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ジャストアイデア

思いつきというより、天啓が降りてくる瞬間がある。
まさに神の導きのように突然と、そして恍惚に。

お風呂に入っているときやピアノを弾いているとき、フルートを吹いているときなど。
それが降りてくる直前はフラットな状態で、何かを考えている状態ではないことが多い。

しかし、これらは「メモしようと立ち上がったとき」とか「不意に声をかけられたとき」に蒸発してしまう。

常に紙とペンやスマホを持っているわけではない。蒸発してしまったものは極めて残念だが再びそれが降ってくるまで待つしかないらしい。

ここ最近降りてきたのは、高校の部活動で進めているプロジェクトのプランや、動かしていなかったインスタの活用法。

下に載せてある写真は「悪口をいう人の精神状態と、非難されたときの今までの私の対応の説明」が言語化できたとき。SNSで呟いて、見返すことができるようにストックしておいた。

『悪口を言うことで悲観満杯の心の中に余裕を作ろうとしてるのかもしれない。だから何を言われても「かわいそう」と上辺で思うだけで何も言い返さないってのがある。これは優しいとかじゃなくて、相手のことを考えるために自分のエネルギーを極力使いたくないから。実際かなり傷ついてる。 』


ちなみに、このnoteを書こうと思ったのも天啓のニュアンスを含んだ思いつき。

『この時期のこの日の自分のジャストアイデアを数ヶ月後数年後に見返した私が何を思うのかな』とか。

正直、私にしては粋な計らいじゃね?とか思ってる。でも、一種の機嫌の取り方だから許容範囲内。


自分を交えて『好きだな』と思えるふとした瞬間がたまらなく好きだという話。