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きっとお互いにお互いが羨ましい


私はたぶん、典型的な"オタク体質"の人間。(突然)

何かにハマったときのハマり方がもう、寝ても覚めても、後にも先にも、そういった類のものでした がち。

幼い頃から親戚にもらったお年玉を親が貯めてくれていて、30万円が貯まった通帳を成人したタイミングで受け取ったが、1年後にはきれいに底をついていた。私はその大半をライブチケットとウィラーエクスプレスに注ぎ込んだ。

今思うと私って、本当バカ‥。なんだけど、バイトも鬼のようにしたうえでのそれだったので、何かに対してそこまで突っ走れる自分は嫌いじゃなかった。(この頃の旅の数々を経て上京を決めたわけでもあるので)

ただ、嫌いじゃないとは言いつつ、私は自分のそういうところから来る"余裕のなさ"に度々自己嫌悪になる。

今、私は競馬が大好きで、好きな騎手、好きな馬がいて、それを真ん中に置いて生きている。
当たり前だけど、いつだって勝ってほしい。何も考えずにそのまま言うなら、全部勝ってほしい。

でもそんなのは無理なわけで。くぅ‥!ってなることの方が多い。当たり前なんだけど。だからこそ、ここぞで掴む勝利に痺れるのだけど。

その、くぅ‥!って結果になったときに、すぐ素直に勝ち馬を祝える心の余裕が、正直自分にはない。

悔しさが一気に極限値まで煮詰まってドロついてきれいじゃなくなってしまうから、黙ってそっと心に仕舞う。(※ムカつくとかそういうのでは決してない)

誰であれ勝者は素直に讃えたい。その気持ちは常にあるんだ、本当に。ただ、それを口から出せなくていつも唇を噛んでしまう。

いつもそういう感じなの、なんか消耗しすぎて健康的で無い気がするし、ただ何もせず見てるだけの自分がこんな入れ込む意味って何?って急に冷静になってよくわからなくもなる。(後者は多分ブルーピリオドの1話のアレに近い感情な気がするのでベクトル違うかもしれないけど)

ある重賞を友人と見に行っていて、それぞれの推しが揃って上位人気だったとき。私たちはゴールから少し離れたところにいたのだけど、直線で伸びてきたのは私の推しの方で。
その瞬間友人が、私より早く「やばい!(ウィナサに)戻らないと!」って動き出したとき、「私、逆だったらこう出来るのかな‥‥」って。

「まぁ悔しいけど、でも写真撮ったりしてファンの人に喜んでもらえたら嬉しいし。」この友人は普段から推しに限らずその場にいる撮れる限りの人馬を撮影しては見せてくれる。


話は変わって。
以前職場の同僚が「私もそんな風に何かにハマりたい」と言っていた。

その人は、どうしても何かにそこまで深く気持ちを入れ込むことが出来ない、と。
何かにハマりたくて、友達の好きなもののイベントに一緒に行ってみたり、流行りものなどいろいろ見てみたり、体験しに行って、そのときは「楽しい!!」ってなるらしいのだけど、どうもそこからどっぷりとは続かないらしく。それを悩みのように話していた。

でも、私から見ると、多分こういう性格の人の方が健康的にいろいろ楽しめるんじゃないかな?なんて思ったりもする。

ゲームなんかもそう。時間ともに仕様や攻略方法が少しずつ見えてくると、私なんかはレベルやスコアの上げ方や効率化を調べまくるようになって、気軽に楽しめなくなってしまったりする。

そういうものに左右されずにプレイして「おもしろいな〜」ってなれて、心がずっとその位置でいられるならその方がたぶん長く楽しめるし、消耗もしなくないか?って。

でも、その同僚のような人から見れば、私が嫌だなぁと思う「消耗」も、羨ましいものだったりするのかもしれない。(友人の恋愛の悩みを聞いてるときの私なんかもそんな感じだ)


これ、どっちが良い悪いの話じゃないんだよねきっと。楽しみ方の微妙な違いで。誰かを傷つけさえしなければ。

とはいえ私はこれからもフラットに楽しめる人を羨んでしまうと思う。そして年中イレ込み発汗中な私をいいなぁって言う人もまた、いるんだと思う。

これが人生か〜 (薄い)

ただ、楽しむ気持ちの割合が負けてしまったらそれはめっちゃ悲しいから。そこだけはちゃんと守れるように、でっけぇ空を見てたまには息抜きしながら楽しみたい。



(この話、書くかずっと迷ってたんだけど。でも絶対同じタイプの人そこそこいると思ってるので書きました。いて。笑)




さて


3日間開催へ🫲🏻(´・_・`)🫱🏻ようこそ



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