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invisible holidays(2020.09.11~09.20)


 2020年9月11日

 大学の先生が、大学の敷地内の植物について解説する動画に出演している。大学の敷地は山林のなかにあって、道端の小さな苗カップには小さなコスモスが植えられている。遊歩道には色んな植物が育っていて、一際巨大な向日葵には、笑っている顔が簡単に描かれている。私は夜道を歩いている。沢山荷物を抱えてる。何処に預けよう、交差点の脇に放り出しておく訳にもいかないし。土地がガクンと下がる場所があって、下方には夜霧がもやもやと溜まっている。夜霧に向けて写真を撮ると、沢山の金属の球体や管で出来上がった、工場というよりUFOの一部みたいな巨大な建造物がくっきりと写った。私は下段の場所に降りる階段を探した。土地が切れていてなかなか見付からなかったけど、あった。久々にnoteで日記の編集をした。六月の私は体調不良に相当悩まされてたみたいだけど、日記の文体にはまだキレがある。最近の私は当時よりはマシな体調でも言葉に外連味が足りない。艦これのイベント攻略と文フリ大阪の締切は私の頭に痛烈なダメージを与えたらしい。内蔵が死のうが筋肉が死のうが私は生きていけるけど、頭が死んでしまったら、私は本当に死んでしまう。神経が磨耗して言葉が萎れる。首の調子は相変わらず悪い。折角の休日で睡眠も充分なのに、首で呼吸が削がれると部屋でダレて動けなくなる。艦これの任務を消化して、日が沈んでからやっとコメダ珈琲店に逃れた。日記の編集をちょっと進める。隣にカップルが座って、別に騒がしくはないのだけど、他人の会話が止まらないと作業に集中出来ない人間だから適度なところで切り上げることにする。会話の節々から、私とは酷く趣味の違う人達だなぁと思う。多分これが普通のコミュニケーションで、私達の会話の法則のほうが異端なのだ。宅建の試験がどーのお好み焼き屋がどーの動画の撮影がどーの三重と姫路がどーのバイクがどーの……男性がノートを取り出して何かをごしごしと消している……私には、このカップルの会話のような平穏な軽薄さは到底無理だし、ましてその充実した薄さに理不尽に苛ついたりしてはいけないのである。テーブルのしたの目立たないところにコンセントがあった。これは気付かないよ。ミニシロトワールが半額だった。とある駐車場の出入口あたりが不自然に濡れていた。四角くアスファルトを上塗りした地面の端から水が溢れ出していた。水道管が割れて水が地面から漏れている、のかもしれないけれど、私にはどうしようもなかった。今日も寝床の調子は良くない。真夜中に雨が降る。雨音と湿った空気を聴きながら眠る。


 2020年9月12日

 私はいつものように、理解力の高くないおじさん相手に商品の説明をしている。売場は二ヶ所に分かれていて、一度外に出て駐車場の向こうの建物のなかにレジがある。おじさんが息子と一緒に喋りながら隣の建物に向かう後ろを追い掛ける。次のレジ当番なのだけど先に服を着替えなければならない。同様にシフトが遅れている別のスタッフが、服を着崩したまま慌てて私と一緒にエスカレーターを登った。海辺にガメラが現れた。ガメラが海面に頭を突き出すと、茶色く濡れた磯辺で遊んでいた若者達が慌ててその場から逃げ出した。私達は間近にガメラが現れたというのに呑気に磯辺で水晶の塊を拾ったり、落ちてたニンジンと大根のスティックを洗って捨てたりしていた。空に光輪が現れた。モスラの幼虫が出てきそう。あれ、ガメラとモスラ? ゴジラとモスラじゃなくて? 私達はリビングで寛いでいる。カーペットに甘い汁を溢してしまった。黄色い背中の小さい甲虫が、蟻達と一緒に規則正しく並んで、廊下とその一点を行き来しているから実に気持ちが悪い。その一点はいつしか段々奥に移動して行列が一層長くなってる気がする。私はその一点を咄嗟に拭き取った。小さな甲虫の行列は、恐ろしい程に直ぐに消えた。雨が降っている。夕立は何度かあったけど、雨らしい雨は関東では久し振りな気がする。クリーニング出すために雨のなか歩いたら蒸れて汗だくで電車に乗った。遠く空が灰色にぼやけている。雨が降ったから今日は具合が悪い。関節がひりひりするし、苦味のある吐き気が上がってくる。街角の気温計は24℃を示していた。駅前の飲食店が二つ潰れた。潰れても一向に新しいテナントが入らなくて、陰気な空き家がずっと残ったままになる。こんな街ですら確実に事態は緊迫している。何となく検索したレバノン大爆発から、一度の爆発で一万人の兵士が死んだ爆破作戦に迂闊に飛んでしまったのたが運の尽きで、そのまま第一次世界大戦とかタブロイド誌とかだらだら文字の墓場を泳ぎ回ってたら午前四時になっていた。この数時間のうちに五百万人ぐらい死んだ。仰向けで布団に寝転んでたら頭が痛くなってきた。私の身体はもう仰向けで寝れない。頭が痛いと余計に眠れず、無意味にニコニコ大百科とかpixiv百科事典とか泳ぎ回り、そのうち深刻に具合が悪くなってきて夜が膠着し始める。本当に、呼吸するので精一杯。首と肩は回らないし鳩尾はぐるぐる鳴るし、挙げ句に何処からともなく音漏れのような鬱陶しい物音がする。珍しく御近所さんが音楽が映画でも大音量で流してるんだろうか。でも、まさかこんな真夜中まで起きていて? 音漏れの正体は分からない。何故か部屋のなかで音漏れが聴こえる場所と聴こえない場所がある。音楽や映画にしてはワンパターンなフレーズばかりがずっとリピートしてて不自然に思える。これは私の幻聴なのだろうか? 廊下の換気扇のずおーーーに、勝手に幻聴を重ねているのだろうか? 扇風機を付けると寒いけど、消してると空気が淀んで息苦しい、そんな一番厄介な室温。信用出来ない気温計は30℃台を陥落して28℃まで落ちた。この真夜中の具合悪さが、秋雨の影響である可能性は大いにある。最近はDavid Gilmourの1stソロを聴き流す。音量には気を付けよう。鳩尾の痛みに耐えかねて夜食を買いに出掛けたら三日月が浮かんでいた。旧眼鏡ではまともな弧を描けない。コンビニで漫画雑誌以外の雑誌を立ち読みしてみる。どうにも関心のない分野に対して眼が滑っていけない。もう空の端が明るくなっていた。青色のグラデーション、空というより海の色、逆さまのマリン・ブルーで埼玉の片側がぎっしりと水没している光景はとても美しいと思う。五時を過ぎたので艦これの演習だけ終わらせる。今日の私の運勢も悪そうだ、うん。空気が籠るので窓を空けたら、今度は寒さで眠れなくなりそうだった。相変わらず寝床は酷く合わない。


 2020年9月13日

 夜の冷たい階段を駆け上がったり駆け降りたりしている。ここは学校か、或いは寮で、私は目当ての場所、多分自分の部屋か教室に辿り着けないのだ。私が迷いこんだ部屋は片方が明るい執務室、片方が寝室になっていて、テレビで見た政治家がふらっと部屋のなかに入ってきて私に挨拶した。卒業式が開かれるので私達は廊下に並んで待機している。卒業祝の品は何処に行ったんだ、と先輩達が慌てている。先生達二人の結婚が先に報告された。二人組が隊列から離れて、奇妙な紙芝居コントを始めた。久々に寝床の調子がいい。お蔭で夜の七時頃まで寝込んでたのだけど、動けるうちに走っておこうと軽くランニングと体操をした。この街は曇ってるほうが明るい。街の明かりが薄ら赤く雲の表面に反射するからだ。走るには支障がない程度の小雨が降っている。帰宅早々、鍵が何処かに消えてしまった。何処に置いたのか完全に無意識だった。何処かに「置いた」はずだ、と周りを探してみるけど、ない。鞄のなかを漁ったら大事な判子が鞄に放りっぱなしになってて別の意味で驚く。もしや、と思って財布のなかを漁ったら、あった。西友で貰ったお釣りをポケットから財布に移すときに、一緒に鍵まで放り込んでいたのだ。Instagramに小石川後楽園の写真を挙げて、日記の編集をして、清水アキ版京極堂シリーズを読み返して、チキンラーメン食べて、角のロックを嘗めて、David Gilmour聴いて感想を考えて、語彙力が足りなくて眠くなってもう深夜の一時。今夜も扇風機を回すと肌寒い。部屋の気温計は26℃まで落ち込んだ。部屋に籠って同じ姿勢をしてたから疲れた。編集中の日記は角膜潰瘍起こした時期まで進んだ。当時の日記を読んでたらふと心配になって洗浄綿で目元を拭いてしまった……艦これの任務消化を始めたら3-2で散々苦労してしまった。日記を読み返したせいなのか、近頃全然気にならなかった天井の物音がここ数日は自棄に五月蝿く感じる。


 2020年9月14日

 今日は朝から首と頭と背中が痛い。昨日と同じ寝床で寝たはずなのに何が駄目なんだ? 電車ではジジィどもが五月蝿い。黙れ。やっと死体に出会えたのに私は眼を閉じていたから台無し、私の弱さを塗り潰すように髄液が垂れる、死体は、私よりも呆然とした表情で真っ二つに引き千切られて、私達の脆さは深紅を焦がした臭いがする、世界の半分は虚空に投げ捨てられて失われてしまったけれど、やっと死体に出会えたのに私は、しっかりと私の真っ白な眼を閉じていたから台無し。人手不足を具現化したような見事な人手不足でまともに職場が回らなくて笑えなかった。久し振りの日高屋は喧しくて酷かった。イヤホンの左側が聴こえない。何度かプラグをぐりぐりして復活したけど左右の音量のバランスがズレてる気がする。電車には狂ったおじさんが乗り込んでくる。斯くも東京はまともに動かない。東京では至極普通であることがこんなにも難題だ。最後まで首と頭と背中が痛かったけど、悪い意味で神経が慣れたらしい。埼玉は雨が降っていた。靴下濡らして帰った。イヤホンを部屋のCDプレーヤーに繋いでみたけれど、やはり左が聴こえず、買い換えるしかないのかとがっかりしてたところでふと、耳垢が詰まってるんじゃないかという閃きを得てティッシュでイヤホンの穴を徹底的に掃除してみた。これが正解だった。David Gilmourのギターが素晴らしくクリアに聴こえる。ベースの低音やドラミングも滑らかに聴こえてきて疾走感が楽しい。耳垢が詰まって断音するなんてことがあるんだ。今後は気を付けなきゃ。David Gilmourのソロは、Pink Floydの劇的な展開と浮遊感の香りを残しつつ、凝りに走らずシンプルでワイルドなところがいい。#1の冒頭なんて同じフレーズの繰り返しで冗長過ぎるきらいすらあるのに、その単調さが盛り上がっていったところにGilmourの透明に濁ったギターだけが……ゆったりとした浮遊感と短絡しちゃいけない、今回のGilmourには野生の遠吠えのようなワイルドさもある……Gilmourの技巧だけが屹立するのだ。ボーカルも濁った透明、或いは透き通った濁りが見事に噛み合ってて、単調なのに聴き心地が良くて、けれどドリーミーに陥らない泥臭く脚の付いたブルージーがあって……このあたりを説明する語彙力がないから困る。感想を別のフォーマットに纏めてたら四時間睡眠になってしまった。感想を書くのは好きなのだけど時間が掛かり過ぎて困る。それにしても寒い。湿った寒さ、秋雨が部屋を濡らすような寒さ。ところで実際に冷蔵庫の前の床が濡れていたのは何故? バランタイン12年のロック、安心の苦みばしった薬草臭さ、ドライフルーツばかりも飽きるのでTHE CHOCOLATEを一袋。複雑怪奇な風味の怒濤に優しいビターチョコレートの組み合わせは絶妙。氷が溶けて極まってくると最後に甘さを遺して終わるのがまた捻くれ者である。大人の階段登ってる感じがある。私はいつの間に大人になってしまったのだっけ?


 2020年9月15日

 蕁麻疹で一ヶ月近く休んでいた同僚さんがやっと復帰した。全身の発疹と発熱がなかなか治らなかったんだそうだ。原因不明な症例だったらしくて、アレルギーやストレスが起因かもしれないし、或いはウィルスが原因である可能性も捨てきれなかったので、入院もせず自宅療養でひたすら薬飲んで発疹と発熱が引くまで待つしかなかったのだという。全身が真っ赤に染まる程の激しい症状が現代医学をもってしても原因不明、というのは私達の世界の奥行きの深さを思い知るようだ。私達は明らかに眼に見える現象の正体の大抵を理解出来ないままに生きている。職場を出たら街が電球色にもわっと明るくて驚いた。分厚い曇り空で街の空に天井が掛けられて、夕焼けた空気が偽物じみて飲食店のネオンに溶け合ってしまったのだ。電球色の街はほんの五分で終わって夜がやって来た。軽い気持ちでdisc unionに寄ったら買い過ぎてしまった。金欠甚だしくて切り崩して給料日待ってるはずなのに。自己嫌悪でどんよりしてたら東京は雨が降り出した。電車で居眠りして最寄り駅で起きたら、昨日と逆で埼玉の夜が晴れていた。買い物袋を忘れたので2Lのペットボトルを鷲掴みにして帰る。丼を割ってしまった。この低さから落として一撃で割れるなんて。給料日前に散財したから直ぐには買い換える余裕がない。ロックの氷もない。最近眼が痒くて怖い。耳朶がずきずき痛い。軽い気持ちで艦これの任務消化を始めたら1-6で沼に嵌まる。冷凍庫の扉を閉め損ねてなかが若干溶ける。世界は底知れないし生活はままならない。


 2020年9月16日

 学校祭で私達は体育館の壇上にいた。私は合唱までは普通に付いていけたのだけど、突然始まったダンスが全然分からなくて、同級生にも怒られて舞台袖で幕に絡まって拗ねていた。でも周りに励まされて途中から気分が盛り返してきた。Eaglesのトリビュート企画がどうこうと司会が説明する。説明して、歌い始めた。舞台にはおじさんバンドが待機していて、だけど間違った照明が点灯してしまって進行が止まった。スタッフが舞台袖で走り回っている。私は体育館に響くぐらいに出鱈目に叫びながら、体育館の中央に置かれた用途のわからない謎の柵に登ったりしていた。職場で裏の在庫の整理をしている。ついでに暇を見付けてスマホで漫画を読んでいる。好きな漫画家さんの過去作なのだけど、とても卑猥だ。旅館で女性が乱れている。気が付いたら、在庫の整理が終わっている。誰か遣ってくれたんだろう、でも段ボールの置き方が乱暴で、これでは在庫の場所が分からなくなりそうだと思う。先の漫画は分割されてネットに挙げられていて、順番が分かりにくくて一向に読み終われない。私は母方の親戚の家に向かって歩いている。半分秋に落葉した林と一体化したような田舎の集落である。このあたり、のはずなのだけど、近所の建物が取り壊されたせいか風景が変わってて見付からない。近くに交番があるから余り不審にうろうろしたくないのだけど……見付かるわけがないのだ。母方の親戚の家はこんな集落ではなく、実際は商店街の一角にあるのだから……父らしきひとがゴミ捨て場にいるのを発見したので追い掛けた。親戚の家の居間には何故か父方の祖母がポツンと一人机の端に座っている。私は居間で寝転んで、非常に読みにくい同人漫画を読む。絵柄はともかくコマ割が可笑しい、というか視線誘導の方向が逆なのだ。一緒に読んでた女の子が呆れている。この漫画を書いた子供が……女の子が男の子か分からない……こちらに遣ってきたので女の子は早速駄目出しを始めた。その子供は居間に掲げられた世界地図の酷く雑な模写を見せた。女の子は嘲笑うようにその下手さを散々馬鹿にするのだけど、その子供はわりと平気な顔で微笑んでいる。しかしこの二人、誰なのだろう、親戚の子供達だとは思うのだけど……いつの間にか居間にいた母方の親戚の一人がテレビの電源を入れた。Aチャン、という言葉に酷く懐かしくなってしまった……実際は福井県にあったのはUチャンなのだけど……仮面ライダーの映画を録画していたらしい。これがまた、お洒落な都市部を流れている浅い河でずっと怪人と戦闘してるのだけど、普通に歩道にひとが歩いててちらちら撮影現場を見ているという御粗末さで、私達は揃って大声で笑った。修学旅行の集合場所がとある施設のロビーだった。私は別の場所の観光を楽しんだせいでその施設をまともに観て回ることも出来ず、でも入場料は払わなくてはならなくて、やるせない気持ちになっている。観光は楽しかったからまぁいいか。ロビーに皆が集合して先生が指示を出している。私は何か食べるものでもないかとロビーの甘味処を覗いたりしている。お堀のように深く窪んだその河では日本なのに巨大な外来生物……巨大魚にカバやゾウのような巨大哺乳類まで……が大量に居着いてしまって、緑色に粘ついた水面から突如現れてさながら蠱毒のように殺し合っている。私は何の因果か取材スタッフの人達とともに普段立ち入れない河縁を歩くことになってしまった。恐る恐る河を覗くと、案外緑色の淀みは酷くなくて、人間がぷかーっとウェットスーツを着て浮かんでいるのが観えた。しかも死体ではないらしい。河縁を歩いていくと水面に浮かぶ人影がどんどん増えていく。河は所々浅くて澄んでいるし、普通に人間が泳いでるし、ここは本当に何度も映像で観た蠱毒のようなあの河なんだろうか? 私は道連れの指示で何枚か写真を撮った。私は写真係として誰かの推薦で同行を頼まれたらしい。道連れの一人は私の友達のことも知っているようだった。いつしか私達はアスレチックに迷い込み、道連れの一人が勝手に進むので追い掛けたら、河の対岸に出た。対岸には民家があって、そこに住んでいる一家を、私は何処かで知っている気がする。対岸には長屋がある。蝋人形のような奇妙な顔付きの男女に続いてドアを開けると、酷く古くて不審な長屋の廊下がずうっと向こうまで続いていて、通り過ぎる度に引き戸一枚を隔てて住人の声が、それもゾッとするような小汚ない声が度々聞こえてくるものだから私達は怖くて脚を止めることが出来ない。私はスマホのメモ帳で何か書き残そうとして、とある単語が打ち込めなくて焦っている。私達は長屋の端の部屋まで辿り着いた。先行していた仲間達が七輪で焼き肉を焼いていた。私達はこの長屋について話し合った。私は何故かここを大阪だと思っていて、関西人を余り怖がるべきでないと謎の擁護を展開していた。私達の道程にはいつしか知らないゲームのキャラクターが混ざり、私達は長屋の廊下で何かに追い掛けられて、この突き当たりの部屋でカウンターを喰らわせて撃退していたことになっていた。私は先程打ち込めなかった例の単語を、スマホの代わりに持っていたふにふにした半透明の人形に親指の爪で刻み込んでいた。今日は久々に何も出来ない一日だった。ラジオ体操の図解を調べて布団に座ったまま筋肉を解したり、新たにCrosby, Stills & Nashを聴き始めたり、咳が出たり、日記の編集が終わってnoteに挙げたり、作業の最後のほうで寝落ちたり、眼が覚めたら部屋がすっかり冷めていたり、寝起きから具合が悪くて布団から動けなくてWikipediaで爆破テロ事件を漁ったりしてた。十二時間どころか十五時間ぐらい寝てる。寝床の合わない過眠と夏の終わりの肌寒さが直撃して凶悪な倦怠感に襲われる、というのは梅雨の時期に散々体験してきたことだけど、これから季節は冷たい方向に落ちていくから、私は本格的に身体的な用心をしなければならない。埼玉はじとじと雨が降っている。給料日前は出費を抑えたいので、コンビニでうまい棒やブラックサンダーを買って食べた。コンビニまで軽く歩いたお陰で血が巡ったのか、ちょっとだけ体調を持ち直したのでTwitterに日記とInstagramを挙げた。今日は何も出来ないものと諦めよう。夜中に先日の姫路の日記を軽く加筆修正する。氷がなくてロックが出来ないならハイボールを飲めばいいじゃない、と角ハイを作ってみたら、配分が上手い案配に決まって呑みやすくて薄苦くないハイボールが出来た。調子に乗ってバレンタイン12年のハイボールまで作って半分飲んだところでアルコールの急摂取による全身の感覚の麻痺がぬぬぬぬぬと遣ってきた。ぬぬぬぬぬって何だよ。呑みやす過ぎるのも私には要注意だった。ロック・グラス一杯半でもう手足が真っ赤になっている。皮膚がむず痒い。Crosby, Stills & Nashの感想を纏めながら淡い眩暈にふわふわっとした感覚の麻痺に行き詰まってピリピリしている。このピリピリ、心地好いのか辛いのか分からない。比較的頭は落ち着いてて音楽も聴けるし日記も書けるけど何か独りでに神経が緊迫している。アルコールが回り過ぎた私は、神経でも内臓でもなく皮膚で死を感受する。酔った私は生暖かい皮膚で目一杯に死を受け取って、それを解析する器官を失って呆然としている。けれどお陰で今日を埋め尽くしていた原因不明の具合の悪さは上書きされたので、まぁ前向きに捉えよう。ところでバレンタイン12年のハイボールの残り半分がなかなか飲めない。立ち上がると軽い吐き気までする。お風呂にも入らねばならないのに軽い耳鳴りに縛り付けられて、心音響かせて私はロフトの低い天井を眺める。


 2020年9月17日

 ボートレースが始まった。ただし、このボートレースは途中でボートから降りて、自力で泳いで障害を越えてから戻ってくるルールである。この障害の越え方に違反があったらしくてレースがずっと中断している。この街には予備校があって、学生達が指示を待っていて、街頭ディスプレイは中断して始まらないボートレースの模様を映し出している。昨日の夜からみゃーみゃーみゃーとずっと猫が鳴いている。それを、このアパートの住人か、或いは隣の作業場のひとが発見したらしくて、窓の向こうで話し声が聞こえた後に猫の鳴き声も途切れた。じんわり頭が痛いのは、例の如く首を痛めたせいなのか、天候のせいなのか、それとも二日酔いの類いなのか。Let It Bleedは名盤だなぁ。Keith Richardsの縦横無尽なギターがいい。連休に休みが出来てしまったので何処か行きたいな、とあれこれ思案して、富岡製糸場を思い付いてしまった。Wikipediaの世界遺産一覧を再開して随分と旅欲が溜まってたのだけど、富岡製糸場なら何の不足はない。神社とか湖とか山とか、二日がかりて探索する価値のある土地であることも確認した。いつもなら予定を決めない特攻旅行だが、泊まり掛けで行くなら綿密に行程を考えねばならぬ、そういう普段と違う緊張感と本日の絶賛低調が重なって、職場であり得ないミスを犯すところだった。危ない、危ない。今晩は妙に客足が激しい。富岡製糸場から一之宮 貫前神社、丹生湖から磯部駅周辺で泊まり、横川駅まで行ってアプトの道を探索する……二日で多分30キロは歩く地獄の行程だ! しかも天気は良くなさそう……でも一度頭が「そうなって」しまったら止まらない。この付近の地図を手に入れよう。旅館に予約入れて、大まかな日程と、コロナ関係の施設閉鎖などを調べて……これは相当な冒険になりそうだ。スマホの容量を全力で空けておかなきゃ。企画の時点ですっかり楽しくなってきた。LINEで友達に報告して逃げ場を無くしておく。磯部温泉の宿泊プランを調べてみたけど当然ながら全滅していた。そら無理よな! 色々模索した挙げ句、素泊まりなら丹生湖のあたりに5000円のお手頃なプランがあった。つまり、一日目は富岡製糸場~神社~丹生湖、二日目は丹生湖から磯部温泉に立ち寄って横川駅……うーーん、二日目初手で数キロ歩くのは厳しいから、ここはタクシーも選択肢に。日程や移動時間などを簡単に精査してスケジュールを作成、宿の予約を取って完全に逃げられない状態に自分を追い込む。追い込み過ぎて夜中に動悸が止まらぬ。日程立てての旅行は緊張しちゃうから、完全自由行動な旅徒然に走っちゃうんだよね。でもどうせ始まってしまえば大抵楽しいのだ! 因みにGoToキャンペーンは対象外でした。そらね。部屋で座ったままラジオ体操の真似事をして、スマホが異様に熱くなって挙動が遅れ始めた。一度電源を落として扇風機で冷やすことにする。Crosby, Stills, & Nash聴きながら六義園の写真をInstagramに挙げ始める。動悸の反動なのか今夜はとても真っ当に眠い。スマホが不安な程に熱い。


 2020年9月18日

 着信音で眼が覚めた。昨日予約した宿から、既に予約が埋まってたという連絡が来た。昨晩立てた計画は一瞬で頓挫。本当にもう周辺に予算内で泊まれる宿がない。最後の手段ということで、高崎まで戻ってホテルに泊まる行程に組み換えた。高崎のホテルならまだシングル5000円程度の空きがあった。GoToキャンペーン対象なんだけど、現地現金決済の場合はどうなるんだこれ? 群馬の地図を買った。けど大き過ぎる地図を買ってしまったので、肝心の細かい道路網が分からない。富岡市ドンピシャリの地図は本屋には売ってなかったし、結局現地でガイドマップを手に入れるのが一番。折角買ったので広げて眺めてみる。地図は眺めてるだけで充分楽しいし、この日本列島の何処に自分がいるのか確認出来るのは、それはそれで心強いと思うのだ。豚丼頼んだのに牛丼が出て来た。別にいいけど口が牛肉じゃないなぁ。


 2020年9月19日

 白色のパネルに覆われた工事中の廊下を歩いている。ここは地下通路だろうか、あ、新しい総理大臣と擦れ違った。リニューアル中の大学の食堂が公開されていた。以前より随分広々とスペースを使っていた。私は兄や母親と一緒に麺類を煮ている。お前は大雑把だから、と兄が箸を取る。私達は屋外を歩いているのだけど、目的地に辿り着くまでに体が冷えてしまった。私は扇風機を消して上着を一枚足した。色々と細かい出来事は忘れてしまった。私は古くから顔馴染みの外国人と歩いている。道端で親戚から桃を買う。今年の桃は相当に大きい。親戚はこの後本格的に桃造りを始めるのだけど、今はまだ趣味程度だ。丸齧りで食べようとすると果汁がだらだら垂れてきてしまう。空き地で学校集会が開かれていた。身長順に並ぶ。私は身長が無駄に高いので後ろの方に並ぶ。作家で歌手のとある有名人……私は彼の顔を知らない。ここに現れたのは眼鏡でボサボサ髪のお兄さんだった……が素っ気ない挨拶をした。Lou ReedのNew Yorkの合唱が始まった。当然みんな歌詞を知らないから慌ててスマホで調べ始める。私もスマホを取り出すのだけど、に、から予測変換で画面が覆われて、ゅ、を入力出来ない謎のバグに阻まれて検索が全く出来ない。私は私の好きなアーティストの楽曲をまともに歌えないことに苛々する。因みにLou ReedのNew Yorkはアルバムなのだけど、じゃあ、あの空き地に流れていたのは何て楽曲だった? 今月は会社から取得義務が課されてる有給のうちの二日分ある。休みが多いと神経に余裕が出来ていいよね。職場は突然の繁忙期に突入して、昨日はただでさえ倦怠感があったのに来客数が突然に跳ねて久々に呂律が回らない程に追い込まれた。これで連勤が続いてたら余計に調子を崩すところだった。散髪。随分無作法に伸びてたからすっきりした。おばさんから、国勢調査の紙が届いてるはずだからやっといてねと声を掛けられた。このあたり猫が五月蝿いでしょ? ですよね、猫が五月蝿いですよね。快活で作業する案もあったけど七時頃まで部屋でダレてしまったので、近所のコメダ珈琲店でひたすらInstagramに画像を挙げる作業。あ、ホームセンター寄って新しい丼買えば良かった。二時間で200枚以上挙げたはずなのに六義園が終わらない。六義園だけで一体何百枚撮ってるんだ。でもここで可能な限りスマホの容量を空けないと、富岡旅行に響いてしまう。座りっぱなしの単純作業は首が痛むし疲れる。今夜はすっかり秋の寒さが凍みているというのに自分への御褒美で白桃かき氷ミニを頼んで食べてしまった。値段相応のボリュームとはいえ絶対にミニじゃない。結局十時過ぎまで三時間、450枚以上の六義園の写真をようやく挙げ終わり、更に挙げ終わった写真をUSBに移す等の作業をしてたら閉店時間になってしまった。本気で疲れた。全部手動だから手間が半端ないの。ここ数日頑張って600枚から700枚容量の余裕を作ったとはいえ、富岡旅行は二日間、千枚越えも可笑しくない充実の強行軍、出来れば明日までに明治神宮の写真もInstagramに挙げてUSBに移してしまいたい……何かが物足りなくてコンビニに寄って、お握り一個手に取って満足してる私がいた。私は私のバランスを未だに上手く読み解けていない。明日も朝は早いのに、自分が過去に書いたレビューを読み始めたら酷い夜更かしをしてしまった。ほんの一年か二年前の私の、作品レビューに対する無駄な熱量は一体何なんだろう……私はころころ別の私を始めるので、こういう機会に古い私を顧みてみると、当時の間違った逞しさにちょっと敬意を抱きつつ、それでも現在の私は現在の私が始めてしまった遣り方を実践するしかないんだぁ、と思い知らされたりする。おっと、言葉が壊れそうな予感、夜更かしに文字を書くべきではない。


 2020年9月20日

 寝不足はともかく、胃痛は頂けない。鳩尾がギリギリする。気温が下がると胃薬が手放せなくなる。職場近くのコンビニの横に機材が並んでいた。外装は基本的な配色まですっかり変わっていて、看板はネオン仕様にすげ替えられていた。映画かドラマの撮影のために既存の店舗を改造してるのかも知れない。スタッフさん達の夕食休憩の頃合いらしくて、詳細は知れなかった。給料日なので、本屋寄って、星乃珈琲でスフレパンケーキ食べて、明治神宮と代々木公園の写真をInstagramに挙げた。神奈川の友達に松本城を先取りされた。松本城は二時間待ちだったらしいから、富岡製糸場も危ないかもしれない。船の厨房で働き始めた友達が、明日と明後日に東京に立ち寄るそうなのだけど、私は群馬を冒険中のはずだから残念ながら会えない。喫茶店では女の子達が女の子の話をしている。耳を澄ましてネタにすればいいのに、私は他人の雑談を長時間聞いてられない体質だから無理。この世には、チーズケーキ食べる系女子が嫌いな女の子がいるらしい。若い男女が律儀に向かい合って喋っている。彼氏彼女にしては、些か律儀に過ぎていている。電車で迂闊に座ったら酷い臭いの巨漢が隣にいて、思わず次の駅で一度降りてから車両の端っこに座り直した。Instagramの作業一段落。案の定、眠れない。頭は痛いし、胃腸の調子も悪い。扇風機があると寒くて、扇風機がないと暑い、という面倒臭い気温に包まれて体力が奪われる。daniは歯の根が合わないような笑みを浮かべて空虚に向かって空虚を吐いている。誰にも届かない言葉で自分のことについて笑って呟いている。同じ空虚でも、笑わなくていい私の日記のほうが数段マシだ。一体いつからこのアマチュア物書きは、決定的に空虚に空虚を吐く薄っぺらい板切れになってしまったのだろう。私達の言葉は何処にも届かない。誰も聞いていない。誰も観ていない。言葉は虚空に消えれば何も残らない。言葉は空気になり、文字は点になり、私の肉体は削れて削れて痩せ細っていく。私達の言葉は既に振動を失っている。それは透明で冷たくて、みんな窓を閉めていて、私達はこの暑さと寒さの境界で痙攣してのたうち回りながら夜風に吹き飛ばされる。私達の孤独。私達の失われた言葉。私達は既に死んでいて、死に損ねた筋肉が眠れない眠れないと痙攣しながら、天井がばたんばたんと鳴るのに苛々しているのである。言葉を失った私達は時計の針に縛り付けられて眼を回す、ぐるん、ぐるん、私達が嘔吐している真横でかろうじてCS&NのコーラスとStephen Stillsの巧みなギターがこの白黒の地獄に小さな華を咲かせていて、私は間もなく深夜一時、この全身の不調のなかで明日六時に起きねばならないという、それだけのことに深甚とした悲鳴を挙げそうな絶望を抱きながら、何もかも燃やして燃やして壊して壊して壊して壊して壊して壊して沢山の人間を殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、畜生、お前らの言葉なんて、合成着色料みてぇなもんじゃねぇか、みんな死んでしまえばいいのだ、だから私は絶対に泣いてなどやらないのだった。日記の頁を改める。


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