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また次の一歩を(『tick,tick...BOOM!』感想)

2006年の日本公演を見てからずっと大好きな作品が、NETFLIXで実写映画化されました!
ミュージカル『RENT』の作者であるジョナサン・ラーソンが、まだ何者でもなかった頃――夢と現実の狭間で葛藤する30歳前夜を描き出した自伝的ミュージカルです。

後の『RENT』へ繋がっていく世界観やテーマでありながら、『RENT』がエンタメとして昇華されているのに対して、こちらはもっと粗削りでリアル。生々しい感情がストレートに胸に届く作品です。

夢を追う

舞台は1990年のニューヨーク。
当時の混沌は、現在からは考えられないものだと思います。夢を追う芸術家の卵たちが集い、ドラッグが溢れ、治安は最悪、HIVポジティブが死の宣告と限りなくイコールだった時代。

その只中でジョナサンもミュージカルを作る夢を追い続けていますが、なかなか目が出ず焦りだけが募る日々。
人生これでいいのだろうか?と不安を抱えながら過ごす毎日は、誰にでも馴染みがあるのではないかと思います。

……しかし、ジョナサンの年齢を超えた私はもう知っています。
何も成し遂げなくとも生きていけるし、幸せは感じられる。それでいいのだと。
けれど一方で、どうしようもなく憧れる気持ちがあるのも事実です。
これを成し遂げなければ生きていけない、というほどの情熱を抱えて、そしてそのまま死ねたなら、と。
一握りの人にしか許されないと知っているからこそ、憧れます。

才能の在り処

「天才」と呼ばれる部類の人は、どこかで自分とは違う生き物のように感じていました。ですが、彼らも焦るし悩むし苦しむ。
そこはジョナサンも同じで、「才能」は本人が望むと望まないとにかかわらず存在していて、コントロールできないのだと思います。

でも、その焦りや恐怖に負けて追い詰められて作曲をするのではないんですよね。
好きだから続ける。愛してるからやめない。
情熱があるから――頭の中で音楽が鳴り止まなくて、表現したい言葉が溢れていて、音楽を追い続ける時間が幸せだから、不安や恐怖を押さえつけて次の一歩をまた踏み出す。

……この作品の中で表現されているジョナサンの言動の一つ一つが、ああこれこそが才能があるということなんだなと感じさせてくれました。

彼は『RENT』を作り上げて亡くなったわけですが、もしその死が完成前だったらどうだったのだろう?と考えます。
世間に評価される才能はなかったことになるのでしょうし、夢を追い続けてバカだねと言われるかもしれません。
けれど少なくとも私には、とても幸せな人生のように感じられます。

文句なしの名曲の数々

『RENT』を知っていれば言わずもがなですが、ジョナサン・ラーソンの曲たちが本当に素晴らしい!
全曲キャッチ―なメロディで、ウィットに富んだユーモラスな曲からメッセージ性の強い曲まで変幻自在。非常にノリもいい。
音楽の良さって理屈ではないですよね。生み出されてから30年経っても、こうして新鮮に胸を打たれています。

舞台版からの脚色もとても素晴らしいなと思いました。
「1990年のニューヨークでミュージカル作者を目指す人の話」となると日本では馴染みがないかもしれないけれど、大人になる過程での焦り、理想と現実のギャップ、そして愛や友情など、普遍的なテーマをうまく表面に浮き出させていて、老若男女誰にでも届く作品になっています。
ワークショップまでの期限が刻一刻と迫る焦燥感を下地にしてスピード感があり、舞台版からの思い切った曲の取捨選択も素晴らしく、「Come To Your Sense」からラストシーンまでの盛り上がりは最高でした。涙腺がバカになって泣き通しでした。

ミュージカル好きへの贈り物

監督はリン=マニュエル・ミランダ、脚本はスティーブン・レベンソン。『RENT』を始めミュージカルネタがあちこちに散りばめられ、大物たちのカメオ出演…と、ミュージカル好きには堪らないポイントもたくさんあります。

まさか2021年に、こんなに素晴らしい映画作品として見られるなんて思ってもみませんでした。とても幸せ!
私にとって、予期せぬ贈り物となりました。


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