ピーチボーイ【物語】・白4企画
鬼が人里に現れるようになると、桃太郎から選抜された犬、猿、キジのもとに召集令状が届く。
召集令状といってもそれは紙ではなく、箱。
数年前、桃太郎ご一行によって鬼ヶ島を追われたはずの鬼が密かに力を蓄え、最近になってまた人里に姿を見せるようになった。
なので、犬の一族も猿のファミリーもキジ科の仲間達も、「そろそろ来るな」と思っていた。
そして今回である。
コーギーのマロンくんと、ワオキツネザル(キツネザル科)のペペと、キジバト(ハト科)の絹子ちゃん宛に、それぞれピーチ柄プリントの包装が施された箱が届いた。
皆、最近この里に移住してきたばかりのニューフェイス達ばかり。
先住の犬、猿、キジ達は「なんて節操のない」と桃太郎を陰で非難したあと、選ばれた彼らに同情した。
とはいえ、知らぬが仏ということもあるので、まあまあ、とりあえず箱開けてごらんなさいよ……と促した。
中身は、桃のティラミスだった。
コーギーのマロンくんと、ワオキツネザルのペペと、キジバトの絹子ちゃんは、一瞬戸惑ったものの食べない手はないと、素直に美味しく頂いた。
「食べたね?」
「ハッ!」
鼻にマスカルポーネチーズをつけたマロンくんが目を見開く。
「あなたはもしや、かの有名な桃太ろ……?」
桃だけ先に全部食べちゃったペペがケーキの箱から顔を上げる。
「いかにも」
「イ・ケ・メン……」
ほーほーーほっほーとため息をもらす絹子ちゃん。
「い・か・にも」
言われ慣れているのか、至極ナチュラルにアイドルのようなスマイルをお見舞いする桃太郎。
「どうだい? ぼくの作った桃のティラミスは」
すると、三匹は目を輝かせ、声を揃えた。
「美味ぴーです!」
「ははっ、メルスィーボぉークぅー」
ご機嫌な様子で桃太郎が前髪を撫でつける。
遠巻きに見ていた先住の犬、猿、キジ達の表情が無になる。
実はこの桃のティラミスには、鬼退治に誘われたら抗えなくなる、呪いのきび砂糖が使われていた。
「よぉうし、きみ達。ぼくのお手製ティラミスを食べたからには、きびきびやってもらうよー!」
「イエッサー!」
敬礼した直後、三匹は自分の声がどこから出たのかと驚き、あちこち見回した。
🍑👹🍑
その日から、鬼退治に向け過酷な訓練が始まった。
走り込みから筋トレ、刀の振り方まで、三匹はみっちり桃太郎に仕込まれたのだ。
ひと月が過ぎた頃、桃太郎のもとに書状が届いた。
「マロン、ペペ、お絹ちゃん! バトルの日取りが決まったぞ。二週間後、寅の刻より、会場は鬼ヶ島アリーナだ」
「バトル?」
「日取り?」
「鬼ヶ島アリーナ?」
「ここから先は、我々が説明しよう」
いかにも貫禄のある三つの影が浮かび上がると、周りにいた先住の犬、猿、キジ達が低頭し、道を開けた。
初代桃太郎ご一行のメンバー、柴犬、猿(ニホンザル)、キジ(国鳥)のレジェンド達である。
「ビッグスリーのお出ましだぞ! 頭が高い! ひかえおろう~!」
「申し訳ありません。彼ら、なにぶん新参者でして」
桃太郎と違い、皆からの尊敬を集めているらしい初代達は、にこにこしながら「よいよい」と周囲を諌めた。
柴犬とコーギー、猿とワオキツネザル、そしてキジとキジバトは、順に握手やら抱擁を交わして挨拶した。
「桃太郎よ、相変わらずだな。そろそろ手打ちにする頃合いだろう」
と柴犬。
「もちろん、今回で終わりにするさ。鬼達の悪あがきにつき合ってやっているだけだよ」
「ちゃうやろ。おまえ、ズルしとるやろ」
鋭く猿。
「違うって、毎回ぼくが勝っちゃうんだもの」
「おまえのきび団子になんて、もう騙されんぞ」
キジの言葉に、周囲から「そうだそうだー」と声が上がる。
間に挟まれ、ハテナ顔のマロンくんとペペと絹子ちゃん。
「この子らは何がなんだかわからぬままバトルに巻き込まれてゆくんだ。桃太郎、ちゃんと経緯を……」
「それはきみ達におまかせするよ」
🍑👹🍑
遡ること十数年前。
川からどんぶらこと流れてきた大きな桃をおばあさんが家に持ち帰り、おじいさんとピーチ入刀したところ、爆誕したのが、通説どおりこの桃太郎である。
時同じくして、異国の船が島の近くで難波し、漂着した乗組員達がそのまま島で暮らすようになった。
彼らは定期的に里や港にやって来てはひと働きし、食糧を調達して島へ帰ってゆく。
彼らの方は村人に対して友好的だったが、村人の一部は警戒して彼らを追い払ったりすることもあった。やがて、彼らの住む島は、鬼ヶ島と呼ばれ、彼らのことを皆、鬼と呼ぶようになった。
さて、桃太郎であるが、これが無類の甘党。食べるのも作るのも大好きなスイーツ男子へと成長した。
剣術の稽古より都のお菓子に夢中。やがてそれだけでは飽きたらず、異国の菓子作りを習いに週三で鬼ヶ島へ通っていた。
めきめきと腕を上げてゆく桃太郎。
しかし、別れは唐突に訪れた。
やっと本国からの救済が来ることになった鬼ヶ島の彼ら。貿易が南の海で許されたので、貿易船に途中拾ってもらい、祖国へ帰れることになったそうな。
桃太郎はその晩、きび団子をこさえた。のちにドラ○もんに登場する『桃太郎印のきびだんご』の元となったきび団子である。
朝一番に出会った柴犬と猿とキジをそのきび団子で誘惑し、食わせてからともに鬼ヶ島へ上陸した。
そして刀をチラつかせ、お菓子作りの師である難破船の料理長と見習いを監禁し、「もう少しこの島で暮らしたい」旨を一筆書かせた。他の者らには用がないので貿易船に乗るのを見送った。
貿易船云々のことを知らない村人達は桃太郎が彼らを追い払ったと思い込み、桃太郎とお供の三匹を手厚く労った。
桃太郎も鬼ではない。
鬼ヶ島に残した料理長と見習いに、ある条件を提示した。
定期的に本国から送られてくる物資で、新しいお菓子を毎月教えてもらうこと。そのお返しとして、数年ごとに貿易船が立ち寄るタイミングでお菓子作りのバトルを行い、桃太郎に勝ったら貿易船に乗って帰国してもよいと。
すなわち、現在まで桃太郎が連勝しているというわけである。
🍑👹🍑
バトル当日。
「いいか? マロン、ペペ、お絹ちゃん。鬼達が試合を放棄して逃げようとしたり、変なマネしたら、腕力・武力で阻止するんだ」
マジコイツサイテーだなと思いながら、桃太郎からきび団子を受け取る三匹。
ジャッジする初代ビッグスリーと観客である先住の犬、猿、キジ達はすでに会場の鬼ヶ島アリーナに集結している。
皆、きび団子に呪いのきび砂糖が入っていると知りながら、目の前にあると抗えずに食べてしまう。こうなると桃太郎の言いなり。
こうして桃太郎は師匠である鬼ヶ島の料理長達に勝利してきた。
「まだまだぼくの知らない異国のお菓子がある。食べたい! 作りたい! 彼らがいないと手に入らない材料だってたくさんあるのだ」
審査員席から柴犬がステージに上がり、向かい合う両者の調理台を交互に見やる。
「テーマは『砂糖』。使ってよい食材は、砂糖と他にはひとつのみであります」
ざわつく場内。
「制限時間は15分。それでは各々がた、準備はよろしいかな? On your mark. Get set BAKE! 」
桃太郎は拍子抜けしたように笑った。
「簡単すぎる。いや、シンプルなだけに難しいのか?」
でも、自分が勝つことに疑いの余地はない。
早速フライパンをコンロにセットし、カットした桃に砂糖を絡めて火で炙りキャラメリゼした。
一方、鬼ヶ島チームは、盥のようなものに砂糖を注ぎ込み、そのなかで木の枝をくるくる回し出した。
なんだ? これは。桃太郎は興味津々で自分の調理台を離れ、師匠のすぐ隣へゆき、手元を覗き込んだ。
「師匠、これは何だ? 雲とも霞ともつかないこの物体は」
あっという間に手毬ほどの大きさになったそれを、桃太郎は手に取ろうとした。
「食べてみるか?」
黙って頷き、口に含む。するとそれは、刹那的に消え失せ、甘い余韻が口のなかで転がった。
「コットンキャンディー。わたあめとでも言おうか」
「し……ししょう」
「もう、おまえに教えることは何もない。桃のキャラメリゼ、見事な出来である」
「まだだ。まだ他にもぼくの知らないレシピがあるのだろう?」
首を振る鬼ヶ島チームのふたり。
「そろそろおまえがオリジナルを作り出せ」
会場内も静かに頷く。桃太郎は身勝手なやつだけど、勉強熱心でお菓子作りの腕もプロと遜色ないレベルとなっていた。
船の霧笛が聞こえてきた。貿易船が彼らを迎えにきた。霧笛を合図に、審査員のビッグスリーが高らかに宣言する。
「この勝負、鬼ヶ島どのの勝利!」
「お、おい! どういうことだ?」
きび団子に仕込んだ呪いのきび砂糖が効いていないことに焦る桃太郎。
その隙に、調理台を飛び越え、鬼ヶ島のふたりは港方向へと駆け出した。
「マロン! ペペ! 絹子! 彼らを連れ戻せ!」
「ガッテン!」
すると、コーギーのマロンくんはきゅるんと潤んだ黒目でその場にゴロンした。
「どうした?! マロン!」
一向に彼らを追いかけようとしない。ただただ愛くるしい。
「くそうっ! 可愛い! ええい、ペペ! そのジャンプ力で彼らに飛びかかるんだ」
ワオキツネザルのペペは「WAO!!」と縞々のしっぽをピンと立て、横にチクタク揺らした。その動きを思わず目で追ってしまった桃太郎は、中途半端な催眠術にかかった気分になり、クラクラと混乱してきた。
「お絹! きみは飛べるだろう? 早く行って船に乗ってしまう前に彼らの頭をつついて足止めするんだ。ぼくもすぐ追いつくから」
と、桃太郎が言い終わらないうちに、頭上から声がした。
「絹子ちゃん、こんなところにいたのか! ほーほー」
「その声は、まさか、キジ彦さん? ほーほー」
キジバトの絹子ちゃんとビジュアルがそっくりのオスのキジバトが現れた。似合いのつがいである。
「お絹……既婚者だったのか」
繁殖を誓い合ったキジ彦との再会に乙女になる絹子ちゃん。もう桃太郎のことなど眼中にない。
「もう誰でもいい! 早く! 彼らを連れ戻してくれ」
きび団子はここにいる全員に配ったはず。それなのに、誰ひとり席を立とうとしない。
「なぜだ」
膝をつく桃太郎を初代ビッグスリーが取り囲む。
「桃太郎よ、わがままボーイっぷりもいい加減にせえ」
しかし、桃太郎は憤怒の表情。往生際悪く刀を抜き、振り回す。よろめきながら、この期に及んで港へ向かおうとしている。
「邪魔だてするな」
「桃太郎! 刀を収めよ」
「桃太郎! そこへ座れい」
ガクンッと再び膝をつく桃太郎は、自分の身に何が起きているのかわかっていない様子。
「おまえが皆に渡したきび団子だがな。入っているのはきび砂糖ではないぞ。てんさい糖とすり替えておいた」
「何だって?」
「そして、鬼ヶ島どのがわたあめに使った砂糖こそ、おまえの呪いのきび砂糖なのである」
「へ……?」
すでに港を離れた船から、別れの霧笛が鳴らされた。悲しく響いたか? 希望に溢れていたか? それは聞いた者の心次第。
🍑👹🍑
鬼ヶ島は現在、人気の観光地となっている。
島のお洒落なお店『パティスリー・ピーチボーイ』には、今日も新作のスイーツを求めて長い長い行列が出来ているようだ。
めでたし めでたし。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍑
白鉛筆さんはじめましてなのに、参加させていただきました。楽しかったです🎵
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