見出し画像

深夜の饒舌な運転手

街路樹では少し早い桜がもう散り始めている街並み。
例年通りの歓送迎会でも、近頃の大学生は飲み会慣れしているのか生きのいいのが多い。
酔いつぶれさせようと飲ませた酒が自分にまわる。
二次会のカラオケでは若い男子社員のがなるようなロックも女子社員の甘ったるいポップスも知らない曲ばかり続く中、時折挟む古株の歌を小さく一緒に口ずさみながら、杯が進むごとに色が濃くなるグラスをあける。

画像1


店員の呼び声に幹事が手を叩いてお開きの声を上げるのを聞いて、
一足早く会計に向かう。
2時間飲み放題でこの値段なら、カラオケも随分安くなった。
余裕を持って入れてきた財布にはまだ膨らみがある。
幹事役の社員に幾らか手渡しながら自分は先に帰ると伝えてタクシーを止める。
笑顔でお礼を言いながら頭を下げる社員に手を振りつつタクシーに乗り込む。
まだまだ元気そうに喧騒に戻る姿を後目にふらつく身体をシートに沈みこませる。
酒も弱くなった、
もう年か。
昔は朝まででも飲んでいたものを。

タクシーがすべりだし、運転手が呑気な声色で声をかけた。
「お客さん、こんな話を聞いたことはありませんか?」
話好きの運転手に当たったらしい。
突拍子も無い荒唐無稽な話を回らぬ頭で聴きながら、笑って合いの手を入れる。
「そんなバカな話があるものか」
「誰からそんな話を聞いたんだい?」
「どうせ酔っ払いのホラ話に違いないさ」
タクシーの運転手という仕事をしていると、様々な乗客からおかしな話を聞くのだろう。
少しずつ、運転手の話ぶりが変わってくる。
どこかの噂話のような語り口だったものが何やら身近な人物の打ち明け話のようになってくる。
突拍子も無く荒唐無稽な話なのに、些細な描写もやけに事細かく異世界に迷い込んだような気がしてくる。

深夜にタクシーの中、飄々とした語り口調で奇妙奇天烈な話を聞くうちに、どうにも不安になってくる。
酒の勢いに任せて怒鳴り声を上げてみる。
「いい加減にしてくれ」
「そんな話はもうやめだ」
何事も無かったかのように運転手の話は続く。次には声色を変えてにこやかに、今朝のテレビ番組で観た桜の名所が家族連れで賑わっていた話題を持ちかけてみる。
しかしそれでも男の声など聞こえていないかのように運転手のそぶりも口調も変わらぬまま、運転手はただ話続ける。
いつのまにかラジオの音も途切れていて、雑音だけが静かにうねっている。
狭い車内では運転手の訥々とした声だけがやけに響く。
男は思った。そういえば行き先を告げぬまま車が走り出したような気がする、
思い起こしてみる。
確かにそうだ、
ぼんやりとした頭でもつれる足を動かして、ふらつく身体をシートに沈めた途端にタクシーが動きだし、さも当然のように運転手が話し出したのだった。
行き先を告げぬままの車はどこへ向かっているのだろうか。
あたりを見回すと見覚えのない景色の中、まばらな人家にも電気は消え、先に見える街灯も朧なライトが時たま、ちかっちかっと点滅している。
小路を曲がった車があぜ道を登り始める。
男は考えるうち、運転手の話を聞くうち、  タクシーが辺鄙な方向に進むうち、相づちの声も出なくなる、
どうなっているのかもわからず、何やら不気味な雰囲気に、なにか言った方が良さそうだと思っても言葉が出ない。
前方では上向きのままのヘッドライトだけが山道を照らしている。
どこからか鳥のような獣のような、しかし聞いた事のない声が聞こえて来ている。
運転手の話はいつまで続くのだろうか。
いつしか木立の陰のあばら家のそばで車が止まった。

ここはどこなのだろう。
少し前から窓を鳴らしているのは激しいはるかぜなのだろうか。
あばら家の窓からは古臭い裸電球ひとつなのか、薄くオレンジのひかりがもれているが人影は見えないようだ。メーターを止めた運転手がデジタル表示の料金を読み上げながら男を振り返ったと同時に、まるで空気を切り裂くような、一際大きい風の音と共に、男のすぐ脇の窓に大きな影が落ちた。
タクシーのドアが軋みながら開く。
なにが起こっているのかわからないままの男は、少し呆けたような頭でキーキーとドアの開く音を聞きながら虚ろに、そろそろ油を指す頃合いだろう、とこの運転手に伝えるべきかとしばし悩んだ。

画像2

読んでくださってありがとうございます!

おつかれー!まぁなんか飲むなり食べるなりしてbreak timeでも楽しんで!という方いましたらどうか投げ銭ご協力いただけますと、とてもありがたいです。

今後の励みにもなりますのでよかったらよろしくお願い致します!

ここから先は

31字

¥ 650

良かったら少しでも構いませんのでこちらからサポートを、またはnoteを読んで投げ銭をお願いします(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) サポートをくださった方々の中でnoteにアカウントをお持ちの方には後日となりますが、近日中にお礼の言葉を伝えに行かせていただきたいと思います♡