。今年は崖を登ってね、と突然現れたおじさんに言われた。去年は通らなくていいと言われたんですけど、と私は言い返す。でも私の抵抗も虚しく、ちゃんとロープ張ってあるから大丈夫、と有無も言わさず送り出された。隠された歴史が「そこ」にあるはずだった。私達はその歴史を暴くために「そこ」に挑戦した。世代を跨いで、時には邪魔する怪物を退治してまで。「そこ」は最初は何処かの建物の一番奥まった部屋だったはずなのだけど、気が付けば洞窟になっていた。問題は、私達が追求した、壮大で、絶望的な、その隠された歴史の詳細なのである。「そこ」で真実を知り過ぎた誰かが自殺した。誰が死んだ? 尾崎豊みたいな、破天荒な若者だったような気もする。私は甚大な真実にあれ程に接近したのに、今では全て忘れてしまったのだ。感動と悲しみが残っているのに中身がない。私は真実を、衆目から隠してしまったような気がする。この徒労感は悲しい。島を歩いている。夜の、コンクリートの堤防沿いをずっと歩いてる。私は連れ合い達より後ろを歩いている。私達はバラバラに歩いていて、連れ合いは島の端まで歩こうという勢いで、私は歩き疲れて引き返したいと思っている。堤防に嵌め込まれていた地図に依れば、この先に公園とか橋とかがあるそうだ。堤防沿いには他にも結構な歩行者がいる。みんなでバラバラに夜を歩く。お土産の持ち寄り会があった。二組に分かれて自分達のお土産を箱に納めた。自分のお土産のプレゼンを始めなければならないのに、みんな余りヤル気がない。私は一旦その場を離れて、台所で輪切りの玉ねぎを醤油で煮たものも用意した。私のプレゼンの順番が回ってきた。ええと、私はチョコレートパンなんて用意したっけ? 説明が思い付かなかったので、結局私は玉ねぎの醤油煮について説明した。みんなヤル気がない。みんなのお土産も、余り興味がない。うっすらと眼を覚ましたら、何故か朝から同級生達が部屋のなかをうろうろしている。私の部屋は窮屈で、私は自分の中の布団を占領しているし、すると同級生達は一体何処に泊まっていたのだろう? もしかして風呂場で夜を明かしたのだろうか? 親御さんが迎えに来た。私は眠くてふらふらしている。同級生の一人が、私に何かくれた。ロフトの梯子が外されている。ロフトに登ったら、物置状態だったはずなのにごっそり片付けられていて、空いたスペースに枕と毛布があった。元気が湧かない日は大抵雨が降っている。頭は痛いし、怠くて身動きが取れなくて、結局四時半までだらだらと寝ていた。艦これも大破続出で先に進まない。気付薬にバーボンを軽く舐めた。スコッチも舐めた。寝起きのウイスキーは健康に悪そうだから控えてたのに。もう近所の理髪店の営業時間には間に合わないだろう。仕方ないので、運動がてらにちょっと夜歩きをすることにした。コメダ珈琲店、ホームセンター、銭湯が固まった一角を機転に、ギリギリ徒歩圏内のBOOKOFFがある方面に歩き出す。でも歩くには若干遠いので自転車を壊して以来、すっかり疎遠になっていた道だ。久々に幸楽苑でネギラーメンを頼んだ。ついで欅を書き進めた。案の定、BOOKOFFは七時で閉店していた。予想の範囲内とはいえここで引き返すのでは夜歩きが詰まらなくなる。ふと、付近の交差点に、昔私が働いてた店と同じマークの看板を発見した。こんなところに系列店なんてあったっけ? 私は信号を渡って接近を試みた。夜闇で霞んでいただけで、全然関係ない自動車販売店のマークだった。このまま、夜に寝静まった街の懐に飛び込んでみようか? 取り敢えずGEOの黄色い看板まで歩いた。スマホで地図を確認したら、いつも割引券の封筒がポストに突っ込まれてる健康ランドが、まさにこの付近であることが判明した。おや、案外と徒歩圏内じゃないか。通りに沿って、一度交差点を折れれば、古本市場のほうに出る。私は頭のなかに大雑把な地図を思い浮かべる。私の部屋、コメダ珈琲店とホームセンターと銭湯、BOOKOFF、古本市場と銭湯、の四点を結ぶ、歪な長方形が完成した。頑張れば徒歩で一周出来るルートだ。さらに古本市場からは、やよい軒を経由してすき家とGEOと西友のある県道に出るルートもあるので、私の生活圏内がぐるっと一周出来てしまえることになる。未だにこの街には新しい発見があって楽しい。通り沿いの用水路がじっとり重たく湿っている。湿ったお地蔵さまがある。水難避けだろうけど、夜中に遭遇すると、怖い。バイクの爆音が神経に障る。酷く古い記憶を思い出した。関東に引っ越して直ぐに、結構遠くにある家電量販店まで自転車で出掛けたのだ。私はスマホの地図に従って、河原の土手を走る未整備の道まで通らされた。河の向こうに夜景が散らばっている。自転車は壊れたし、家電量販店なら秋葉原で事足りているから、もうあの道は二度と通らないだろう。あの記憶だけがどんどん歪みながら記憶の底に残されるのだろう。どうにも肝が冷える夜だけど、夜歩きは創作のネタを考えるのには良い。夢、河原で女の子を殺してしまう夢だ。あらゆる夢は予知夢である。そして彼女は河原で倒れた女の子を見下ろしていて……古本市場で適当に背表紙を眺めていたら唐突にお腹を壊した。寒い夜半に薄着で歩き回るものじゃない。以前も散策中にお腹を壊している。軽率。一番近いコンビニは感染症対策でトイレが閉鎖していた。一瞬絶望に駈られるが、歩道橋を渡れば、今日初めて発見した別のコンビニがあるはずだ。私は腹痛に耐えながらそちらに避難する。外国人が群れている。この街のいつもの光景である。トイレは無事だった。トイレに籠りながら、腹痛で判断が緩んで、古本市場で大きな買い物をしてしまったのを今更になって後悔した。散髪のために降ろしたお金が飛んでしまった。財布に不用意にお金を入れておくべきではない。あっという間に別の目的で吹っ飛んでしまう。ここからアパートまでの帰路は判然としていたけれど、でも、今日はまだ細やかな夜歩きの冒険を続けよう。高速道路の高架に平行するように住宅街に消えていく一本の街路に逸れてみる。区画整理地区の看板がある。この一帯は新興住宅街のようだ。車通りすら疎らで、真っ暗な街だ。詰まっているのに、何もない。まだ夜の九時だというのに街は完全に寝静まっていて、気味が悪いほどに、寂しい。誰もいない。遠く巨大なマンションの窓明かり。闇をつんざく自動車のライト。信号すら暇をしている。道路は直線で見通しだけは無駄に広い。湿った夜。闇が深い夜。私は独り黙々と歩きながら、田舎の生活のことを思い出していた。あの田舎とこの住宅街じゃ、何もかも正反対のはずなのに、あの田圃に囲まれた行き場のない寂しい夜のことを思い出す。その夜に取り囲まれた、我が家での小さな生活のことを。私は切なくなった。私は孤独に追い付かれないギリギリの速度で、この小雨の道をのたのたと歩いた。街灯の足元だけ苔が生えている。苔か、或いは苔に乗っかったちんけな雑草の、ちんけな白い花が群れていた。鉄塔と、不気味な白色のもこもこしたドーム。郵便局。おや、どうやら、以前この道路を通った記憶がある。しかし何時? だとして、一体何年振りだろう? 高速道路の高架は見えなくなったけれど、代わりに見慣れた複雑な交差点に出た。ここは今日一度通った場所だ。つまりコメダ珈琲店、ホームセンター、銭湯がある一角の端っこである。この街路は歪な長方形を斜めに突っ切っていたわけだ。女の子が電話しながら歩いていた。女の子は突然走り出した。次の女の子が、電話しながらそれを追い掛けて走り出した。私は夜歩きを達成して無事に部屋に辿り着いた。まずはシーバス・リーガル ミズナラ12年で気分を直す。牛タンチップ終わってしまったのでチーザ開けた。濃いチーズの効能なのか、バッファロー・トレースの強みが口のなかで抑えられて、丁度いい塩梅になる。舌に響くバーボンの辛さ、猛烈に鼻に抜ける臭い、そういうものがチーザと一緒に煽ると中和される。バーボンにはもしかして濃いチーズなのかな。参考にしよう。ボウモア12年の磯臭いには効果なかった。ボウモア12年が強過ぎる。どうすればいいんだ。アルコールが進むと気分は楽しくなるけれど、執筆や読書に回す気力は損なわれてしまうから、程々にしておかねばならない。チーザが終わってミモレット開けた。濃ゆい。あと硬い。やっぱりバーボンにはチーズ? ボウモア12年には無力。我が家のラスボスめ! 結局だらだらと夜更かしをして、欅を書き進めた。先の展開を全然考えずに書き流す。経験則的に、展開を縛り過ぎないほうがレールを慎重になぞり続ける作業にならないので執筆がスムーズに進むのだ。今日は思ったより順調に作業が進んだ。出来はともかく、今は楽しく書けている。深夜四時になってやっと寝る。


 2020年5月17日

 売ってるジュースの糖度が云々をしつこく聞いてくる客がいる、と後輩が愚痴っていた。適当なあしらいかたを説明した。親族みんなで宿泊施設に泊まっている。畳の部屋だ。余り広くはないし、荷物も無駄に多い。私は妙に焦っている。焦って、宿の外に出たり戻ってきたりを繰り返している。私達は一体何日間泊まっているのだろう。深夜のテレビで、かつてアニメで放映されていたエログロ展開特集、みたいなのが延々やっている。グロテスクで、意味不明で、物凄く気分の悪いアニメ映像が繰り返される。私の経験する世界が直接的にこのグロテスクに侵略されて、今や現実の境界が分からなくなってしまった。私は何処に行って、何処から戻ってくるのだろう? 私は三回か四回ぐらい無惨に死んだ。痛くはない。ただただ気持ちが悪いだけだ。朝の五時まで起きていた。父親がようやくテレビを消した。こんな時間だけど、父親は明日は仕事ではないのだろうか? 寝起きから疲労感が強くてだらだらとしてしまった。そうだ、散髪。四時頃になってようやく部屋を出た。昨日無駄な散財があったので駅前でお金を降ろさなくてはならない。朝頃の室内は寒いぐらいだったのに夕方の屋外は軽く暑い。念願のロック・グラスを買うために近所のホームセンターに立ち寄った。凄まじい混雑。特に一階の行列が一目で分かるぐらい大変なことになっている。これは全く安全な密度ではないな、と思う。こんな時節柄で店員さんも大変だ。二階はまだマシだった。レジ奥にあったトイレットペーパー置き場を移動させて、強引に袋詰め台を増やしていた。焼酎用ではあったけれどロック・グラスを無事に確保。コメダ珈琲店で遅れた昼食を取る。長居するつもりはなかったのに注文にやたら時間が掛かった。急いで平らげて帰ってきたけど今日もまた散髪に間に合わなかった。あと三十分早く動けば良かった。私の寝起きの悪さ、慢性的な倦怠感は殆んど病気なのだから、根性でどうにかなるものでもないと諦めてはいるのだけど、余りに毎日が上手く行かないので、私は私の生態に虚しく腹を立てるのだ。そもそも昨日の無駄な散財が悪い。室内も随分と暑くなってきた。けれどロフトから扇風機を引っ張り出すのも億劫である。天井が一段とガタガタ五月蝿い。一体何をそんなに部屋のなかで動き回ることがあるのだろう。また安物の枕が増えた。一体幾つ枕を持ってるんだ。二時間程寝てしまった。生存報告も兼ねて、この日記の経過をTwitterに流そうと考えていたのだけど、久々にMobileTwitterを開いてみたら相変わらず私達は救いようもなく下劣だったので、もう一週間計画を伸ばすことにした。どうせ誰も私のことなど気にしていないのだ。私の孤独は置いといて、遂に我が家にロック・グラスの登場である。セブンイレブンで安いロック・アイスを買ってくる。氷の塊をぶち込んで、シーバス・リーガル ミズナラ12年を注ぐ。冷たさで風味が引き締まるので、より繊細な舌先の感覚が求められている気がする。ピート感はでしゃばらず、ストレートのような余韻の強さは控えめだ。これがロックなのか。いいな、これ。もう殆んど水、みたいな、でも最後までウイスキーの尊厳を賭けて足掻き続けている液体をちろちろ煽るのも、私には丁度いい。クーベルチュールと一緒に。いやぁ、いい趣味だ。同じ氷を使い回して、ボウモア12年をちょこっとだけ舐める。でも流石我が家のラスボス、多少氷に薄まろうと容赦なく磯臭いのだ。むしろ水を得た魚のように磯臭い! こいつ、どうすれば自重するんだろう? ロックは段々と氷が溶けて薄まっていく分だけ呑みやす過ぎるから、煽る勢いが付き過ぎて酔いの回りが強い。気を付けよう。酔いに任せてYouTubeでロシアW杯のベストゴール集を観た。一位は当然これしかない。
https://youtu.be/Vw34wMAqWzc
続けて98年フランス大会のアルゼンチンvs.イングランドを観戦。私……当時6歳? ベッカムしか知らない。
https://youtu.be/bezH7GOKnNs
前半までは結構見応えがある試合だった。アルゼンチン、20年前なのにかなり滑らかなパスサッカーを披露していて、中央のバティストゥータ、オルテガを中心にした攻撃的なサッカーが冴えている。パス回しの巧みさ、ドリブル突破のキレ、どちらもアルゼンチンが優位に見えるけれど、がっちり守備を固めてチャンス一発若々しい勢いで攻め上がるイングランドもなかなか負けてない。互いにペナルティ・キックで1-1になったところから、素晴らしいゴールで流れを掴んだのはイングランド。アルゼンチンの猛攻をがっちり守りきって前半終了、というところで、アルゼンチンがフリーキックから技ありの連携でゴールを決めて2-2に追い付いた。前半は互角の印象。小柄なのにドリブルでガンガン攻めていくオルテガが印象的。アルゼンチンは顔が濃い。イングランドは顔が若い。そして後半戦開始早々、大変な事件が起きた。ベッカムが一発レッド・カードで退場! 相手のファールに対する報復行為を咎められたようだ。波乱の展開である。後半のイングランドは一人足りないせいで守勢に回ってしまったし、アルゼンチンも攻めてはいるけど最後が詰め切れず、どうにも泥試合の様相になってしまった。試合を通してイエローカードが連発してて空気も悪い。前半の緊張感は何処へやら。私も気が逸れてしまって、真面目に鑑賞しなくなった。まさかの延長突入である。謎のノーゴール騒ぎ……確かにヘディングで決まってるのでキーバーのキャッチを妨害をしたという判断かな?……で俄かに緊張が走ったとはいえ、全体的な停滞感は変わらず。芝の状態か選手の疲労か、やたら選手が転ぶ。どうしよう、飽きてしまった。寝るには蒸し暑いし、喉乾くし、頭痛い。体調を崩しても勿体無いからと渋々扇風機を引っ張り出すけれど、部屋が散らかっていて安定して置く場所がないのだ。仕方ないので、廊下のサイドテーブルのうえに置いた。これならドアの開け閉めで風を調節出来る。結局、延長戦の続きを観ることにした。イングランドは最早カウンターを仕掛けたりセットプレーに持ち込んだりする余裕もなく退屈な守備一辺倒、一方のアルゼンチンはパフォーマンスを維持してはいるものの守備に徹したイングランドの壁を崩せない。ベッカム退場が最後まで試合全体に響いた。一応PK戦まで気も漫ろに観た。アルゼンチンか勝った。サッカーは90分で終わるものだ。延長線まで縺れるとこちらの集中力が続かない。頭痛が酷くなってきた。眠るにも気分が優れない。一番嫌いなのは冬だけど、夏は夏で苦手だ。春が終わる。春が終わるのはとても悲しいことだ。余りにも眠れないので近所のセブンイレブンに夜食を買いに行ったら、鬼滅が終わっていた。寝耳に水だった。これはきっと、大変なことなのだ。でも私はもうちょっとほとぼりが冷めるのを待とうと思う。乗り遅れた人間は、乗り遅れた人間に相応しい余裕を持たなくては。何故か深夜にペットボトルを纏め始めた。完全に神経が壊れている。でも仕方ないことだ。


 2020年5月18日

 私の地元の御寺は緑がかっていて、床が低くて、奥行きが異様に長い。御寺の脇に私の家があって、私の部屋は、御寺の屋根より高いところにある。お尋ね者達のグループが話題になっている。けれど彼等は本当は悪い人達ではなくて、自分達か悪役になることで、何かのバランスを保とうとしている。それを私達はちゃんと知っているのだ。夜中が蒸し暑くて薄着で寝ると、朝が寒くて腹を壊してしまう。どうせ昨日と同様に屋外に出たら暑かろうと薄着で出掛けたら、今日は本当に寒かった。職場に辿り着くだけでも命懸けだった。昼間に寄ったコンビニで白州180mlを見付けた。ジャパニーズ・ウイスキーは知多180ml瓶を舐めた経験はあるけれど、我が家にはロック・グラスという新しい武器がある。明らかに値段は高いし散々思い悩んだけれど、結局帰りに買ってしまった。だって品薄商品だっていうんだもの。帰宅して部屋にどすんと座り込んだら床がぎぃと軋んだ。物の多い部屋だから、床がぎぃと軋むと本当に怖い。白州ノンエイジ。シングルモルト。どう説明すればいいんだろう、強いて言えば「落ちる」のだ……美味しさが、ではなく、風味の広がり方のこと。他のウイスキーは、呑むとアルコールの刺激が各々の遣り方で舌から鼻や喉に向けて一気に駆け抜けてくる。押しが強い。けど白州は、抜けないのだ。抜けずに、ぐっと抑え込まれるようの「落ちる」のだ。これと比較すると、わりと穏やかな風味で呑みやすいシーバス・リーガル ミズナラ12年ですら全然威勢がいい。ウイスキーの「駆け抜ける」にアッパーな印象を見出だすなら、白州の「落ちる」はダウナーである。気分を上げたい時に呑むものじゃない。しかし、この抑制こそがジャパニーズ・ウイスキーの一つの答えだったのだろうか、と考えてみると面白い。勿論この「落ちる」風味は嫌いじゃない。全く関係ないけれど、瑞鳳さん改二乙を活かした7-2-Gレベリングを覚えた。白州でロックしてみた。おや、ロックのほうが風味が強く感じる。ストレートでは抑えられていたものが、冷気とともに鼻に喉に突き刺さるような。これは面白い。面白いけれど、180mでは充分にグラスに注げないから、溶けた水に風味が負けてしまう。成る程、700mlがいい値段になるわけだ。ロックは酔いが回るのが早い。ばたん。ちょっと休憩を挟んでから、今日は梅を執筆。出来はともかく、出鱈目の調子が良いので、個人的にはすらすら筆が進んでいる。物語、というには物語がないが、この小説は多分、そういう間の抜けた物語として進めてしまえばいいのだと思う。ところで、アルコール摂取、眼鏡も掛けずに執筆、スマホ画面を睨んで眼精疲労や肩凝り、頭痛、更にぽたぽた雨……経験則的に完全に眠れない雰囲気なのがどう考えても不味い。自己流の変な体操で体を解してから、寝床を整えて、今日の教訓は「腹を出せ、そのために胸を押さえろ」


 2020年5月19日

 今日は久々にばっちりと眠れた。でも雨だ。寒い。風も強い。朝の京浜東北線が駅で暫く停車した。何だか久々な気がする。仕事が挙がって職場を出ても、まだ雨が降っている。寒い。バッファロー・トレースのロックを試す。苦い。冷えると鼻抜けの強さが収まるけれど、舌先の苦味が際立つような気がする。ロックは溶け具合や冷え具合で風味が変わるから、一言でその移り変わりを説明するのは難しいのだ。新作を始めた。なんと三作が平行することになった。仮題は紫陽花。舞台は日野、自分の得意としない類いのプロットで放置していた物語の、その脇を普段の私の作風で書く試み。自分でも驚くほど滑り出しは楽しく書けた。でも文体を模索しながら消して入れ換えて書き直してを繰り返したので、頭の疲労がかなり酷い。頭が疲れて締まるような不快感があるから、もう日記を書く余裕が脳に残ってない。これは、言葉が壊れる寸前だ。ここで引き返さないと、壊れた言葉が延々と垂れ流されて精神まで傷付いてしまう。背中が痙攣した。もう一度。胃袋がつらい。一時間程寝落ちてたら、首がまた痙攣を始めて叩き起こされた。首回りの筋肉が死体のようになっている。寝床を整え直しても、まだ首が痙攣しそうな不快感で眠れない。薬だって飲む。艦これがメンテなので、夜中のうちに駆け込みしておく。


 2020年5月20日

 代々その役目を担っていた彼等が解任された。勢力図の書き換えがあったようだ。部屋は寒くて久々に布団から出られない。寝床が傾いて腰が落っこちる。メンテ前に、艦これを進められるだけ進める。二度寝したいのだけど、やっぱり首がしっくりこない。自前のCDのコレクションを漁る。私、Jeff BuckleyのGrace以外の紙ジャケなんて持ってたっけ? そもそも、彼は生前に一枚しかアルバムを出していないはずなのに。私達は文化祭でバーを企画しているようだ。このあたりは動物園と一体化しているのか、白兎や北極熊が歩道の茂みのなかから顔を出したりしている。飼育員さんが子供のパンダを連れてきた。頭が大きくて、最初は人形かと思ったけど、ちゃんと生きていた。触ったらじゃれてきた。物凄く可愛い。子供パンダは飼育員さんから離れて勝手に歩き出してしまった。私達はそれを追い掛けた。何処かで道理が入れ替わった。路地の奥にいたのはカービィだ。仲間と一緒に居て、何か元気にアピールポーズを取っている。私達はそれを追い掛けて、薄暗くて半ば廃墟じみた路地を探す。用水路の縁に、逃亡していた女の子のカービィが、無言のまま泣いた顔で座っていた。先程のカービィに失恋したのだろうか。私は無神経なので、彼女の写真を撮ったり、一緒に追い掛けてきた面々と彼女の失恋についてあれこれ間近で喋ったりした。ともかく彼女を連れて帰ることにした。誰もいないがらんどうの飲み屋の奥でブラウン管テレビが点いている。動物番組を遣っている。シフトを開けてしまったから、急いで帰らなくては。職場の営業時間短縮もあって今月の御給料が露骨に減っていた。先月は旅行や美術館でお金を使えなかった一方で、ウイスキーや摘まみを調達し過ぎて結構出費が酷かったので、今月こそ食費を抑える努力をしなきゃ。今月ばかりは親からお情けで貰ってる貯金を素直に使おうと思う。今日も雨が続く。散々機会を逃しまくってきたけど、やっと散髪に行けた。徒歩二分、私のアパートの真裏にある行き付けの理髪店。顔馴染みのおばさんもおじさんも元気そうで良かった。随分ばっさり鋤いてもらった。部屋に帰って桜玉吉の漫画をだらだら読む。今日も寒い。まるで、季節が一ヶ月は巻き戻ったみたいだ。寒い部屋では作業する気力も湧かないし、艦これのメンテも明けないので、防寒に上着を重ねて近所のすき家に行くことにした。寒いと軽く憂鬱な気分になってしまう。なんせ、玉吉さんなんて読んじゃったものだから。鳩尾の具合も宜しくない。背後で、お待ち下さい、と機械的な女性の声が響いた。押しボタン式の横断歩道の自動音声だ。でめ横断歩道には誰もいない。濡れた埼玉の夜があるだけである。西友で森永のカレ・ド・ショコラ70%と明治のチョコレート効果72%を仕入れる。艦これの最新情報を探ろうとMobileTwitterを開いたら、今日も相変わらずトレンドが酷くて、五分もTwitterに滞在することが出来なかった。もう私達が居られる場所ではなくなった。奪われてしまった。損なわれてしまった。雨と寒さで具合は低調だし、この焦りと疲労と退屈が入り交じった無為な休日に、私は神経をずりずりと削り取られていく。文字通り寝込んでしまう。玉吉さんのお父様が亡くなられた話が何処かに収録されていたはずなのに、何度単行本を読み返しても全然見付からない。眠い。寒い。眠い。私は文字通り完全に「寝込んで」しまう。寒いし、食欲もないし、気力もないし、動けないし、じりじりしている。またじりじりしている。創作どころか日記を書くのすら苦痛だ。だらだらスマホを覗いていたら、とある記事で醜い編集合戦が発生していて更にげんなりする。他人の喧嘩を楽しめないぐらいには私は弱っている。余りに怠いうえに、天井が不愉快にガンガン鳴り始めたので、久々に麻雀freshを開いた。何年ぶりだろう。スマホ画面だと東風戦のみの設定になっていて、これでは物足りないとPC画面に変えたら東南戦が出来た。勝てた。麻雀は勝てると楽しい。負けると詰まらないけれど。寒い。寒い。寒い。また「脚が冷えて」しまいそうな気がする。部屋のなかで変な踊りをした。それからまた布団に倒れ込んだ。動けない。どうにか毛布まで引っ張り出したけど、そこから動けない。日記の頁を改める。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?